掌編集「ケンとミオとヒナとヨシ」#1
Chapter 1 修学旅行
いつも僕ら四人は、みんなとはぐれる。
修学旅行に来てもそれは変わらない。
戦場ヶ原って広いんだな、すげえーだとか、マジで戦いあっただろ、すげえーだとか、ところで何と何が戦ったんだっけか、すげえーだとか各々が感想を言い合っていたらクラスの皆の姿はどこにも見当たらなくなっていた。
「何が戦ったかって、沼の神様と湖の神様だよ。」とミオが言う。
「どっちが勝ったの?」と僕。
「そりゃ湖の神様でしょ。だから大きい水たまりには湖って名前がついて、湖より小さい水たまりは沼ってことになったんだよ。」
「おいミオ。妙にリアルな嘘はやめろよ。戦ったのはネズミとラクダだ。」とケンが言う。
「どっちが勝ったの?」と僕。
「ネズミだよ。だから干支の一番はネズミで、ラクダは砂漠に追いやられたんだ。」
「ラクダは砂漠に追いやられた、の脈絡のなさがバカなあんたらしいね。」とミオは鼻で笑った。
どうやらその嫌味はケンの耳には届いていないらしく、確かラクダはあの辺りで腹を貫かれて倒れたんだよな、などとガイドを始めている。
「ヒナはどう思う?」
後ろを振り返るとヒナは一人で羊羹を食べていた。
「三蔵法師と沙悟浄だと思う。」
「え?」
「戦ったのは、三蔵法師と沙悟浄。」
「西遊記の?どっちが勝ったの?」
「沙悟浄。だから沙悟浄が河童なの。」
「……なるほど。河童の役を取り合ったんだね。」
これあげる、と羊羹を素手で一切れ千切ってよこしてくれた。
「ありがとう、ズッシリだね。高級そうな羊羹だ。」
「高かったってお父さんが言ってた。」
「いくらだったって?」
「八千円。」
「……高いね。おやつ代は千円までだよ。」
「千円じゃ高級羊羹も買えないよ。」
「うん……つまり高級羊羹は買うなってことじゃないかな。……そういえば一昔前までは三百円が定番だったってお母さんが言ってたよ。物価高の影響かね。」
「時代は変わるんだね。」
などと話しているうちにミオとケンは各々先へ歩き出していた。
「見ろよミオ、あれラクダの血の跡だ。こええな」
「バカはあっち行って。」
僕はもらった羊羹を食べた。
結局、戦場ヶ原で何と何が戦ったのかわからなかったが――多分先生が修学旅行前に説明してくれたんだろうけど、不真面目な僕らは学校を休みがちで誰も話を聞いていなかった――戦場ヶ原がとにかく広いことがわかった。広いだけの場所は少し怖い。この広大な空白で今でも目に見えない何かと何かが戦っている気がした。
「ここはずっとあの頃のままなんだね。」
もちゃもちゃと羊羹を食いながらヒナが言う。
「そうだね。こんなに広いのにつけ入る隙はどこにもなさそうだね。」
「もちゃもちゃ。」
「おーい、行くぞー」
前方からケンの声がした。
行こうか。
僕らは先を急いだ。
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