スペースに入ってきたもの
たぶんこっちの方向に歩いていけば着くんじゃないかな。
帰りの新幹線の時間を遅めにして、ホテルに荷物を預かってもらう。
ピンクのチェック柄のストールをグルグル巻きながら、外に出る。
まだちょっと肌寒いけど、気持ち良い天気でほっとする。
教えてきた子供たち全員の進路が無事に決まって一段落。
3月は空白の時間を作ることを優先することにした。
先月までのスケジュールとのあまりのギャップに慣れなくて、何だか落ち着かないなと思う時もある。
求めていた時間がようやくやってきたのに、そこに謎の不安を作り出すなんて、人間って不思議な生き物だなと思う。
きっと私の心は「忙しさ」から得られるメリットに救われていた部分も沢山あるんだろう。
天秤にかけてメリットを取る。
もちろん、得られるものも失っているものもある。
たとえ無意識に行っていたり、一見環境のせいと思ってしまいそうな類のものであったりしても、本当は全て自分の選択の問題なんだと思う。
そう考える方が希望もある。
余白が生まれるとそこに新しいものが入ってくる。
それはいつも新鮮で、「次は何が来るかな」というほんのりとした期待も楽しい。
普段とは異なるリズムで展開していく毎日がちょっと興味深くて、そんな中で生まれてくる自分の中の新しい感覚や行動を楽しむ。
数年間会えていなかった友人達や、ゆっくりお話したいなと思っていた方達と楽しい時間を過ごすことができたり、ずっと気になっていた場所にいくつか足を運ぶことができたり、
そうやって過ごしているうちに特に自分から何もしなくても新たに生徒さんがやってきたりする。
そうした出会いには何らかの形で誰かが介在していて、無理のない形で縁を繋いでいってくださることに感謝の気持ちでいっぱいになる。
会うべき人、関わるべき人とは然るべきタイミングで必ず会うことになっているんだと思う。
もちろん逆にある地点から離れていくこともある。
そうした流れをそういうものとして受容していく。
そうすると、結局は「自分の思い通りの展開にしたい」という思いに由来する類の多くの悩みからは結構簡単に解放されていく。
毎年3月は様々な形でお世話になった方達に「ありがとう」を伝えられる月でもあって、
寂しさを伴うことはあっても新しい環境での活躍を心から願うことができるような存在がいつも周囲にいるという事実がありがたいことだなと思う。
そこにある、いてくれるのが当たり前になってくると、勝手に期待していたり、要求水準が高くなってしまっていたりすることがあるのは、ある意味仕方がなくて、
ただ、だからこそ、こういう時期に昔も今もこれからも沢山の人に支えられていることに深く感謝する時間を意識的にとる。
本当は常に恵まれていて幸せで、そこに気付くことができる感度を失わないように。