歌舞伎町に憑かれた者たち
これは、歌舞伎町に引き寄せられた女の、酒と言葉を操る男の快楽に溺れまいとする必死のあがきである。
その町は、他人を寄せ付けないネオンの固い風貌をしておきながら他人を引き寄せるための甘いマスクをちらつかせる。
決して教祖のように崇め奉るわけではない男の顔を掲げるその町で、一歩ビルに入るとこの世のものとは思えない気高くそして美しい男たちが、誰よりも近くその肩越しに、入り込んでくる。
突き放された傷みを乗り越えた先に待ち受ける歌舞伎町の倒錯した距離感に、姫の心は揺れ動きいつしか虜にされてしまう。
隣に座る彼は誰よりもひねくれた過去を持ちひねくれたその淵にしがみつくため今日も彼の気を引こうとする。
彼の眼はどこよりも深く、深淵を覗くようなその興味はつきない。
その興味をもてあそぶ姫の心はいつしかシャンパンという淡い液体にとめどなく流される。
山岸凉子の描く月読神(ツクヨミのみこ)は、凛々しく美しい男である。
ツクヨミは常にアマテラスの影に隠れ鬱屈した思いを抱えている。
彼らはツクヨミなのかもしれない。
歌舞伎町はその倒錯した折り口から全ての者を飲み込む。
ホストクラブを利用して人の心をもてあそぶ魑魅魍魎もまた、そこに巣くう。
人生が交錯するこの町において魑魅魍魎に食い殺された亡者たちは計り知れない。
ただそこで正々堂々と戦う美しい男たちの名前は、数字という名の束縛にまみれる。
戦った者の多くは泡沫の思いと共に夜の藻屑となり歴史には残らない。
心が交差した者たちは果たしてその名を語り継ぐのか。
姫はシャンパンとともに気まぐれ天使として天を翔けていってしまうのだろうか。
地上から見上げるのは、決して手の届かない高値の華を眺める、昼の端くれである。
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