2008年のコラム、中高生女子が決起したデモの話

以前、書いたコラムの原稿が偶然出てきた。もう10年前だよね。米国産牛肉反対デモ。まるで今につながりそうなのに、朴槿恵大統領時代なんかを間にはさんでいる。なんかいろいろ考えてしまいますね。

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牛肉デモと女子校の「怪談」

入梅というわりには、お天気のよい日が続く今年のソウル。いつになく爽快な毎日だ。しかも一年でもっとも昼間の時間が長くなる夏至の頃、ソウルの夜は8時になってもまだ明るい。こんなときには、ちょっと夕涼みをという気分になる。
かつては家の道に縁台を出して、ご近所さんとスイカを食べたり、一杯飲んだりする光景も見られたのだが、最近はみんな高層マンション暮らしで、そんな風流な遊びもできない。そこで、人々はみんなロウソクをもって、市庁前広場に行く。
広場には三々五々、人が集まってくる。夜の8時をすぎ、あたりが夕闇に染まりはじめると、人々は手に持ったロウソクに火をつける。光の海が幻想的だ。
公園の舞台にも照明が入り、そこでコンサートなども行われる。70年代に人気だったフォーク歌手が歌い、みんな大合唱して盛り上がる。興奮した人々は、手に持ったプラカードを高く掲げて振る。そこにはこんな文字が書かれている。
「米国産牛肉の輸入反対」「イ・ミョンパクOUT」
そうそう、これは政治集会なのである。

はじまりは5月のはじめだった。ソウル市の中心部で開かれた米国産牛肉の輸入に反対する集会。当初は300人ぐらいと予想された参加者が、なんと1万人にもふくれあがった。さらに翌日のロウソク集会では、6割が制服姿の中高生となった。なかでも女子中学生が非常に多い。この子達はどこから現れたのか? 主催者を含め、大人たちはびっくりした。 
韓国が米国産牛肉の全面解禁を決めたのは4月18日のことだ。その時はほとんど反応がなかったのに、どうして2週間も過ぎてから急に反対運動が盛り上がったのだろう。しかも女子中学生とは…。
テレビ、芸能人、ネット、そして「怪談」だという。
「米国は自分たちが食べない病気の牛肉を韓国に売りつける」
「韓国人は体質的にBSEにかかりやすい」
「○○(芸能人の名前)が米国産の牛肉を食べて死んだ」
彼女たちがネットや携帯メールで広めた話の中には、荒唐無稽のものも多かった。だから一部マスコミはこれを「怪談」と書きたてた。
ところがそれが火に油をそそぐことになった。マスコミに「馬鹿にされた」と感じた彼女たちは、ますます過激な行動をとった。ロウソク集会への参加はもちろん、なかには集団不登校を呼びかける生徒も現れた。大人たちも彼女たちの動きに同調して、集会に積極的に参加するようになった。そして、6月半ばのピーク時には10万人以上の人が広場に集まっていた。

女子中高生というのは、もとと怪談好きだ。思春期の鋭敏さゆえか、幽霊をよく見るという子もいるし、不思議体験も豊富にもっている。そして彼女たちはおしゃべりだ。現代の「都市伝説」というものも、彼女たちを中心に広められたものが多い。
私が中学生生だった70年代の日本でも、さまざまな都市伝説があった。周囲には「口裂け女」を見た人がいたし、「○○(ファーストフード店)の肉は○○」というような、食材をめぐる話も多かった。(ちなみに「口裂け女」は、80年代に入ってから、韓国でも目撃されている)
だから今回の韓国で「牛肉をめぐる怪談」も、これがまさか大統領を謝罪させ、長官の首を飛ばし、さらに米韓の交渉をやり直させるとは、予想もしていなかった。あらためて、韓国人のパワーに驚かされた。
それにしても、みんな怒りがたまっているのだなと思う。
同じ頃、日本では秋葉原の通り魔事件で社会が騒然としていた。日本に住む友人の息子(高校2年生)は韓国のロウソク集会の様子を知って、「ああいう発散の場があれば、陰鬱な事件は減るかもしれないと言っていた。
それは当たっているかもしれない。きっかけこそ、女子中学生がネットで広めた「怪談」だったが、ロウソク集会がここまで大きくなった背景には人々の不満がある。
すさまじいばかりの物価高、それとともに露呈する格差。そのその格差は「隣の人との差」だけじゃない。昨年の自分との「差」もある。賃金に比べて物価が上がりすぎて、国民の大多数が「生活が苦しくなった」と感じているのだ。
そしてもうひとつは子供たちの間にもくすぶる反米感情。これは英語重視の教育への反発だ。大統領は当初、「小中学校で、英語以外の授業も英語で行う」という提案もしていた。
女子中学生が火をつけた「イ・ミョンパクOUT」運動。就任100日目にして、大統領は窮地に立たされている。


コラム
「梅雨」
韓国で梅雨は「長雨」(チャンマ)と呼ばれる。 書いて字の如し、長雨がジトジトと続くのかと思うと、ちょっとイメージが違う。特にソウルの梅雨は集中豪雨をともなうことが多く、ものすごい勢いで降ったかと思うと翌日はからっと晴れ、その翌日には集中豪雨というように、意外にメリハリがある。ただ、その集中豪雨が半端ではないため、毎年のように農地や家屋に被害がでる。時期は6月下旬から7月の初めで、日本と同じ梅雨前線が行ったりきたりする。梅雨明けとともに夏、そして台風シーズンとなる。ただ、多くの台風が日本にぶつかって韓国まではやってこない。その意味では、かなり地理的に恵まれている。

「イ・ミョンパク」(李明博)
 第17代韓国大統領。1941年大阪生まれ。戦後すぐに韓国に帰国したものの、家は貧しく。大変な苦労をして大学を卒業した。大学在学中に行った学生運動のせいで就職が決まらず、大統領に手紙を書いて直談判したというエピソードもある。そうして就職したのは、当時まだ零細企業にすぎなかった現代建設。38歳の若さで社長に就任するほどの働きをみせ、現代建設を韓国のトップ企業に押し上げた。1990年、49歳で政治家に転身。国会議員、ソウル市長などを勤めた後、2007年12月の大統領選挙で圧勝。初の財界出身大統領となった。

「ロウソク集会」
 韓国語ではチョップル(ロウソク)示威ともいわれる。非暴力・平和主義の大衆行動として、世界中で見られるキャンドル・デモンストレーションの韓国版。「集会」や「示威」とすると法律にふれるために、最近は「チョップル文化祭」という言い方もされている。韓国でこのタイプの集会がひんぱんに行われるようになったのは2002年の反米集会から。米軍の装甲車にひかれて亡くなった、二人の女子中学生を追悼する意味で、参加者がロウソクを手に持った。米国産牛肉をめぐるロウソク集会は、6月に入ってから毎日行われている。

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