【旅行記】マルセイユ3 坂とマリアと
地下鉄のVieux-Port - Hôtel de Ville駅の目の前に広がる湾は、旧港と呼ばれるマルセイユ観光の中心地だ。Vieux-Portが直訳するとOld Port、つまり古い港だ。幅300メートルくらいで、対岸が目の前に見える、さほど大きくない入り江だ。港町という割に、小型のボートばかりが停泊した小さな港だと思ったが、あくまで古い港であって、大型の船が停泊できる港は、この湾の外側の別の場所にある。
入り江の北側にはマルセイユ大聖堂や、古い要塞跡に併設された博物館のほか、ストリートグラフィティや雑貨店、ギャラリーが並ぶ細い裏路地街があった。写真好き、路地裏好きならば、ついつい写真撮影に夢中になってしまう場所だ。
起伏が豊かなマルセイユの街は坂道が多く、細い路地は突き当りまで路面がしっかり見えるほどの勾配だった。交差する向こうの道を行く人が、上の方に見える。左右の建物が大きいので、向こう側は細く切り取られたフレームのように見えた。南仏の強い日差しが街の陰影をハッキリとさせ、スポットライトが当たっているみたいだった。
この路地街は車両がぎりぎり入るか入らないかの細さで、その地区が古くからあることを物語っていた。こういった迷路のような街並みは、訪れるものをわくわくさせるものだが、かといって新しい町づくりにこの雰囲気を持ち込むのは難しい。だって緊急車両が通れないような道は、市民の安全と安心を守るべき街としては不適切だからだ。古い街並みというのは、現代の基準では不便だったり、安全が不充分な部分が必ずある。けれどもそれを「改善」してしまったら、元の良さを作り直すことはとても難しい。何がその街を「素敵」たらしめているのかは、心に残る街に出会うたびによくよく考えねばならないし、その「素敵」さをどう噛み砕いて新たな都市の基準に適合させるかが、アーバンデザイナーの職能だろう。
入り江の南側は、北側よりもさらに起伏が激しかった。南側には、マルセイユの街を一望できる小高い丘があり、その頂にノートルダム・ドゥ・ラ・ガルド寺院(Basilique Notre-Dame de la Garde )と呼ばれるバシリカ様式の教会がある。教会は尖塔のてっぺんに黄金のマリア像が佇んでおり、その輝きがマルセイユの海を照らしていた。入り江のどこにいても、そのマリアはよく見えた。名所というので軽い気持ちで歩いて向かったら、途中で登山をしている気分になるほど道のりは急だったが、登り切ったあとの眺めと吹き上げる海風の気持ち良さは格別だった。
ノートルダム寺院にたどり着く直前、斜面にむき出しの白い岩肌を見た。すき間から生える草木との、緑と白のコントラスト。私が南仏、プロヴァンスに抱いていたイメージそのものの色だった。