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【旅行記】マルセイユ2 オールド・レイディー

食事から戻ると、部屋の住人が増えていた。私の母親よりも年上だろうか。日本人からすると、欧米の女性は実年齢よりも高齢に見えるので分からないが、60代か70代くらいに見えた。真っ赤なTシャツを着た、恰幅の良い女性だった。使い込まれた小さなキャリーが、ちょこんとベッド脇に置いてあり、分厚いペーパーバックの本がベッドに転がっていた。

私の中に、ホステルはお金の無い若者が泊まる所、という先入観があったので、彼女のような年代の人を見かけるのは意外だった。バルセロナでは18人部屋だったが、泊まっていたのは全員大学生位の世代ばかりだった。夕方になると、これからクラブに行こうと髪を巻き、化粧直しをする女の子たちで洗面所が賑わうような、そんな所だった。

それに比べると、この宿は落ち着いている。他の2人も、本を読んだり、何かを黙々とタイプしたりしている。街の性格自体が、バルセロナとは違うのかもしれない。

赤いTシャツの老齢の彼女は一人旅の途中なのだろうか。観光でマルセイユに来たのか、それともどこかへ向かう途中で、電車かフライト時間の都合で一夜をここで過ごすことになったのだろうか。旅慣れているような、落ち着いた堂々たる雰囲気がある。ちょっと中学の地理の先生に似ているかな。女性の一人旅について小知恵を話してくれた、おばあちゃん先生を思い出させる。あの先生も、こんな風に使い込んだ小さな鞄と本を持って、各地を旅していたのだろうか。想像してみると、その姿は驚くほどしっくりきた。

シャワーを浴びて戻ると、照明が落ちて薄暗くなっていた。二人組のところのベッドライトは点いているが、赤Tシャツの女性は横になってうとうとしている。私は午前零時過ぎまでなかなか寝付けない人間だが、こういうところで共同生活をすると、零時前に就寝の支度をするのが普通なんだな、と生活習慣を反省する。

私は充電器に挿した携帯を片手に、形だけ横になった。部屋は夜になって少し涼しくなっていたが、天窓ひとつの風通しだ。掛布団が無しでちょうど良いくらいの暑さだった。ごろごろしながら携帯で写真整理をしているうち、ウトウトと寝入ってしまった。

まだ暗いうちに目が覚めたのは、ゴゴゴという不快な音が響いていたからだった。真っ暗でよく見えなかったが、たぶん、隣の女性のいびきだった。ああ、参った。ホステルで予期できない災難のひとつだ。女性の体型をふと思い浮かべ、いびきが出てしまうのも仕方がないと諦める。いびきは本人ではコントロールできないものだ。責めるわけにもいかない。

私は手探りで、音楽再生用に使っている古い日本のiPhoneを取り出した。SIMロックがかかっていて、通信機器としては海外では使い物にならないが、音楽とゲームで遊ぶくらいの役には立つと持ってきたものだった。比較的眠りに入りやすそうなクラシック音楽を選んで、イヤホンを付けながらいびきが気にならない程度に音量を上げた。

ふと見ると、反対側の壁際でも携帯画面が光るのが見えた。Surfaceを使っていた彼女だ。どうやら彼女も、いびきの音に起こされて、私と同じように音楽を聞くつもりらしかった。挨拶程度しか交わしていない彼女だが、共通項がひとつ増えて、妙に親近感が湧いた。

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