バビロンの歌

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
バビロンの歌3000 years ago
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
目次
 
 
第1章 「心に太陽を」
第2章 「宇宙からのメッセージからの」
第3章 「神との対談」
第4章 「吟遊詩人の理由と覚醒」
第5章 「シャスタ山」
第6章 「シャスタ山、後編 以外」
第7章 「石板のありかロードマップ人の存在。」
第8章 「旅立ちのとき、もらうもの精霊の地パタゴニアへ会う人蹴る人」
第9章 「精霊の地にて石板あらわる。」
第10章「アンカラ、ハンムラビ王の御前にて」
第11章「アンカラ、火に包まれる。」
第12章「悪魔の地オシマ、新しい世界へ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第1章「心に太陽を」
 
 明日が見える、煌めき太陽が昇る、明日が見える、明けない夜はないさ
 辛いのは今だけ、感覚と経験から出る言葉
 今、擦り切れそうな命を救うには、軽すぎる言葉
 声が聞こえる 悲鳴が聞こえる、命が見える
 ほら 今も ぶたれる頬の音、口の中の血の味
 そして 意識がなくなる音、
 世界を手にする資格は与えられるものに必要な時に
 必要なものに与えられる、わがままなものには与えられない
 誰にでも心に太陽がある、愛がある、隣の人にも隣の神にも
 怪物にも
 
 僕らは「摩訶なる号神秘のナイル川ツアー」4万9千円に来ている。
船上では、クラフトビール飲み比べザッカリエVSべべモットやスポーツクライミング対決などが行われている。もちろん自分のライブも。
 
タチアナ「準備いい? 歌える?」
 僕はギター兼ボーカルを担当、タチアナはダンス。即席メンバーのブラムのトランペットやタイタンによるドラム、さらにラクシュミーのハープとコーラス、猿飛のベースが重なる。
 ステージ下には見たことのない種族、生物、人種がいる。生き方や住む場所は違うけれど、皆いる。神様だってきっと群衆に紛れている。
幕が上がった、待ったなし。
タチアナが妖艶に踊り観客を魅了すると、ブラムが軽快に音を鳴らしタイタンは船が割れんばかりの爆音を響かせた。それは船どころか船の下で生息している魚たちまで揺らす。
ギターボーカルは練習不足がたたったのか、あいにくの不調子。ラクシュミーのハープで観客が自分たちの意志に関わらず音色に次々やられて、夢の中へと引き込まれていく、ラクシュミーはそんなことお構いなしで演奏は続く。
 
犬山光輝「願いは、はるか先、胸の真ん中に愛、愛が欲しいと聞こえる」
 観客は踊り歌い、あるいは、手を取り合っては喜んだり空を飛んだり、やりたいことを好きなようにやっている。
ラクシュミー「語って笑って、ぶつかりながら」
演奏が終盤になり、興奮は最高潮に。
ここまで来るのにどれだけの時間と忍耐を必要としたか、わからない。そもそも僕がここにいることが信じられない。自分の可能性は自分が思うよりもたくさんあって、それは想像の上をいく。歪み合っても憎しみあっても、今はみんな船上で楽しんでいる。
犬山光輝「盛り上がってるかー」
 
第2章「宇宙からのメッセージからの?ここはどこ?」
こうなる前は普通だった。テレアポの仕事を(10)時から(19)時までやってその足でバンド活動していた、一人暮らしをしていた。こんな感じだ。
 
犬山光輝「もしもし、お電話失礼します、最近お困りのことございません? 保険のご案内です」
お客「もう間に合ってます」
 ガチャ
 これはまだいい方、電話をかけて怒られるのが当たり前。
お客2「もうなんだよ、そんな知らねーって。事故起きてもいいんだよ、なあ休みの日を無駄にすんなよ、詐欺だろ? どうせ」
犬山光輝「いえ、それとは違ってですね、これは健全なものでして」
お客2「いいよ、ふざけんな」
ガチャ
犬山光輝「信頼第一でやらせてもらっています、あら? ったくなんだよ」
 
テレアポ営業と呼ばれるもの、電話のかけ方次第で相手の態度が変わるし、結構心にくる。男なのに泣きそうになる時もある。けど仕事は仕事だ、きっちりやらないといけない。
営業が終われば、午後からは顧客への対応の部署でのお仕事だ。
この瞬間に事故をした人への対応、火災保険、生命保険、入院対応などの応対、上司からクレームになる前に相談、最低限の知識をすぐ喋れるように、とにかく神経を使う。
懇切丁寧に説明はしているが、思った通りに行かない、逃げたくなる。時もある。何度も何度も。職場の雰囲気は悪くないし、仲間の存在が本当にありがたい時もある。
ひどくお客様に怒られて、家に帰らず車で一夜を過ごすこともあった。自分が原因なのに、それが終わると、ギターを持って路上に出て好きな歌を大きな声で歌う。誰かが振り向いてくれるまで、演奏は間違えてもいいし、自由に弾いて聴いてくれる相手がいなくなるまで弾いて自分が乗ってくるまで弾いて、適当に会話して気楽に楽しんでいる。
僕の日常は、ルーティンになっている、刺激がない退屈な日常だった。
 
 ある朝、こんな夢を見た。
???「目覚めなさい」
 誰かが呼んでいた。その声は近所のおばさんより若く、透き通った声だった。
犬山光輝「まだ、まだ」
???「全くねぼすけ、まるで子供ね、私時間ないの、早くして」
犬山光輝「ううん?」
 
寝ぼけた身体を起こし、瞳を凝らして辺りを見てみると、自分の部屋が曲がっている? 水の中みたいに。
犬山光輝「え、あんたは?」
???「もう、汚い部屋。カバンに服に、それから。ああ、もう面倒臭い。ガッテムでこんチクショ?だわ。あと、あなた好きなものは?」
 妙な光景だった。羽根の生えた白い服を着た金髪の女が、自分の部屋を引っ掻き回して悪態をついている。
犬山光輝「あのー。あなたは誰? 私の部屋なんだけど?」
???「知ってるわよ。やらなきゃいけないことが多すぎて。ああ、え? もしもし」
 白い服からスマホが出てきた。電話の相手は誰かわからないが、女性だろうか?
???「ええ、もうすぐ終わるわ。この後? え? 新作の時計見るわよ。もうばかね」
いいかげんムカついてきた。僕の部屋に入ってきて洋服箪笥を物色する、大事なアルバムを投げる、カバンを投げる。容赦無く物色する、投げる、整理してあったものをぐちゃぐちゃにする、お気に入りのパーカーも投げる、テレアポで使うスーツを捨てる。
 
犬山光輝「あのー、出てってください。警察呼びますよ。なんなら力づくで」
???「はいはいはいはい、はーい。終わりましたー。何 名前はクロノス。2000歳で離婚歴ありの神よ。警察呼べば 力づくでできるならやって、もう着くから」
 あまりに情報が多くて思考が止まった。しかし、人間、努力はするもの。
犬山光輝「離婚? バツあり?」
クロノス「もう、私のことはどうでもいいでしょ? 何よ。慰謝料はないし、あの人は優しい人よ。ええ、自由を愛するの。名誉ある離婚よ」
 
 部屋全体が曲がって地震が発生した。
犬山光輝「やばい、死ぬ」
クロノス「バイバイ」
そこから覚えていないが、地震による怪我はなかった。
目が覚めると、アマゾンのどこかにいるようだった。
目線を上げると、見知らぬ女性が立ちはだかっており、4本ある手にはそれぞれ剣を携えていた。王冠のようなトグロのような金の冠をしており、服は着ているが、軍服だろうか? 緑色だ。
ビシュナ「さあ、起きて。坊や」
犬山光輝「ここは? どこ?」
ビシュナ「イラクよ。西暦175年のイラク」
犬山光輝「はあ?」
ビシュナ「またクロノスは。まあいい、君の持ち物は大体はカバンに入っている、大丈夫すぐ出かけよう」
犬山光輝「どこへ?」
ビシュナ「天命の石板を探しによ」
犬山光輝「ええ? 何それ?」
 
これが始まりだった。
ゲームのような本当の話。嘘のようだけれど、自分の中の事実。体験した、全て。
 
第3章 神との対談
 
ここからはヘンテコな話が続いた。名前がビシュナということは、なんとかわかったものの、会話があまり続かない。喋りが得意ではないのだろう。
 
ビシュナ「あのね、天命の石板ていうものが私たちの世界にあってね、この世の4元素と世界を作ったものとされているの。石板に書かれているのは神様の言葉、火の石板には火の成り立ち風の石板には風の行方、水の石板には水の作り方、地の石板には大地の始まり、太陽の石板には命と死の概念が書かれているの。これを解読できたものは世の中を作る、とも壊すとも言われているわ。宇宙の始まりからあるものだからね。世界を変えたり、指をならすだけで山を割ったり、新しい種族を作ったり、支配者になれるものなの」
犬山光輝「はあ」
 
いやその前に、ここがイラクなら木で生い茂るのは何故なんだ? 食料は? 俺は、なぜ拉致されたんだ?
ビシュナ「その石板を悪い人より先に取らないとダメなの。でね、悪い人が来たらね、こう剣を振って倒すの」
犬山光輝「いやいや、あのー帰りたい。暑いし、生活に戻して欲しい」
 そう言うと今まで頭に輝いていた王冠から少し煙のようなものを出しているのを確認できた。この女の人、出立ちはかっこいいけど、どこか抜けてる。ていうか、ろくにスポーツや運動をやってない僕が剣なんて。
ビシュナ「最初は慣れないけど大丈夫よ。そのうち慣れるわ、死ななければね」
 
 不満を口にして交渉するたび、表情が曇り、下を見たり、説明がしどろもどろになっている。
犬山光輝「いや、戻りたいのだけど」
ビシュナ「だからね」
 ビシュナは少し困った様子で空を見たり、歩いたと思ったら木をひとふりで切ったり、困惑した様子でこう口にした。
ビシュナ「そんなこと言っても無理よ」
犬山光輝「はあ?」
 僕が一つ一つ会話するたび、めんどくさそうに答える。そして頭から。
ビシュナ「わからない人ね、もう一回言うわね」
王冠から煙が出てきた、表情筋もひくついている。
犬山光輝「え? なんで」
ビシュナ「他に頼れる人がいなくて。それでね、やって欲しいの聞こえた?」
 この人は怖い。顔面がピクピクしている。それに王冠から煙が出ているのがはっきりとわかる、いやこれは、やばい。
犬山光輝「いいよ。ビシュナさんが言うなら、一緒に行く、共に戦う、いやー楽しいなあ」
 神には会ったことないけれど、頭の煙が少し収まり、顔面の筋肉が緩んだのが見える。なんて言うんだろう、疲れる。
ビシュナ「わかってくれて、嬉しいわ。人間って話で聞くより素直でよかった」
犬山光輝「はい、なんでもやりますよ」
この感じ、久しぶりだ。恋人と理不尽に別れた時や父親との口論の末、家を出て行った十五の時のように、心に雨が降っている。
 
 それから蒸し暑く木々が生い茂る密林をかき分け進む。目的地はオアシスと武器屋らしい。
ビシュナ「もうすぐ着きますから。あっ危ない。気をつけて」
 奥の茂みから怪しい影が出できた。
犬山光輝「え?」
ビシュナ「遅い」
 影が……忍び寄ると同時に影の首が犬山の足元に転がっていた。
犬山光輝「え? ええ、血。いやー」
ビシュナ「危なかったですね、さ、行きましょう」
おいこの女、説明なしか? 今の生物は何? 何だったんだ?
 
犬山光輝「いやー危なかった。ありがとうございます」
ビシュナ「ふふ、いいんですよ。人間なんて弱くて低俗な生き物ですから」 
犬山光輝「なんでそんなことを?」
僕は、驚きと怒りを覚えた、今までこんないでたちの人とは関わったことないがこれは見過ごせない。
ビシュナ「え? だって、そうね、いつも昔から私を頼ってくるのは、その人自身が困った時、自分の無力さを嘆いた時、非力なことがわかった時、教会で祈りの場で、あるいは空を見て祈るでしょ」
犬山光輝「そうかもしれないが」
ビシュナ「そのたびに私たちが駆り出されて上役の神と話して洪水を治めたり、山を治めたり、星の軌道をそらしたり、奇跡の子供を産ませるためにそっと縁を紡いだり、静かに祈りをささげつつ、私の心は不安なまま、悪魔と天使のいざこざがあった時、両者の間に入っては、交渉、その後ことが終わったら、その人たちは感謝を口にするが、その人たちは背中をこちらに向けて見抜きもしない、そして私はまたどこかに」
 
 ビシュナは淡々と話をしている風だが、身振り手振りが話すたびに多くなっていた。人が怒る手間、こういう動作はよく知っている光景だ。
犬山光輝「それが悪いことか?」
ビシュナ「さあどうかしら?」
私は犬山に何を話しているのか、わからなかった、本当なら今頃はこんなことやらずに宇宙で起こる何かを眺めているだけだったのに。
 空腹と暑さで僕はキレた。
犬山光輝「おい、低俗だと? どこがだよ。人は、俺は、歯を食いしばって、不景気にも安い給料にもめげず、好きな物を我慢してでも生きてきたよ」
 僕はあらん限りの怒りをぶつけた。たとえ切られても構やしない。
ビシュナ「あらあら? どうしたの?」
犬山光輝「謝れよ、僕に対して」
ビシュナ「それは、できないわよ」
思わず拳を固めていた。殴ってやった。そうすることが自然なことであるかのように。
ビシュナ「覚悟は? その先はやめた方がいい」
 ビシュナがため息まじりに忠告をしてきた。やれやれという表情とさげすむような目線。
腹が立った。最初に出会った神クロノスも、この人も、まるでこちらを見ていない。
犬山光輝「くそ」
 左の拳で殴ろうとしたが、派手に飛ばされた。身体のあらゆるところが硬い。木々にあたり、鈍い音がした。
意識はなかった。
ビシュナ「犬山を運ばないと、めんどくさいな」
 
第4章「理由」
何もかも気にいらなかった。投げ出したくなった。全てを、早く帰る方法を探さないと。
俺は密林のオアシスに放置されていた。傷はなかったが空に浮かぶ手紙にはあの女からのメッセージが、「頭が冷えたら呼んで」全く、全く気に食わない。
 
???「儚い夢を追いかけている。かつて世界は一つだった。争いなどなく、皆が皆、共通の目的、共通の思想を持ち、同じ行動をする。もし考えから外れたものがいれば排除。完璧な世界、唯一の世界だった。しかし、そう。忘れもしない、江崎だ。民衆をあらぬ方向へ走らせ、扇動し、我らの宝を世界を壊した。許せぬ。今はどこにいるか知れぬが、名前を江崎といったか? くだらぬ夢を追いかけている。あやつを宇宙の塵にしなければ気がすまない。我は取り戻す。我の世界を己の憎しみで世界を汚すまでは許さない。どのような障壁があろうとも、憎しみは、我は、止まることはないのだから」
江崎「まだそんなことを言っているのか?」
???「貴様、どこにいる。ええい、殺してやる」
江崎「その招待には乗らないよ。いやー、いい加減諦めてくれない? おじさん、困って困って」
???「貴様。わが軍団、いや全てのわが配下が貴様の匂いを、血を啜り」
江崎「もう、やめてくれよ。世界は愛と調和され、それでいいじゃないか? そりゃお宅の宝をちょいチョイとしたけど、水に流そう。今度酒でも飲もうな?」
???「クラァ」
 
 そんな夢を犬山光輝は見た。
江崎に憎しみを抱く黒い影が住んでいたとされる、機械化された美しい国。山は黄金色に輝き、鮮やかな虹の橋やどこまでも高い建築物がそびえたつ都市群。黒い影は、国の頂点に君臨していたようだ。大量のロボットのようなものが住んでおり、そこに眩い光が影に向かって説教っぽいことを言っている。
犬山光輝「なんだ? 今の」
予知夢? ビジョンにしてはっきりとしていた。二人の男の感情まで読み取れるほどに、現実味を持って感じられた。
 
傷はなかったものの、僕は密林のオアシスに放置されていた。頭上の空にはひらひらと手紙が浮かび、あの女からのメッセージが揺らいでいた。
ビシュナ「頭が冷えたら呼んで。人間は短絡的で臆病、粗暴。それでいて何もできない。助けて欲しければ、呼べ」
 疲れをひどく感じた、全身がだるく重い。傷こそないが、喉が乾く。近くにぼんやりと水があるのが見えた。
犬山光輝「水。ああ、水」
 水をがぶ飲みした。味は泥水の味。それでも喉を潤したくて、夢中で飲んだ。
犬山光輝「ああ、美味しい。もっと」
 飲んでも飲んでも、乾きは癒されなかった。体が徐々に重くなるのを感じた。
犬山光輝「あれ? 体が沈む」
 手が腫れ上がり、足は象皮病のようにパンパンになっていく。体のバランスが崩れてオアシスに落ちてしまった。
犬山光輝「苦しい。体の中に水が入っていく」
ウンディーネ「欲張り人間。お前に問う。私を飲んでどうする」
犬山光輝「渇きを癒す」
ウンディーネ「なぜ? ここにいる?」
犬山光輝「わかるか」
 体は重く、泳いでも泳いでも這い上がることはできない。深く沈んでいく。
ウンディーネ「底へ、どんどん沈め。何もできない人間」
お腹に水が……。声も出せねえ。沈む。もう意識が……。ぼやけていく視界の隅に、きらりと光るギターの姿を捉えた。
 
犬山光輝「ギターが……」
苦し紛れに手を伸ばすと、地上にあるギターが光って水の中に入ってきた。
せめて水から出なきゃ。
犬山光輝「頼りない野良犬這い上がれ」
 犬山が昔作った歌だった。そのフレーズがギターから出ると、二匹の犬が水中に現れ、沈みゆく体を押し上げた。
犬山光輝「こぼぐぐぐぐ」
ウンディーネ「人間、死なない。行くな」
 水の塊が追ってくる。あと少しで地上だ。
犬山光輝「燃え上がれ、魂よ」
 犬山がギターを鳴らすと、フレーズが出てきた。
ウンディーネ「私を飲め」
水の塊が犬山を再度飲み込もうとしたが、犬山の胸から熱い火が出現した。
ウンディーネ「ぎゃあー熱い」
犬山光輝「どうだ」
 
 地上へ上がった犬山はへとへとになりながら、仰向けになった。疲れて何が起こったか、わからなかった。ギターがなぜ現れたのか?
犬山光輝「くそ。なんだ? この世界」
空を見上げるとドラゴン? 鳥? が3匹泳いでいる。
月と太陽は同時に出ており、遠くの山から虹が複数出て光り輝いている。そして、山の麓から強大な植物が根を張っている。
犬山光輝「hahahahaha、ありえねえ」
 しばらく自問自答した。なんでここにいる? 僕に何をやらせたい? なぜ戦わなければならない?
 ぽかんと空を見上げた。
犬山光輝「くそ、わからねえ。起きなきゃ」
 
 僕はここでビシュナを呼ぶことにした。ただ舐められたままはムカつく。目にもの見せることにした。
犬山光輝「ギター」
 すると、ギターが勝手に動き、右手に収まった。
犬山は、地面に空中に木々に、思いつくまま歌を書いた。
足元に鎖を、空には槍や水を、木々にはさっき目にした光景を。ささやかだが抵抗するため。相手は神様。こんなことでどうにかなるのか? ええい、考えるな。
犬山光輝「ビシュナ? いるか? 負けた。さっさと出てこい」
 そう呼ぶとビシュナが空から降りてきた。
ビシュナ「よいしょっと。こんな所にいたのね? さ、行きましょうか?」
犬山光輝「僕を助けなかったな? 水を飲んで溺れそうだったんだぞ?」
ビシュナ「そうなの? 言えばいいのに?」
犬山光輝「言えるわけないだろう?」
ビシュナ「そう?」
見せてやる、さっき手に入れた力で、この後どうなろうと知ったことか、ここでやらないと男がすたる。
犬山光輝「ギター」
 僕の右手にギターが輝きながら飛んできた。
ビシュナ「え? 何? それ?」
犬山光輝「1、2、3、4。鎖の呪いは解けない」
 ビシュナの足に鎖が繋がれた。
ビシュナ「え? こんなの力で」
犬山光輝「動くな。空からの来訪者は手厚く思い出は、忘れない」
 ビシュナの頭上から槍が降り、腕から足にかけて貫いた。
ビシュナ「きゃあ。く、こんなことして。許さない」
このままでいくわけはなかった。ビシュナの体が変化していき、赤くなっていった。
自分の詩が壊されていく。バリバリとした音とともに鎖が取れかかっていた。
ビシュナ「く、この」
犬山光輝「こんなもんじゃない。マンドラゴラは山をも食い尽くす、つるは獲物を捕食する、残るは骨」
 
 犬山が歌うと、あたりの木々はざわめき、パキパキという音とともに巨大で長いつるがビシュナを捕まえ、2メートルはあるだろう花弁から口だけの花が姿を現した。
マンドラゴラ「貴様ーー」
ビシュナ「この抜けない、やめて。神を殺すの?」
犬山光輝「どうだろう? あんた次第だ。答えろ? なんで僕はここにいる?」
ビシュナ「新しい世界の住人だからよ」
ビシュナから聞かされたのは、僕がいた世界はホフルハザンという正体不明の相手と軍勢により壊されてしまったらしい。
襲った理由は天命の石板が欲しいハザンが僕の世界を人質にとり、江崎という神に本気度を表すため。僕がなぜそういう危機の前にこの世界に連れてこられたかというと、僕のDNAの中に神と共通する因子が入っているから。最悪僕は、新しい世界の住人となるべくこの世界に派遣させられた。
僕は最悪の場合の保険らしい、クソッタレな理由だ。
 
第5章「シャスタ山」
 
ビシュナ「知っていることは全部話したわ。だから、これ解いて」
犬山光輝「後で食い物よこせ」
 犬山が首のあたりで手を横に振ると、マンドラゴラも鎖も槍も全て、消えていった。
ビシュナ「苦しい。あんなのどこで? あなた人間なの?」
犬山光輝「人間だよ。血も出るし、腹減ってるし。 食い物よこせ」
ビシュナ「え? ええ、じゃあ少し歩いた先で」
 
オアシスから歩いた先に洞窟があった。暗がりで怖いが、ビシュナが入ったら光で照らされた。
洞窟の壁には大量の絵や図、象形文字などがあった。
犬山光輝「ここは?」
ビシュナ「旅人の洞窟よ」
 前に訪れた旅人が焚き火をしたのであろう薪の跡に座りこみ、呪文を唱え始めた。
ビシュナ「太古より存在する火よ。この者の願いを盟約に従い叶えたまえ」
 そう言うとビジュナの足元には餃子やラーメン、天津飯にカレーなど、次々に食料が現れた。
犬山光輝「うお? すご」
ビシュナ「どうぞ」
犬山光輝「ああ、美味しい。うまい」
ビシュナ「満足?」
餃子はニンニクがうんと絡んで、皮はパリパリ。ご飯が進む。天津飯は卵がふわふわで油が乗っており、これも美味しい。野菜がたっぷり入ったラーメンの味は味噌。
カレーに至っては、憎い。お子様カレーで食べやすく、モリモリ食べた。カレーに餃子、油という油を全て体内に取り込んだ。
 
ビシュナ「く、いたた」
満たされた腹を満足げにさする犬山の横で、ビシュナが急に悶え出した。
犬山光輝「痛いのか?」
 犬山はギターを片手に癒しの翼と歌うと、先ほどの戦闘でひどく傷を負った生々しい体、鎖でついた痛々しい痣や、槍が貫いてできた重傷を負った体は治っていった。
ビシュナ「傷が、治ってゆく。あなた。前も聞いたけど、その力はなに? 人間なの?」
犬山光輝「当たり前だ。この力が何か?知らないよ」
ビシュナ「え? もしかしてお父さんがいかがわしい儀式をしていたりとか、お母さんが何か特殊な能力を持っていたりしない? または、赤ちゃんの頃、闇の帝王あたりに激しい魔法を浴びせられて、母親が犠牲になったり? 特殊な光を浴びたとか?」
犬山光輝「僕にそんな魔法使いの才能ないよ。ない、ない。飯、ご馳走さん。皿どうする?」
 ビシュナが皿やら食べ残しを焚き火に入れると、火の色が青色に変わり、皿や残飯が溶けてゆく。いや、昇華するように燃え消えてゆく。
ビシュナ「人間なのに。私でさえできないのに、どうして?」
犬山光輝「音楽が好きなだけだよ。こっちの質問にも答えてもらう。僕の住んでた世界が、ない? 今どうなってる? 見えるのか?」
ビシュナ「いいわよ。でもあまりショックを受けないでね、これでも頑張ってるのよ」
 焚き火に向かってビジュナが呪文を唱える。イントネーションはアジアの言語か?
犬山光輝「マジかよ、なんだよこれ」
焚き火の火の中からボヤッと映像が映し出された。火が揺らいだと思ったら宇宙から見た地球が映し出され、数十秒ごとに映像が切り替わり、パリやアメリカ、日本と切り替わっていった。
全ての人も車も、止まったままの世界、笑顔で笑っている女子高校生、通勤途中のサラリーマン、まだ寝ている学生も、しかし世界の時間が止まっている。
その横で得体の知れないい黒いエイリアンのような影と天使や象並みの巨躯が腕を震わせ、槍を投げ、弓を弾き剣を手に戦っている。武器もさまざま。ライフルに、剣、弓。エイリアンは空を覆い尽くすほどの影になり、牙を立てながら襲っている。
血があたりに広がっているのに、警官も赤ちゃんでさえ、何も発しない。時が止まっているのだ、不思議な力で。
誰も何もしていない。高級車が粉々になっても、ビルが崩れても、水が地上から溢れても、大きな口が空を食べようとしても。
 
ビシュナ「ごめんね。頑張って頑張って、戦って、君の世界を守っているけれど、ごめんね」
犬山光輝「ごめんねってなんだよ、どうなる? 直るのかよ? なんだよあれ? なんだ」
 ストンと体に衝撃が突き刺さる。何も変わらない朝。クロノスが居ただけで街が燃えて、食われて、汚されて、わからないまま、家がなくなる。その様を見ている。
ビシュナ「いい、石板よ。石板のありかを見つければ、少しずつだけどよくなるの」
犬山光輝「関係ない。今すぐあっちに行って、戦う。理由なんているか」
 犬山がギターを持って洞窟を出ようとするがビジュナが強く手を握る。
ビシュナ「お願い、頼む。お前の気持ちもわかる。けれどこっちも必死なんだ。予期しない、強大で正体不明なやつに、攻撃されて、負けそうなんだ。今、四方八方手を尽くしているが、上手くいってない。仲間が神々が殺されてる。ガネーシャも閻魔もやられた。北方の狼も。光輝が知ってる。神様は皆、連絡がつかない」
ビシュナは悲痛な顔をしていた。この人は多分小間使いでずーと理由もわからずただ言われたことをやってきたのだろう、一人で孤独だけど神様だから、踏ん張っているのかと思った。
犬山光輝「低俗で無知な人間だけれど願うしかできなかったけど、今は違う、手を貸そうか?」
ビシュナ「え? いいのか?」
助けたかった。こんな世界に連れてきたやつなのに、酷いやつなのに、心の片隅で僕は助けたいと思っている。
犬山光輝「今、困っているんだな」
ビシュナ「ええ」
その言葉を聞いて、僕は迷わず力を貸すことにした。火の中では僕の世界が繰り返しリプレイされている。もう見たくない。ビジュナの表情が、ほんの少し前まで強気な女が、今は弱気な表情でこちらを真っ直ぐに見ている。
何ができるかわからないが、この世界と神ともう少し関わろうと思った。選択肢はなかった。
犬山光輝「どこに行く? 次の目的地は?」
ビシュナ「シャスタ山よ」
 
遠くにある霊山、シャスタ。そこは、本来なら立ち入ることも見ることもできないらしい。特定の物を持っていないとダメな場所、幻の山だ、特別な神が特別な方法でしか入ることができない。
 
第6章「シャスタ山 後編 意外」
 
シャスタ山は、ここから80キロメートルくらいのところにあるらしい。
洞窟を出ると、ジャングルの先にその山の姿が見えた。山の上に光の輪が乗り、光の中から何かが飛んだり跳ねたりしている。しかし、先ほども見た強大な蔓が山そのものを飲み込もうとしていたり、山の中腹には黒い塊が蠢いている。塊は山に入ろうとしているが、見えない壁か光に阻まれている。
ジャングルにも何かがいそうだが、ここからでははっきりとは見えない。
 
ビシュナ「シャスタ山へは簡単には行けないわ。ジャングルには無数の軍隊、山にはマンドラゴラが山を食べようと蔓を伸ばし続けているわ。中腹にはゴブリン13師団が常に援軍を阻んでいて、危ない状態なのよ」
犬山光輝「シャスタ山にいる奴らは何もしないのか?」
ビシュナ「え? ああ、そうみたい」
犬山光輝「そうみたい? え? 今から助けるのは僕たちだろ?」
ビシュナ「ええ」
犬山光輝「相手からSOSがあるから行くんだろう?」
ビシュナ「ええ、まあね。ちょっと癖がある人たちだけど、仲良くね」
 ビシュナが少し困ったような顔をした。的を射ていないような、そんな表情だ。
犬山光輝「わかった。行こう。行って何かがあるなら」
 
 洞窟を抜けて山を目指すため、ジャングルに入った。足元は泥と木々で覆われていて、一歩一歩歩くたびに、足が取られ思うように進まない。ぬかるみが至るところにできているからだ。
後で聞いたら、この大陸一体に生息している油ゼムのせいらしい。
油ゼムは、樹液が好物で、木々の樹液を吸って、排泄物と油を落とす。それが土と混ざり合い、粘着質の泥になる。
歩くと靴が地面に引っ付き、ねちょっとする。一歩二歩歩いてゆくと足が滑り、もつれて思うように進めない。それに暑い。湿気がある。いるだけで汗が出て息苦しくなる。そのたび、ビシュナが樹木から水を出してくれる。喉の乾きはなくなるが、暑さをしのげるわけではない。何かいい手がないものか?
 
ビシュナ「あなた、大丈夫? 顔色悪いわよ」
犬山光輝「暑い。虫がうるさい。歩きにくい。もうだめ」
 油ゼムが頻りにキーララ、キーララと泣いている。たまにキーラシャララとか鬼怒川とか言ってるが、そんなことが気にならないくらい、暑い。
ビシュナ「大丈夫? 困ったわ。」
 水が欲しい。このままだと死ぬ。歌でしのぐことにした。
犬山光輝「ギター、水の力は命の源、風とともに体を休めん、来い」
犬山がそう言うと、四方から水と風が集まり犬山の体を覆った。
風は体の周りに吹き、水は体の熱を急速に冷ましていく。
水が地面に落ちるたび、気化熱が働き、それも涼しく快適になったが、服が水で濡れてしまった。困っていると風が通り、服も乾かしてくれた。
犬山光輝「極楽、極楽」
ビシュナ「いい力ね」
 
 僕たち二人は先に進んだ。時間の概念が元いた世界と同じなら、昼の3時くらいか?
太陽が真上から少し下に下がっている。
険しい山道を歩くこと1時間。シャスタ山が姿を現した。しかし、周りを黒の甲冑と兜、手には槍や剣盾を持った黒い影が隊列を組んでいる。
ビシュナ「ゴブリンだ。地の底にいるものよ」
犬山光輝「あれがか?」
僕らは姿がばれないように、ジャングルに身を隠した。そして、静かに軍勢を見ることにした。
 
ゴブリン隊長「ゴブリン小隊、止まれ。アルファ、ブラボー、チャーリー、フォックスチームやることはわかっているか?」
ゴブリンアルファ「皆殺しして、全てを奪う」
ゴブリン隊長「そうだ。今日ここで賢者どもを倒して、力を手に入れる。もう光を怯えることはない。今日ここで、ゴブリンがこの世界を、石板を奪う。我らが神になるんだ」
ゴブリンブラボー「おお、あいつは来ているのか?」
ゴブリン隊長「高みの見物をしているが、来てる」
 
ゴブリンと呼ぶらしい。目で見える数は100人ぐらいだろか? 何よりその風貌体躯が異様で驚きを隠せない。
身長は、150センチぐらい。肌の色が緑の者もいれば黒の者もいる。
手足は細く、歯は顎から突き出している。乱杭歯があったり、犬歯のようになっていたりと、人間ではないのがはっきりとわかる。極め付けは目だ。白い眼球の中心には瞳はなく、虹彩が血の色のように赤い。
軍の様子は子供が軍隊ごっこをしているようだが、ゴブリンが持っている剣や槍は異様に鋭さと輝きがあり、触れただけで指が落ちそうだ。剣だけでも殺気がある。
兜は、まるで料理用の鍋をひっくり返したよう。彼らの発する怒気が怖い。一言二言大声で怒鳴るたびに体がガタガタ震えてしまう。
この時初めて、いや、やっとかもしれない。ここが戦場だと自覚した。
僕らは、ゴブリンたちがいるところから離れた木立と草木の陰に身を潜めていた。近くにはちょっとした縁というか窪みがあり、あちらからは見えないため、かろうじて助かっている。
ゴブリンたちは?一通り吠えて士気を高め終えると、山に登り見えなくなった。
 
犬山光輝「あんな身長が低いのか?」
ビシュナ「見くびらないで。彼らは数が多いのよ。この世界のどこにでもいるし、誰が相手でも関係ないの。それに速いわよ。ぼーとしていたら一瞬で首が飛ぶわ」
 それを聞いて僕は、どうなるんだ? 死ぬのか? と色々考えた。自分には覚悟がないんだ。殺される覚悟も殺す覚悟も。
犬山光輝「僕は殺人者になるのか? 死ぬのか?」
 ゴブリンとて自分とて命なのだから、ギターと声でなんでもできるというものの、不安だった。ビシュナは不安そうな僕をまっすぐ見つめ、諭すように、そして促すように言った。
ビシュナ「大丈夫。不安でも死にそうになっても危なくなっても、体も心も慣れてくるわ。今は、血生臭く大変だけど一つ一つこなせば、大変だったって笑える日々がくるわ。仕事よ。自分に胸を張るために、頑張りましょう」
ビシュナが言い切る。その後もしきりに僕の様子を窺い、おかげで気持ちが次第に落ち着き出した。そんなビジュナの気遣いがとても嬉しかった。
 
 僕たちは木陰を出てゴブリンたちを追いかけた。
 これも後でビシュナに聞いたのだが、ここには門番と結界、本来なら見えない細工がしてあるらしい。近寄ろうとすると、足が勝手に戻るようになってしまい、強引に体を張っていこうものなら屈強な兵士に捕まり追い返されてしまう。しかし今それらはなくなっている。
 目の前には山道が延々と続いている。辺りは、無数に高く生えた木々とゴツゴツした岩肌。
山の上から雪が降っていた。手で触れると体温では溶けず残るが、積もるとどこかに消し
てしまう、雪から水になることなく、時間が経つと目に映らなくなってしまう。いくら触
れても大丈夫かと思ったが、触りすぎると低温火傷になってしまう。
あとは簡単でゴブリンたちの足跡を追えばよかった。山道を歩き走り、道標がないまま進んだ。
ビシュナが言うには、ゴブリンたちには独特の匂いがして、それは虫の死体の匂いらしい。そして、とにかく戦闘になったら無事に生き延びることが一番、もし追い詰められたら、
ビシュナ「いい? 逃げるのよ。あなたは生き残らなきゃダメ。奴らは足は遅いけど、手が早いの、数が多いからとにかく相手にしない。逃げられそうになかったら、抵抗して。ギターでも剣でもなんでも。私も全力であなたを守るから」
 
1時間息を切らしながら歩くと、ようやくゴブリンどもに追いついた。やっとだ。周りが開けた場所で山の中腹だろうか? 山小屋はないものの、木々があまり生えておらず、広場のようになっており、その先には橋がかかっている。
ゴブリンどもが揉めている。チャンスだ。
 
ゴブリン隊長「おい、なぜ進まない? 行くぞ」
ゴブリンアルファ「この先に進むと燃えちまう」
ゴブリンブラボー「見えない何かに体が溶かされてしまうでさ」
ゴブリン隊長「ふざけるな。ええい、爆薬を持ってこい。あと、近くの雪を集めろ。ここいら一帯を乱す」
 それを聞いたビシュナが険しい顔をした。僕は何が起きたのかまだわからないままだった。それから、戦争が始まった。
ビシュナ「まだ私たちはバレてない。今のうちに攻撃よ。私が出るから、あなたは……」
 
 その時小さくではあるが、ゴブリンの一人が鼻を空に向かって嗅ぎ始めた。
ゴブリン「いる。肉がいる。話してる。うーー」
 ゴブリンたちが一斉に鼻を空に向けて嗅ぎ始め、肩をカタカタ鳴らし出した。
ゴブリン隊長「いる。後ろだ。いけ」
 ゴブリンたちの殺気が凄まじく、足音が変わった。怖い。叫びが空気を揺らす。殺気が、剣が、こちらに向かってくる。
ビシュナ「囮になるから、あとなんとかして」
 
ビシュナは表に出るとゴブリンたちが剣を振る。槍を突き刺す。足を抑えようとする。ゴブリンたちは数が多く、素早い。一太刀二太刀ビジュナが返しても、ゴブリンたちは五太刀浴びせる。ビシュナがたまらずたじろぐ。あたりには雪が舞っている。視界が悪く、剣筋や足捌きが見えにくい。
ゴブリンアルファ「胸に一つ」
 ゴブリンの槍が、ビジュナの胸に鈍い音と共に深く突き刺さる。胸から大量の血が流れ、白い大地が赤く染まる。
ビシュナ「ぐ、まだまだ」
ビシュナとて負けてはいない。胸に穴が空いていても神は神。突き刺したゴブリンをすぐに切る。すると、首と胴がバラバラになった。ゴブリンの首が、苦悶の表情を浮かべてあの世へといく。
ゴブリンブラボー「あ、アルファをよくもやりやがった。このやろー、殺す」
ゴブリンたちはビジュナを取り囲むように円陣を組み、怒号が行き交う。怒りの感情、死への恐怖。それらが混ざり合って殺気を放っていた。
 
ゴブリンブラボーは、隙をついてビジュナの手を切った。
ビシュナ「く、くそ」
 右手が落ちた。出血が激しく、地面に勢いよく血が広がっていく。応戦しようにも剣が握れない。たまらず橋の方へと走ってゆく。
ゴブリン隊長「おい、肉を残せ。押さえつけろ」
ゴブリンたちがビジュナを追いかける。ビジュナが橋の手前で応戦しようとする。
ビシュナ「やめなさい。あなたたちの望むものはこの先にないわ」
 ゴブリンたちは再度取り囲む。剣が刺さる必殺の距離にまでビジュナを追い詰める。
ゴブリンブラボー「そんなことない。この先には光のクリスタルがある。そのクリスタルを手に入れる」
ゴブリン隊長「闇が光を食べる。世界は我らゴブリンのもの。人間は食料だ。お前らは家畜になる。生贄だ、この俺様の」
 あたりは白い雪と風。それにゴツゴツとした岩肌がある、風は音をたてて周囲のものを吹き飛ばそうとし、岩肌は両者の戦いをじっと見ているようで静かだ。山間にかすかに月が上がる。誰かが足を引きずるたび、ザザ、ザザと音が響く。
ゴブリン隊長「終わりだ」
ビシュナ「いいえ。一言、言わせて」
ゴブリン隊長「殺せー」
ゴブリンたちが今度こそ襲いかかる。
 
その時、犬山は空を飛んだ。白銀の世界の中、歌を歌いながら空を飛んだ。
犬山光輝「転がる石に抗うものなし、谷底は深く何も残らない、神も、歌い人も飛ぶ」
 岩音が山の上から聞こえてきた。ゴゴゴという音と地割れのような揺れと、ともに、大きな岩が山から落ちてくる。
ゴブリン隊長「なんだ、これは。地震か? 逃げろ、撤退、撤退」
犬山光輝「邪悪なものに祈りを」
山からは直径5メートルの大きな岩や小さな小石含めて、(20)個ほどの石がゴブリンたちの頭上に落ちてきた。逃げることなどできず、次々に山底へと落ちていき、岩が直撃し即死する者もいた。
 
犬山光輝「ビシュナ、大丈夫か?」
 ビシュナは岩に当たらずギリギリ避けていた。
ビシュナ「ええ、ありがとうー。傷治して」
犬山光輝「女神を覆うは、雪の結晶癒しの水となれ」
 たくさんの雪がビジュナの周りを覆ってゆく。雪が溶けて水になり、ビジュナの失った右手が治ってゆく。胸の穴も青色の液体で癒えてゆく。
ビシュナ「ありがとう、ありがとう」
 ビシュナが両手を合わせてこちらに礼をしてきた。
犬山光輝「うん? それは何?」
ビシュナ「私たちの世界の古い習慣よ。必ずやるの。意味は忘れてしまったけれど」
 そうしてゴブリンたちは片付いたと思ったが、ゴブリンの一人が死ぬ間際に一言言い放った。
ゴブリン隊長「くそ、先生ー。出番だ」
 すると、何もない山の風景が一変した。雪が突然止み、夜になったように陽がかげり、太陽が姿を消した。最初は何が起こったのか二人ともわからなかったが、影だ、大きな大きな影が二人を覆った。ドスン、ドスンという音がこだまする。木々や岩が崩れ、あたりにある物が風圧で吹き飛ばされてゆく。
キュクロス「おおおお」
 今まで聞いたことないような声が山間に響く。叫びだけで山が崩れてしまいそうだ。そこから巨人はこちらが想像もしないような行動に移った。両の手で山を揺さぶろうとしたのだ。
キュクロス「あーーーーあーー」
犬山光輝「どうする? 戦うか?」
ビシュナ「いいえ、だめよ。大きすぎる。山の中へ、早く橋の先へ走って」
 二人とも橋の先へ行こうとするが、見えないバリアのようなものがあって入れない。
犬山光輝「くそ、入れない」
 叩いても、肩で体当たりしても先へは進めない。何かがあるのはわかるが、先へ行くことができない。
ビシュナ「大丈夫、私の手を握って」
ビシュナの手を取ると、バリアが壊れていった。ガラスが割れるように破片が細かく落ちていく。
 
色のカーテンのようなものが消えていき、全く違う風景、現れたのは、犬山の部屋だった。
 
 部屋は全てが光で満たされており、光という光が20畳ほどの広さの部屋に集められていた。赤色の光は部屋の四隅に流れており、天井には緑白、青色の光が走っている。
犬山光輝「眩しい。目が痛い」
人には目も開けられぬほど、その部屋は光り輝いていた。
 
マスターアダマ「人間さんおったんちゃ。失礼つかあした。今過ごしやすくこじゃんとしますけえ」
 マスターアダマがそう言うと光量が少なくなり、目を開けられるようになった。
犬山光輝「ああ、よかった。ここは何? あの巨人は? 何が起こった」
 
ビシュナ「マスターアダマ、やっと会えました。困ったことになりまして」
 ビシュナが深々と頭を下げる。かなりえらい人らしく、僕との時と違い、緊張しながら事の顛末を言おうとしていた。
マスターアダマ「まあまあ、ゆっくりしてつかあさい。ここにはあの大きな人も来れんて。じゃけん安心して休みなさい。あの大きな人にはこの山は動かせんけん。今、炎に焼かれとる最中じゃからね。積もる話は奥でお茶でも飲んでから話すけん」
犬山光輝「はあ? ありがとうございます」
 奥の部屋にはベッドらしきものが用意されていて、いつの間にか眠ってしまった。
 僕は、ひどく疲れていた。
 
第7章「石板のありかロードマップ人の存在」
 
また夢を見た。今度は具体的な、そしてシンプルな夢だった。
 
江崎「やあ、元気か? 起きろ」
 僕はベッドから体を起こした。相変わらず眩しい部屋かと思ったら、ロッカールームやホワイトボードがあり、会議室のような場所だった。僕は机の上で寝そべっていた、スーツで。
犬山光輝「ここは、どこ? あれ? 見たことあるような」
江崎「ああ、すまない。君の仕事だろう? テレアポだろう。この机にある電話を取って」
 そこには確かに電話が置かれていた。その他には仕事で使う資料もあったし、顧客リスト、パソコンにはお客対応マニュアルまである。天井の蛍光灯も窓の風景さえ、嫌味なぐらい僕の部屋と同じだった。
江崎「もしもし、車いかがですかーかな? ふふ。それともこうか? 膝を曲げて偉そうな態度をとって、はい、はい、なんてな」
 その人物は前にも夢に出てきた人物だ。軽口を叩き、できる男を気取っていた、鼻につく存在感だが、逆らえない。
江崎「あ、そうそう」
 椅子に座っていた江崎が、今度はホワイトボード周辺に現れた。瞬間移動したのだ。
江崎「おい、おい、たらたらするなよ。巨人ぐらい倒せるだろう? お前、なんのために作ったと思う? お前とあとの4人には、私と同じくらいの力を与えたんだぞ。なのに、全く」
犬山光輝「なんで、あんたにそんなこと言われないといけないんだ」
 すると江崎はまた瞬間移動し、今度は目の前に現れた。
江崎「なんで? この世界の創造者、クリエイター、預言者。いや、偉大なる名監督は私だ」
 男は、そう言うと自信たっぷりに襟元を正した。こちらを見下すような仕草と眼光で。
犬山光輝「いきなりわからない世界に放り込まれて、困ってるんだ。なんだ、あんたは」
 高圧的でムカついた、なんだこいつ。
江崎「はあー、全く犬山は。おいおい、上司に口答えするとどうなる? うん?」
 江崎が犬山の首に手を当てた。人差し指と中指で光輝の首を切るそぶりをすると、犬山の首から赤い一筋の線が走った。ゆっくりと線から血がポタポタと下に落ちる。
犬山光輝「うあああ、止まらない」
江崎「5つの石板だ。見つけろ。ほら、床をふけ。汚れるだろう? 急げ、時間だ」
 首から下は真っ赤。鮮血がワイシャツにもスーツにも。僕の血が大量に垂れている。手で抑えても、血が止まらない。滴り、ひたすら落ちてゆく。
 思わず会社中を走り回った。書類や電話機なんかを薙ぎ倒しながら走り回った。それを江崎は笑って見ている。訳がわからなくなった。
 残忍に人の首を、しかも笑いながら。なんてやつだ。あんなやつが神なのか、あんなどうしようもない奴が。
 
テロウス「旦那さん。起きてください、旦那さん」
犬山光輝「ううん」
 僕はいつの間にか眠りに落ちていた。悪夢を見たのだろう。あれが現実じゃないとわかるまで時間がかかった。
テロウス「手前不器用ですが、人間はそがいに汗かくんですかいの? 大変だ、すぐアダマの姉御さんに言って、みてもらいやすか?」
犬山光輝「いや、大丈夫だよ。それより君は、誰?」
テロウス「ああ、あっしはここの使用人のテロウスと申します。一角獣でして」
犬山光輝「ユニコーンみたいな? その割には僕らと変わらない姿だ」
 テロウスはラフな服装だった。革ジャンを羽織り、下は赤のズボン、胸には十字のチェーンをしている。しかし、姿はまるで人間で、額には少し角らしきものが出ており、お尻には大きく尻尾が出ている。
テロウス「はい、アダマ姉御のおかげです。あっしはここにくる前まではしがない、ただのユニコーンでした。この世界のことも、あ、いや、光のこともわからないただのそれが、アダマの姉御に出会ってからたくさんの世界を見ることができました。全ては因果応報で必然。ここで、あなたに言うこともまた必然です」
犬山光輝「そうなのか? 僕は自分がいた世界がひどいことになっているからいるが」
テロウス「戦う理由を探すことです。理由です。あなたの腕にある紋章とてそれでしょうに」
 自分の腕を見るとくっきりと十字が彫られていた。十字の上部には円が彫ってある。彫り師が彫ったように正確な紋様だ。全く身に覚えがない。なんだこれ?
犬山光輝「何これ? 取れない? え? え?」
 慌てて左腕にある紋章を右手で擦って取ろうとするが、その度にギシギシと痛み出し、たらーと血が流れ出る。タトゥーみたいだし、こんなしるし僕は知らない、腕が重い。
犬山光輝「これは、なんだ? 痛い、取れないのか?」
テロウス「あっしには何も。アダマの姉御なら何か知っているかもしれやせん」
犬山光輝「ああ」
 
 部屋を出ると、目の前にはドアがあった。扉の窓枠のあたりには光カフェシャスと書かれたプレートがかかっており、開けるとドアに取り付けられたベルが鳴った。
マスターアダマ「いらっしゃい、ようこそ。ご注文は?」
犬山光輝「はあ? 喫茶店?」
 さっきまでの光の部屋とは全く様相が違った。コーヒーの豆の匂い、低いソファタイプの椅子。カウンターにはサイフォンが3つあり、下から火が立ち、水がすでに沸騰していた。それにかすかに聞こえる音楽、「1970年代に一世を風靡したブラスロックバンドのホーンセクションが微かに流れてきた。」
犬山光輝「え? え?」
マスターアダマ「ふふ、どがいしたん? 人間のお客さんは久しぶりじゃ。そでサービスしたんで。ま、今ホットコーヒー入れるけんね。あ、座ってくんなまし」
 僕は適当に座ろうとしたが、最初からカウンターはちょっと遠慮したい。悩んだ末、奥にあるソファに座ることにした。ふかふかで気持ちがいい。
犬山光輝「失礼します」
 コーヒーの魔力なのか? 流れている音楽のチョイスがいいからか? 部屋の雰囲気で僕はしばらくぼー、とした。机に置いてある水を飲みながら、今までのことを順に整理し始めた。
マスターアダマ「♪深煎りの豆に、最初ちょろちょろ蒸らして蒸らして、じわっとくればお湯全開、コトコトやれば、完成よ」
犬山光輝「なんの歌?」
マスターアダマ「コーヒー愛の歌自作ですけん? なんでもええよん、なんでも。お待たせ、どうぞお待たせ、クッキーもどうぞ」
 アダマがコーヒーとクッキーを持ってきてくれた。コーヒーカップは赤地に内側は白、クッキーは真ん中にピンクのグミが入っている。
犬山光輝「いただきます」
 ブラックコーヒーの甘く芳醇な匂いが、湯気とともに鼻に入ってくる。一口飲むと体の芯から温まり、飲めば飲むほど深みが増すような味だ。
犬山光輝「美味しい」
マスターアダマ「ふふ、苦労したんよ、これでも。じゃけんよかったわ。喜んでもらえて」
 マスターアダマは自分の向かいの席に座った。不思議な暖かさに感化されたからか? 僕は今までのことを話した。
犬山光輝「美味しいコーヒーをありがとう、本当に。それで、まずあなたは何者?」
マスターアダマ「私は、賢者、知恵者、この世界のバランスを保つものじゃけん、未来の事象を読んで、必要な人に必要なことを伝える者やね」
犬山光輝「すべてわかるのか、未来のことが」
マスターアダマ「げに、全てじゃなかと、あんたしゃんの行動一つで変わるのじゃけん」
犬山光輝「そうなのか?」
マスターアダマ「争いには関わらないけん、安心してええよ」
犬山光輝「いくつか話したいことがあって。まずこの腕のこれは? 何? この世界はなんだ?天命の石板はどこにある」
 僕はコーヒーを飲みながら、アダマの目を見て話した。              
マスターアダマ「そうさね、まずどこから話せばいいんじゃか、この世界は犬山君からしたら過去の世界やね。バビロニアと呼ばれていて、今まで見てきたゴブリンや巨人、水も太陽や月までも実際に生きていて、現実よ。人間は一部いるけんど、友好的じゃないかも」
犬山光輝「そうなのか? この腕は?」
マスターアダマ「わかるじゃろ? 神に会った証拠、コプト十字じゃ。江崎はこの世界を作った神じゃ。創造的で偉大、指先一つで全ての命を断つことができる神じゃ。気をつけなされ」
犬山光輝「え?」
マスターアダマは指で僕の腕の紋章をなぞるように、祈るように言った。
マスターアダマ「あの人は、管理したいんよ。わがままに。子供みたいに。けれどあんたしゃんは、別。正しくあろうとする姿勢があるんけん、何物にも変えがたい武器になるんよ。あなたと父親ともそう。間違ってないんよ」
犬山光輝「え? ちょっと関係ない、知らない」
 僕は意表をつかれた。父親とは仲がよくない。アーティストを目指したのに、あの人は。ことごとく、うまく行かない。
マスターアダマ「ごめんなさい。あーあ、ダメじゃけんね。やっぱり私は、人間が好きすぎて、ちゃちゃちゃ、悪かったね。気にせんといて。そうさね、どうしたものか?」
犬山光輝「なんでもお見通しなんですか?」
マスターアダマ「いや一部じゃけん、一部。光が全て教えてくれるからね」
犬山光輝「へえー」
マスターアダマ「ここは、賢人らしく石板のありかを探しますかー」
そう言うとアダマは目を瞑り、静かに下を向いた。かすかに周りが光輝き、共鳴するかのように部屋も光を帯び、カタカタと食器類が鳴り出した。
アダマに応じるかのように、時折青白い光が集まってくる。時間が経つにつれ光が強くなり、アダマ自身光り輝き、数秒の間に色が青から緑、緑から赤へと変化していった。
マスターアダマ「伝える、精霊の地パタゴニア、人の地アンカラ、悪魔の地オシマ、そして古き友人、ベベモットに会い、助けを借りよ、人よこの地に来た他のものとも力を合わせて」
 そう言うとマスターアダマは目を開いた。
犬山光輝「そうか、え? どこにあるの? 僕の他にも人がいるのか?」
マスターアダマ「場所についてはビジュナさんが知っているけん、ご安心をし」
犬山光輝「はい」
 僕は戸惑いながら了承した。了承するしかなかったのだから、仕方ない。
マスターアダマ「ビシュナさんも呼んできて、扉の向こうにいると思うけん」
犬山光輝「ああ」
 
 僕は部屋を出た。ドアベルが鳴ったので横を見ると、ビシュナがいた。
ビシュナ「終わった?」
 ビシュナは壁際に立っていた。顔を下に向き、手で顎を触りながら。
犬山光輝「ああ? どうした?」
ビシュナ「なんでもない、色々よ」
ビシュナが浮かない顔をしながら部屋に入ってゆく。何かあったのだろうか? 恋人とかではないにしろ、自分のこと守ってくれた人だ。力不足ではあるが、勝手に心配になる。多分、いずれ今日のことを話してくれるだろう。そして僕は、また一人の部屋に戻った。
明日にでもここを発つらしい。アダマとテロウスは名残惜しいが、行かないと自分の世界に戻れない。やれやれだ。
 
第8章「旅立ちのとき、もらうもの、精霊の地パタゴニアへ会う人帰る人」
 
翌日、シャスタ山を出た。朝食は豪華にアダマの手料理とテーブルを囲んでの団欒。なんてゆうか、これはいい思い出になった。違う世界で自分たちの映画や音楽の話をするとは、本当に思わなかった。楽しく家族のような時間を過ごせるなんて。
 
そして、山を出る時にアダマから渡されたものがふたつある。
アダマ「どうぞ」
 目の前に差し出されたのは、光る足袋と古いコンパスだった。
犬山光輝「ありがとう、僕に必要なものなの?」
アダマ「魔法のアイテムじゃけん。光る足袋は、この世界のエネルギーを吸収ての、いくら歩いても疲れないけん。コンパスは石板のありかを指すアイテムがんす」
犬山光輝「足袋? なんで?」
 すると、横にいたテロウスがそっと耳打ちをした。
テロウス「アダマの姉さん、最近時代劇にハマってまして。許してつかあさい。なにぶん賢人ですから」
 え、そんな情報初めて知った、ここは相手に合わせねば。
犬山光輝「ああ、お気遣い感謝。心意気に胸が熱くなる思いです」
 僕は頭を下げて、無意識に両手を胸の真ん中に置いた。以前、ビシュナがしていたように。
アダマ「ああ、ありがとうがんす。それは大事なサインじゃけん。どの世界にも心があるんじゃけん。心を預けるサインですけん」
犬山光輝「はあ」
少し奇妙に思えた神社でよく見るあの礼がだ。
アダマ「あなたの。旅が無事でありますように。では、ありがとうありました」
 
 そうして僕たちが数歩歩くと、後ろは綺麗に岩肌になった。
犬山光輝「あーあ、あのままいたかったな」
ビシュナ「それは無理よ。石板を探さないといけないし、前に進まないと、役割が違うから」
犬山光輝「そうなんだ。ビシュナってどこの神様? ほら、今までこんなこと話さなかったし、手探りだったからさ。教えてよ」
 ビシュナが少し動揺し、こちらを不思議な顔で見ている。
ビシュナ「え? 気になるの? 私なんか、そうね、インドの神よ。でも、マイナー神になるのかな。犠牲を体現するものって言われているから」
犬山光輝「具体的に何をする神なの?」
ビシュナ「そうね、地味な神よ。いつもならいろんな精鋭やさっきみたいな賢人と話したり、鉱石を火星から別の場所に届けたり、小競り合いを収めたり」
犬山光輝「そんな仕事があるのか。それをたった一人でか?」
ビシュナ「ええ、それが当たり前だったの」
犬山光輝「孤独だな?」
 僕がそう言うと、ビジュナは深く深呼吸して胸に手を当てて言った。
ビシュナ「孤独とは力なきものが感じる幻。、この世に神として生まれたのだから、なすべきことをなして当たり前。それが両親の教え、個人の考えなどは持たぬこと、さまざまな神や悪魔、人間の願いを聞かねばならない」
犬山光輝「なんじゃそれ?」
ビシュナ「それが普通なの」
犬山光輝「嫌だな、それ」
ビシュナ「嫌とか、好き、いいわね人間って道を選べて」
そう言い終えると、ポカンと空を見上げた。
ビシュナ「いいのよ、役割があるのよ。あなたは石板を見つける。私はあなたを導くみたいに」
犬山光輝「そうか。あ、足袋履きますか?」
 
 僕たちは試しに足袋を履いてみた。真っ白な足袋は短めのスリッパのような印象で足につけるとするすると吸い付き、足首までカバーした。適度な力加減で足にはまり、掃除機でゴミを吸い取るような音が絶えず聞こえる。
犬山光輝「これうるさい。エネルギーを吸うってこういうことか」
ビシュナ「みたいね、なんか耳障りよね」
地面の雪や岩盤にあるものを吸い上げる装置のようなもので、歩いても、歩いても足は疲れず、息も切れない快適な足袋だ。通信販売で売っていたら、迷わず買う一品だ。でも音がうるさい。
犬山光輝「これ、微妙だよね」
ビシュナ「うん、微妙ね」
 
 僕らは山を降りた。足袋の音がやかましいのを除けば、快適なのだが。
ビシュナ「コンパス、コンパス。ほら、行きましょう」
 僕はコンパスを取り出した。蓋を開けると、独特のデザインで東西北南と書かれている。文字盤に立体的な矢印、自分たちの位置、石板のありかが表示される仕組みだ。
グークルマップよりわかりやすく、見やすい。
犬山光輝「さ、行こうか」
ビシュナ「そうね」
コンパスによると、精霊の地まで距離1日と出ていた。遠いような近いような。せめて乗り物か何かあればいいのだが、ビシュナと僕は山を降りることにした。道の途中で大量の緑の血を見かけたが、あまり考えないようにした。巨人のだろうから。
山をすんなり降りて、そのまま精霊の地パタゴニアに行きたかったが、そう簡単にはいかなかった。この足袋の掃除機音のせいもあるだろうが、山を降りると警戒されていた。
 
ゴブリン「いるはずだ、探せ」
ミノタウロス「どこだ、人間」
 ゴブリンの横には、身長2メートル、全身毛むくじゃら、血のような目、頭には大きな角、ミノタウロスという生物がいた。この生物の最大の特徴は鼻が異様に利くということ、足が早く、体当たりされるようなら、骨の2、3本は砕けてしまう、恐ろしい相手で手には鋼の大きな斧を持っている。
 僕ら二人は戦った。十人からなる化け物部隊を相手に、ギター片手に、ビシュナは剣を使い。隠れていても何もならない。もう戦わないといけない。
犬山光輝「空から降るのは、千の槍、貫くは異形の化け物」
ミノタウロス「ぐあ」
ゴブリン「あれだ、囲め」
ビシュナ「そうはさせない」
僕はギターを弾く時だけ無防備になる。その瞬間、ビシュナが守ってくれる。よくやってくれているし、感謝しかない。
段々とだけれど、わかってきたことがある。ゴブリンやミノタウロス、これから現れるだろう生物たち。彼らは純粋に生きている。悪というより、この世界の住人なんだと思う。
普段彼らはここに生活していてる、それなりにこの世界でも村があり街がある、けど彼らが神と対等に扱われたり、地方を支配することはない。まして、世界を支配することも一生ない、どうしたら神様たちを引きずり出せるのか? どうしたら世界の支配者になれるのか? そしてこの世のことわりを変える石板が手に入る手に入るチャンスそれはつまり自分たちが未来で生き残ることができる近道でもある、ホフルハザンという後ろ盾もあって彼らも必死なのだ。なんとなくわからないけど。
 
犬山光輝「よし、行ける。よし、よし進もう」
 ある程度の数を殺し、先へ行こうと思った。山を背にして、あとは目の前を進むだけ。しかし、足に何かがひっかかった。ピアノ線のように細い何かが。
猿飛一二三「どっちが化け物だ」
 林の影から声がしたとたん、足が宙に吊られた。
犬山光輝「うわーー」
視界の隅に黒ずくめの男の姿を捉えた。人だ。まさか人がいるなんて。
ビシュナ「光輝ー」
足が上、頭が下では抵抗ができない。線を取ろうにも細すぎて手では解けない。
犬山光輝「くそ。足に絡んで、起き上がれない」
 犬山がもたついている間に猿飛が林の影から飛び出し、木に素早くよじ登り、小刀を犬山の胸に当てる。ビシュナもすぐ助けようとするが。
猿飛一二三「動くとプスっと。この男死んじゃうよ? 動くな」
 どうする。ある程度なら抵抗できるが、男の目的がわからない。
犬山光輝「何者か知らないが、離してくれると助かるかな。頭に血が回って」
ビシュナ「光輝を離して。私たちは石板を探しに行かないといけないの」
 その気になれば吊るされている木ごと倒せるビシュナだが、そしたら僕が殺される。
猿飛一二三「そんな口車に乗せられる猿飛様じゃない。お前ら悪人だろう。ここで俺が終わらせれば、世界は救われる」
犬山光輝「ちょっと君、勘違いしている」
猿飛一二三「お前はしゃべんな。妙な魔法使ってみい。サクッと殺しちまうぞ。」
ビシュナ「君は誰に派遣されたの? 女の人? 答えて」
 猿飛の視線がビジュナの方へ向いた。小刀はこちらを向いているが構やしない。
猿飛一二三「女? 知らないなあ。不気味な男なもんで」
 その隙に脱出を試みようと、さっと右手を出して素早く念じてみた。
犬山光輝「不破の鎧は意志の表れ」
 猿飛が気づき僕を刺そうとするが、鎧が早く出来上がった。金属がぶつかり合い、耳障りなキーンとした音が響く。間一髪で間に合った。
猿飛一二三「くそ、魔法使いやがって」
 
 その時ビシュナが下から剣を投げた。さすがと言うべきか、ピアノ線を一撃で断ち切った。
 当然、この世界にも重力がある。僕はそのまま地面に落下。下が木の葉や柔らかい土だったのでまだいいが、それでも体が悲鳴をあげる。
犬山光輝「……痛ぁ、頭から落ちたー。首、背中、隅々打撲」
ビシュナ「ごめんなさい」
猿飛一二三「やられた、魔法使いめ」
 猿飛が木から降り、再度、犬山に襲い掛かろうとするも、ビシュナが止めに入った。猿飛がビシュナに気づき、胸のあたりから木の葉をばら撒き、呪文のようなものを唱える。
猿飛一二三「エイランタン、吽」
 謎の呪文を唱えると、木の葉が鎖に変わってビジュナに巻きついた。それだけじゃない。エネルギーのようなものが吸い取られているのか、地面から紫の無数の光が伸びてビシュナの足元に刺さっている。
ビシュナ「く、何これ。動けない」
猿飛一二三「よし、やっぱりハザン言った通りだ、この呪文は有効なんだ「。
犬山光輝「お前、剣を手に何がしたい?」
 僕は彼に切りかかった。僕が悪だと? とんでもない。こちとら被害者だ。なのに。
猿飛一二三「どうするインテリくん。俺が何かやればあの神様死ぬぜ」
 猿飛は右手の小刀で犬山の剣を防いでいるが、左手はまた何かをやろうとしている。油断はできない。けどこいつの目的は何?
犬山光輝「おい、お前の目的はなんだ?」
猿飛一二三「目的だぁ? 決まってるだろう。悪人のお前を倒して、よりいい世界を作るのさ。そこには不幸なんて存在しない」
愕然とした。僕は日常を取り戻すために戦っている。当たり前を戻すため、皆の日常を返すため。ところが、なのにそんな僕が悪人? 何を言ってるんだ。
犬山光輝「この石頭の、わからずや」
 僕は無我夢中になり頭突きをした。猿飛はその威力に驚いたか? いや、一発で倒れてしまった。
猿飛一二三「うーん」
 その場でうずくまる猿飛は意識がないようだ。この隙に手足を縛り、ビシュナを解放して、話を聞かねば。
猿飛一二三「ううん。俺は失敗をした。多分この二人に殺される。悪者の二人に。なんでだ。うまくいけば俺は世界を救った、救えたんだ、あの暗闇の世界を抜けて。なのに、なのに」
 
犬山光輝「目覚めたか? こら」
 猿飛は両手両足を縛られ、抵抗できなくはないが、2対1は分が悪い。猿飛はしばらく様子を窺うことにした。
猿飛一二三「殺すのか、俺を?」
ビシュナ「いいえ、私は殺しません。神なので。けれど光輝は別よ」
犬山光輝「なんで僕たちを殺そうとした?」
猿飛一二三「悪人だと言われた、あんたらのことを。世界を壊そうとしている奴らとも、忌むべき、恥ずかしい奴らとも。ハザンって名前だった。不気味な笑みを浮かべ、オーラが見えるくらいあって、髪は逆立ち、目が不気味だった」
ビシュナ「どこから来たか言っていた?」
猿飛一二三「ああ、別世界だとよ」
ビシュナ「え? それは、誰?」
 ビシュナの表情からすると、彼女も知らない人物で心当たりがないらしい。
犬山光輝「僕らは善人。皆で僕らの世界を救わないといけない。襲ってこないならば縛り解く。何者なんだ、お前」
 何者か? 何者か? 生きていても仕方ないからここにいる、現代にいても殺人を生業にしてきたんだ、それしかやってこなかったし、他のことに興味がないんだ、これだから甘ちゃんは、奴らに協力したふりをしてやるか? 寝ている隙に。
猿飛一二三「ああ、わかったよ。協力してやる。殺さないでおいてやる。嬉しいか。魔法使いに神のねーちゃん」
犬山光輝「犬山光輝とこっちはビシュナ。協力してくれてありがとう。鼻につくやろうだな。忍者くん」
猿飛一二三「猿飛一二三だ。特技は暗殺と軽業。さあ解いてくれ、光輝」
 猿飛の拘束を解いてやると、一応は協力してくれるようだが、安心も油断もできない。だが、決して悪いことばかりではなかった。道中で危険な住人たちに遭遇すると、
猿飛一二三「あいつは鼻が利く。そこの土と樹液を混ぜて魔法陣を書け。目眩し程度になる」
 と耳打ちした。猿飛の言われた通りにすると、ケンタウロスの一団は別の方向へと走って行った。ケンタウロスは下半身は馬、上半身は人間、足は馬らしく歩くとひづめの音が聞こえる。手に持っているものは、弓矢やロープなど。体格は2メートルはあり、まともには戦えない。ジャングルで牛の化け物であるミノタウロスに出くわすと、
猿飛一二三「あれは、目の前しか見てないよ。頭はよくない。石か何か投げれば音の鳴る方へ勝手に走ってゆくから面倒にならない」
 意外というか、博学? あるいは、生きる知恵と呼ぶべきか? 何か魔術に詳しい。
犬山光輝「いつからこの世界にいるんだ?」
猿飛一二三「三ヶ月前だ、バビロンの街にいた」
 初耳だった。僕の手元にはビジュナとコンパスだけ。周りはジャングルが続く。
犬山光輝「街があるのか?」
猿飛一二三「ああ。なんも知らないのか? あまちゃん」
あまりに自身を無力に感じた。どこまでできる? 自分一人で? 何をやってきた? 俺ってなんだった?
空を見ても答えなんか書いてないが、虚しさだけが僕の胸を、頭を支配していた。
犬山光輝「これから知っていく、大丈夫」
猿飛一二三「へえー頑張って」
 
 そうだよ、頑張るしかない。
 
第9章「精霊の地にて石板あらわる」
 
パタゴニアに着いた。
どこまでも広がる麦畑と太陽。そして道は舗装され、畑も麦だけかと思ったらブドウだったり、リンゴが生えていたり、奇天烈な光景が広がっている。
 
犬山光輝「ここがパタゴニア? なんか幻想的だ。ここの農作物は誰が手入れしているんだ?」
ビシュナ「ああ、妖精にドワーフにノーム。サラマンダーみたいな精霊もたまに。今は見えないけど」
猿飛一二三「これまで一度人間を見たことないから、臆病なんだよ。多分」
犬山光輝「それ、失礼」
麦畑は本当に綺麗で、風が吹くと麦は靡いて黄金色の弧を描く。風の方向が変わるたびに、畑も形を変える、何度も何度も。
少し先のリンゴの木は、何故か実が落ちず揺れている。リンゴは赤く、今が収穫の時に見える。甘い匂いが食欲をそそる。食べてみたいが、それより今は、石板を探さなければ。
 
ビシュナ「コンパスはこの道の先を示してるわ。あの大木あたりかしら」
その木はここからでもはっきり見えた。黄金の畑の端にあった。その木の周りだけ芝生のようになっていて、何か不思議な力を感じる。
歩くたび、近づくたびに手がビリビリして頭がぼーっとしてきた。考えさえもまとまらないような感覚に襲われた。周りの景色もまた素晴らしい。ある絵画のシーンに自分がいるような。
ここには当たり前だが、自動車も標識も人もない。もちろん、スマホやネットも。あるのは麦の穂と風だけ。もう少しであの大木にたどりつける。けれどもう一つ、足を誰かに引っ張られているような奇妙な感覚があった。気のせいならいいのだが。
 
ビシュナ「ああ、ここね。大きな木だこと。あれ? 誰かいる? 二人?」
大木のそばには、タル型の置物があった。のちに、それは金属生命体だと気づくが、白い布地を肩から着ている。肩口は大きなボタンがしてあり、それで布地を止めているのだろうか? あまり特徴がなさそうなタルだ。
何かの神だろうか? 目は横に伸びていて、どこを見てるかわからない。口は小さくおちょぼ口。手足は銀色に輝いていて、ブリキなのか肘や足あたりが錆びている。体は太く、タルが2個乗っている。髪はカツラだろう。一丁前にある。その男は本を読んでいた。木の木陰に座って静かに。そして、その横には女性がいるようだ。人間だろうか? 男の前でジェスチャーを交えて話したり、怒ったりしていた。赤髪で目はくるりとしている。髪を団子にしているあたりに、愛らしさが感じられる。
タチアナ「だから、どこにあるの。石板は。早く出して。ナブーさん、私は帰りたいの。自由な都市のあのベガスに。ベガスよ、ベガス。だからジャストナウ」
 女性は困ったようにオーバーリアクションで男性に詰め寄っているが、男性は驚く様子もなく淡々と答えていた。
ナブー「説明過多、要約要点、石板はある、いのり伝心呪文あり、神の子二人必要、呪文我に神託を授けよ、だ」
 タチアナが後に続いて必死に呪文を唱えている。ここら辺で割って入りたいのだがしばらく様子を見ることにする
タチアナ「ええと。我に神託? を授けよ? え? 神託ってなに?」
 あたりには何も起きる気配がない。
タチアナ「あれれ、おかしいなあ」
ナブー「我要支援、茶屋にて一服候、タチアナ会話不能世界、救難信号発信メイデー、メイデー酩酊」
 
 遠慮気味にビジュナが入ろうとするが、彼女もここに入るのは悪いと思ったのか、顔色を窺っている。
ビシュナ「あのーすいません」
 ビシュナに驚く二人だったが、しかしブリキの方は知っていたらしく、首を回しながら両手を上げて喜んでいた。
ナブー「おお、分類神、階級5、国インド、ヒンドゥー神、ビシュナ、確認、天命の石板捜索部隊。問い、クロノスは何処へ? 我ナブーなり、神の子はそちらか?」
ビシュナ「ああ、あなたがナブーさん。これはどうも」
ビシュナはブリキに対して腰を低くした。かなりえらい人、ブリキなのだろうか?
ナブー「神の子二人。結構結構。早速呪文を唱えて石板を手に入れよう」
 タチアナがこちらに気づき、手を振る。
タチアナ「君たち人間? よかった。力を貸してよ」
犬山光輝「うん、何をやればいい?」
ナブー「我に神託を授けよ、感謝を両の手にと言い、二人手をつなぐことだ、最後に礼、心で感じれば答えてくれる」
 僕らは言われた通りにやってみた。互いに手をつなぎ、感謝を、そして、今までのことやこの世界全てのことを、心に念じた。
猿飛一二三「俺は? やらなくていいのか?」
ナブー「君は大丈夫。他にやることがある」
 
僕らが呪文を言い終えると、あたりの風が大木に集まり、突然実を落とし始めた。どんぐり、パパイヤ、栗、リンゴに、ブドウ、バナナ。あたりはフルーツでいっぱいになった。
虹色の光が大木を目指して降り注ぎ、空から茶色の板が降りてきた。
風の石板だ、緑色の石に文字がびっしりと書かれており、風の作り方、終わらせ方が記されている、大きさは縦10センチ弱、横7センチほど、読むだけで新たな大陸ができるものだ。
犬山光輝「あれが石板」
ビシュナ「へえー」
 光で守られているかのように、それはゆっくりとタチアナと犬山の手に降りてきた。
 そしてふっと消えた。
犬山光輝「わかる、ここにある」
タチアナ「ええ。私たちの胸の中に確かにある」
 
その一連のことが終わると、あたりはまた風景が変わっていった。
麦畑には妖精、ドワーフがせっせと働いている。
妖精は空を飛び、収穫をしたり草木に栄養を送ったりしている。鱗粉を振りかけると種が一気に成長して木になり、実へと姿を変える。ドワーフはせっせとそれらを運んでいる。
数人の可愛らしい三角帽子を被った無骨な小人は、小さな木の台車を押したり、収穫したり、忙しなく働いている。それだけじゃない。麦には小さな小さな人形
ひとがた
まで見える。精霊だろうか?
ほかにも地面をトカゲが闊歩している。小さな人が荒地に連れて行き、合図をすると、トカゲは口から火を吹いた。そして、その火を畑に放っている。焼畑だろうか? 見えなかったものが見える。
犬山光輝「こんな風景だったのかよ」
猿飛一二三「これは、これは」
ナブー「石板は力のみにあらず、その本質はことわりを理解し、変える力、しかし5つ揃わなければ、いけない。正しく、愛と太陽が鍵」
タチアナ「あれ、気づかなかった、びっくり」
 
 そうして周りの風景に圧倒されていると、黒い羽音を響かせて何かがこちらに向かってきた。周りの妖精たちはそれを見ると、羽を出して、地下のトンネルへと逃げて行った。
ナブー「ここで、さよなら。我は石板を作ったが、常に争いのタネとなった。今もこれからも悩む。どうか正しい方向へ」
 ナブーはその場でそっと姿を消した。黒い羽音はこちらを囲むようにして回っている。
ビシュナ「これはパンシー。悪戯好きの妖精、敵よ」
 羽虫の一匹がこちらに向かってきた。体長は40センチほどだが細かい牙を鳴らし、手にはお決まりの槍や弓、銃を携えている。小さなおもちゃにしか見えないがどれも本物だ。虫の顔のような、人のような顔だ。
パンシー「石板ちょうだい。じゃなきゃ悪戯しちゃうよ、皆で」
犬山光輝「タチアナさん。戦いは大丈夫?」
タチアナ「ええ、魅惑のダンスで皆に眠ってもらいます」
黒い羽虫は大きな音と体で壁を作り、逃げ道を塞いだ。恐怖が支配している。この風景とは似つかない恐怖だ。
 
犬山光輝「ビシュナ。僕、やっぱり世界救いたい。だってこんなことおかしいから」
 戦うのが当たり前じゃない。話し合いだって手を取り合うことも可能、血を流さなきゃ解決しないなんて、間違ってる。誰だって殺し合いが好きなわけない。
ビシュナ「え? うん」
 羽虫が襲ってきた。そして仲間が大半やられたあたりから、逃げて行った。僕の決意はここで決まった。
 
第10章「アンカラ、ハンムラビ王の御前にて」
 
都市のアンカラにやってきた。アンカラに住む人々は、人間や、神の使者の星雲人。そこに黒人、ヒスパニック、アジア人などだ。早い話、外の脅威があるため、人だけを集めた都市だ。
高さ12メートルの高い障壁、その内側には家や市場、酒場にサーカス。文明が確かにそこにはあった。しかしお金は金貨で、まだ物と金貨で取引されている。
仕事も一定数あるらしく、都市の外の世界を案内するガイドもいる。着ている服は、中東で見られるような大きな布を仕立てて、染めたもの。既製品はなく、どれも体型に合わせて作られている。
 
王に会う機会が巡ってきた。これまで僕たちが巡った旅の噂を聞き及んだらしい。
ハンムラビ王「ご苦労であった。確かに土の石板はある。あの契約の箱の中に」
 ハンムラビ王は厳格な存在感を放ち、言葉一つひとつが重く、誰しも納得させてしまうものがあった。
ビシュナ「では、すぐにでもこちらに。神の使命です。お願いします、私に使命を全うさせてください」
 ハンムラビ王は少し困った様子を見せたが、断る理由がなかった。
ハンムラビ王「神か。あまり信用できぬ。我らを下に見るあやつは、憎い。ビシュナよ。その気持ちはわかる。しかしだ。石板を手に入れてどうする? 犬山よ。タチアナもどうする? 石板が揃えば、世界どころか死者の世界へも行ける。それ以外にも何もする? その方たちも人ならば、個人の欲望や夢はあるだろう?」
 王は常に本質を突いた質問をしてきた。ここですかさず、タチアナが答えた。
タチアナ「太陽のような世界を作ります」
 僕も答えないといけない。
犬山光輝「笑って楽しい世界に。でも、石板は神と人で管理します。敵には渡しません」
 ハンムラビ王は笑った、豪快に。広間の部屋が割れるほどの大きな声で。
ハンムラビ王「はっはっはっ。愉快、愉快。若者はいい。言葉に嘘も淀みもない。これが未来の子か。敵の名前はハザン、ホフルハザン。ここではない宇宙から来たものだ。迷惑な珍客よ」
ビシュナ「王、我らの敵です」
ハンムラビ王「いや、これは失礼。あまりにアンカラ界隈できな臭いことが多くて、つい口がな。許せ、ビシュナ。今夜は宴を用意してやる」
ビシュナは慌てた様子だったが、悪い顔ではなかった、最近は張り詰めていて心配だったが。
ハンムラビ王「今夜一度だけ客人に契約の箱を見せる。その中に石板がある。それ以外のものもあるが、渡そう。正しく使え、神に判断されるのは好かないが正しく導いてくれ」
タチアナ「ありがとうございます」
 
 ここまで沈黙を貫いていた猿飛が口を開いた。思うことがあったのだろう。
猿飛一二三「おい、俺は何をすればいい? 元の世界に帰れないのか? 何をして欲しい?殺しならできる。ずーっとこの世界にいるんだ。世界を俺にも救わせて。なあ」
 ハンムラビ王は猿飛を見るなり、一言だけ言った。
ハンムラビ王「見て、学べ。迷い人。ハザンも迷っている。お主の仕事は学び、止めること」
いつもの猿飛なら飛びつき、食ってかかっていただろうが、それすらやめていた、猿飛も何かを感じているのだろう。
 
 その夜、僕らは宴会を開く予定だった。国や時代が違っても、話すことはお互いを確認できる数少ない手段だ。けれどもそれは叶わなかった。街は火が支配した。
 
 第11章「アンカラ、火に包まれる。」
 
バビロンの都市、アンカラが火に包まれた。立派な都市が城壁の内側から燃えている。市場も家も木造だ。火が出ればあとは早い。なぜこんなことに。なぜか腕が痛み出した。
犬山光輝「痛い、く」
 腕にあるおしゃれなタトゥーが騒ぎ始めた。意識を失ってしまう、街が火に包まれているのに……。そしてまた夢を見る。
 
 アンカラの街から今度はライブハウスになった。馴染みの場所だと言ってもいい。100人入れるかどうかわからないキャパシティ。照明は小型のスポットが4つ。入り口は狭く、音の広がりはいいが、小屋が汚い。
犬山光輝「あんたか?」
 相変わらず人を舐めた態度を取る、あの男だ。
江崎「ドラムは難しいな。何度も練習するが、なかなか楽器の才能がないのかな?」
 そう言うと江崎は軽く叩いてみた。ドン、パン、ドン、ドン、パンパン。
犬山光輝「悪いけど、今日のライブは中止だ。すまないが、今は忙しい。街が火に包まれて王様と石板を見つけなきゃならない」
 ここがどこかはどうでもいい。あいつに一言言ってやらないと気がすまない。ムカついていた。人を突然呼び出して偉そうに。
江崎「怒るなよ。ふふ、勇者くん。俺が人間に言葉をかけるなんて、2、3百年、いやもっと貴重なことだ。いつもならザカリアやミカエル、そのほか大勢の配下を使うが。なに簡単だ、石板を探せ。もう少し走ったら、王とラクシュミーが言い争っている。止めろ、そして街を出ろ。他の奴らは気にするな。死んでもいいから」
 ドラムを叩きながら淡々と軽く言葉を発する。なんでだ。なぜそんな言葉を軽くはける。理屈はわかる。けれど、この人は命令するだけで、言われた側の気持ちをわかっていない。今まで何も感じず生きてきたのだろう。
犬山光輝「それがあんたの望むことならやってやる。けど、僕は機械じゃない、人間だ。誇りも優しさも怒りも全部、全部ここにある。今日のライブはブルース。覚えとけよ、言いなりにならない」
江崎「怖いなー。おーおー」
 
意識を取り戻し夢から冷めるとアンカラにいた。
 燃える家屋、逃げる人、戦う人、悲鳴に叫び声。何かが割れる音。襲っているのはあの首のない怪物。
ブラム「俺の愛を受け取ってくれ。俺たちは首がない、首がないんだお前たちの首を俺たちは欲しい。ハザンは言った、未来は今日来ると。見てみろー。タイタンも暴れたがっている」
街では2メートルはあるだろう大男が、家屋を兵士をエルフを襲っている。逃げても逃げても追ってくるタイタンどもは、見かけただけで200人はいるだろう。それに加えて、ブラムと呼ばれる頭がない怪物は、怪我人を理由なく殺す。老人子供も街を捨てるしかなかった。街の外へ外へ、北の門から街に。
指揮系統はなく、混乱が支配した。煙と火が視界を奪う。怪物どもが未来を奪う。命がなくなってゆく。
 
犬山光輝「こんな世界、嫌だ。歌を歌ってやるよ。ギターひとつで。この世界のために。どこまでできるかわからないけど、誰かのために、何かになるなら」
 犬山が右手をかざすと、ギターが手元に届く。
「愛でいっぱいにしてやろう、心を満たす雨をくれてやろう、太古から流れる魂でお前たちを抱きしめてやろう、俺はミュージック、心を上げるもの、不出来な生き物の彼氏になってやろう、希望をくれてやる、腹を満たしてやる、両手で強く強く抱きしめる、道にはずれたら寄り添い、叱りつけよう、イライラするなよ、優しくしてやろう、雨を呼んでやる、お前たちのために歌ってやろう、力の限り」
犬山が歌うと、空に雨雲が集まり、街全体に雨が降った。
雨は、家屋に人に化け物に亡骸に大地に、降り注いだ。街の火は消えたかのように見えたが、完全には消火されない。しかし、これはただの雨じゃない。触れたものはその場で泣き崩れ、武器を手に取らなくなっていった。敵も味方もいなくなっていく。
タイタンは先ほどまで暴れていたが、泣き崩れ、罪の重さに自壊  、逃亡していった。
これで一件落着と思いきや、そうはならなかった。
 
 バビロン王は妻のラクシュミーと口論していた。
ハンムラビ王「ありえぬ、妻のお前がこのようなことを。理解できぬ」
 二人は部屋で言い争いをしている。それどころではないのに。
ラクシュミー「知らないわよ、街なんて全部燃えたらいい、何もかも。私が欲しいのは契約の箱と石板。それ以外いらない」
ハンムラビ王「この街をよくしていこうと誓ったではないか? 何が気に入らない? 何が欲しかった、幸運の女神よ」
ラクシュミー「欲しいものは愛よ。あなたからのそれだけでよかった。人が笑う時の顔が好きだった。あなたと一緒になれば私も笑顔になれると思った。でも、でもあなたは冷たい」
ハンムラビ王「そんな、やめてくれ。二人は一緒と生涯を誓ったはず。どうかもう一度でいい。愛を受け取ってくれ、頼む、もう一度プロポーズさせてくれ」
ラクシュミー「幸運を。さようなら」
王の必死の懇願にも表情を変えず、一言だけ告げて姿を消してしまった。
 
ハンムラビ王が失意に打ちひしがれていると、ブラムが二人のいた部屋にゆっくりと近づいてきた。
ブラム1「どこかな、契約の箱と間抜けな王様。どこかな?」
ブラム2「二階かな? 匂う、匂う。無力な男の泣き姿、見てやろうよ。ゆっくり近づいてブスッとさ」
 部屋のドアが開く。王は膝を曲げてうずくまっている。立ち上がりたいが失ったものが多すぎて足に力が入らない。
ハンムラビ王「お前らか? 消えてくれ。頼む、これ以上私に絶望をさせないでくれ。命を守りたい、頼む」
ブラム1「ダメだね、お前の恋人を恨むんだな。門を開けて、俺らは何もせず入れたぜ。楽だ。楽に人間になれた。楽に殺せる、さようなら」
 ブラムが王に近づこうとすると、足元から体が固まっていく。地の石板の力なのだろう。
ブラムたちはみるみる彫刻になってゆく。
ブラム2「あ、あああ。動けない」
ハンムラビ王「やめるのだ。私の領域に踏み込むな。命を取らせるな。今後こんなことをしてみろ。こちらが滅ぼされようが、お前らを根絶やしにしてくれる」
ブラムたちは口も利けなくなり、その場で石像になってしまった。
 
その頃、猿飛一二三は街の広場にいた。そこだけ被害がない。広場の中央にあるハンムラビ王の銅像の影で、猿飛は誰かと話をしている。
猿飛一二三「それじゃダメなのか? 上手くやる、だから」
 話し合いは難航しているらしく、話していると思われる人物に提案を受け入れてもらえないようだった。
猿飛一二三「だから、意味のない戦いは嫌なんだ。俺は馬鹿だけど、あんたがやっていることはわかる。だからこそ、話し合いたい。頼むよ」
この様子をタチアナは見ていた。街は燃え続けていたが、同じ部屋にいたはずの猿飛が心配になり探しに来たのだ。広場に出ると偶然猿飛を見かけた。タチアナが感じたことはそれまで見たことなかった、猿飛の誠実さ。その態度を見れば相手が誰かは想像つく。だからこそ声をかけてしまった。
タチアナ「一二三君、大丈夫?」
 石像の前の影が消え、淀みのようなものが引いていった。
猿飛一二三「ああ、タチアナか? あいつはいない?」
 猿飛は浮かない顔をしていた。何があったのか?
タチアナ「大丈夫? 力になれることある? 大変なことになってない?」
猿飛一二三「大変だよ、あんたらと一緒にいるのは。でも大丈夫、なんとかなる」
言葉は強気に聞こえたが、猿飛の目や体からは、自信というものが感じられなかった。
 
その後、猿飛とタチアナは合流しながら化け物たちと戦った。
犬山の歌による雨が続いているとはいえ、まだまだ街には化け物がはびこっていた。長い長い夜が終わりを迎えたのは、朝方だった。
犬山光輝「手を繋いでくれ。諦めちゃいけない。最後まで信じることで世界は変わるのだから」
犬山は歌を続けた。信じることで戦いを終わらせたい。雨は降り続け、朝には死体の多さに言葉が出なかった。石板と契約の箱は守られたが、代償として街を失った。
三日後、犬山たちは街をあとにするが、鼻の奥には生臭い匂いが、耳には悲鳴が残っている。旅の最後は悪魔の地へ行き、3つの石板と対峙する。そして神とハザンとも。
 
第12章「悪魔の地オシマ、新しい世界へ」
 
街を攻めた敵は、家や人々を燃やし、城壁を破壊させた。
アンカラ軍は1万人いるものの、すぐには機能せず、人々の誘導と避難に時間を費やした。生活こそ守られたものの、再建の道を余儀なくされた。そして、ハンムラビ王は一日空を見る日が続いた。
眺めては物思いにふけり、街の再建を手伝うが、心ここにあらず。恋にやぶれた男の顔は今やあまりにも覇気がなく、時折お酒を交えて話すネタは、過去の思い出話と好きだった人の面影。
 
そして僕たちは旅の最後の地、オシマへ行くことになった。なぜ行くのか?最後の石板を探しにハザンに会うため、ビシュナと猿飛によれば、ここは今までの怪物たちが住んでいる場所で、生きては帰れない、戦争の地。気を抜けば神さえも死んでしまうらしい。
僕たちは行く前にある程度の作戦を立てた。そして心の内を話し合った。主に猿飛についてだ。猿飛はハザンに呼ばれてきたが、悲しいかな、僕やタチアナのような力は与えられてなかった。初めて人を殺したその日にハザンに会い、この世界のことを教えられた。猿飛は甘い言葉に騙され見たことのない世界があると、半年間この世界にいたらしい。
猿飛一二三「辛かったさ。けど、俺に光が当たる。やっとまともな人生が来たと思ったさ」
家族は代々殺しを生業にしてきたらしく、それしか知らない。人を殺せばお金が手に入る。仕事先は世界各国。殺した相手が善人でも悪人でもどちらでもいい。他に生きる術を教わってないのだ、その日を生きてくための術を。そんな折に、僕たちを見つけた。
猿飛一二三「え? なんでか? 世界がどうとか、ようわからん。でも、変わらなきゃいけないと思ったさ。変わる方法はまだわからない。ひょっとしたら、どこまで行ってもこのままかもしれん」
猿飛の語りや心は正直で嘘がなかった。素直で幼い、無垢な性格。だからこそ騙されてしまったのだろう。
タチアナをこの世界に連れてきたのはクロノスで、同行した神ヘラはしばらくは共に行動していたが、殺されてしまった。
タチアナ「その時はショックだったよ。私は戦争も殺しも知らなかったから。立ち直るのに時間がかかった。精霊の地でナブーさんに会って瞑想をしろって言われてやってみたの。逃げたかったし、私は踊りでしか物事とか世の中を見なかったからね。でもおかげで生き残ってきた。それから瞑想してみたら、宇宙とか銀河が映像で入ってきて、自分が空を飛んだり、人の心に入ったり。そうするうちに、単純に楽しまなきゃ損って思って。踊ってない自分も初めてだし、覚醒した自分も知らなかったから、嬉しくって。あとは踊っていると周りの聖霊や、ノームや妖精たちが協力してくれるようになったの。生きる力をあの場所で培ったかな。ああ、神様とはコンタクト取れていたけど、好きじゃなかったわ。だからナブーさんに特別に頼み込んだり、色々ね。ああこの後の作戦ね? どうするの?」
 
 作戦は単純。ハザンを説得、火と水の石板を手に入れる、集めた石板をここの住人にくれてやる、以上だ。もちろんこんなの上手く行くわけない。だからビジュナとも話し合った。
ビジュナ「戦うの?」
犬山光輝「ああ、ダメもとでやらなきゃいけない」
 その時相手が誰になるかわからない。けれどけれど、なんとかしないと。手をこまねいているだけでは何も変わらない。誰の心にも太陽があることを信じたい。
悪魔の地オシマ。昔は太陽がすみし地。千の輝きに山々の恵。川には生まれた命の名前が刻まれ、住む者たちは祝福を口々に両の手を合わせ、後の世の幸せを伝える。
永遠に繁栄は続くと思われたが、大地震が起きた。予期せぬことだ。地面が割れ、地底からは、地獄の怨念、悪魔、欲望が飛び出した。そして、オシマに住む人々はゴブリンに、タイタンに、ブラムに変えられてしまった。この地の住人は見て見ぬふりをしてしまった。
犬山光輝「さあ行こうか? 用意はいい?」
僕らは進んだ。恐怖を隠しながら、心を隠しながら。
砂漠を抜けてオシマに入ると焼け野原が広がっていた。腐卵死体がそのまま並べられていて、空は赤く、爆撃機の飛ぶ音が響く。木々が燃え続け、火の粉が飛び、それが僕らを焼こうとする。山々には、歪な目を持つ何匹もの丸裸になった強大な蜘蛛がいる。
コンパスの通りに進むが、異様な気配が僕らを支配している。
タチアナ「怖い」
犬山光輝「大丈夫」
あたりは暗くなり雲が陰った、雷鳴が轟き空気がしんなり湿りを帯びた、気圧が変化して重い気配、何かが来る。
 
対決は突然やってきた。
ハザン「ようこそ、猿飛に人の子」
 小高い丘では50手前の男が声をかけてきた。赤黒い肌に髪は白髪、体型痩せ型で、服はスーツを着ている、人間に寄せているが影が禍々しい。
猿飛一二三「久しぶり」
ハザン「ああ、持ってきたか? よこせ、神の子はいらないから、死んでいい」
 ハザンが指を鳴らすとタチアナと犬山は火に焼かれそうになるが、
犬山光輝「く、やめろ、火は勢いをなくし持ち主の元へ」
 火は消えかかり、ハザンに向かっていった。
ハザン「驚いた、力が使えるとは思ったが、やるな」
 指を鳴らすと火は消えてしまった。
江崎「やめろ、ハザン」
 犬山の腕が疼き始めた、赤く光るたびに腕が重たくなる、一瞬あたりは白い光が支配すると、江崎が出てきた。
江崎「ハザンやめろよ、この世界のことなんか忘れて」
 ハザンの顔が険しくなった、空が暗くなり雷鳴が響いた。
ハザン「許せぬ、江崎。我らから石板を奪っておいて。この恨みお前の死でしか晴らせぬ。お前がいなくなってから、私の宇宙は暗くなった。バランスをなくしたのだ」
江崎「あんたの世界はつまらないのさ。だから、奪ったもっと他の世界で適当な不完全なバランスが欲しかったからね。恨むなんて。なんならここでどっちが正しいかやるか?」
 
 このままでは、まずい、僕は祈った両手を合わせて礼をした、気がつけばその様子をゴブリンやブラム、ケンタウロス、タイタン、キュクロスまでも見守っている。
犬山光輝「石板よ、この地を元に戻せ、全ての石板よ、使命を我に与えよ、お願い」
タチアナも同じように祈った。すると、赤黒い空が山々が、川が、応えた。
火の石板、水の石板も吸い寄せられるように集まってきた。火は生命を作り水が命を育て、風は四方に作られたものを飛ばしてゆく。そして、汚れた大地を地の石板が新たな土壌として作ってゆく。
光が空を支配した。川も空気も木々も山々も、元の姿に戻っていった。それまで怪物として生きていた、ゴブリンやブラムさえも人間に戻っていった。
ハザン「何を。やめろ。私の世界を壊すな」
 猿飛がハザンの前に立ち、説き伏せた。
猿飛一二三「お願いだ、ハザン。あんたは素晴らしい人だ。あんたのいた世界にも行ってみたい。だから憎しみを捨てて。もう一度世界を見せてくれ」
 猿飛だけがハザンのいた世界を見た。それは笑顔こそないが争いや不寛容がないこことも現代とも違う世界。そこに石板もあったらしい。
ハザン「見せてくれ。偉そうに言って。お前は今まで何をしてきた。我のような力もない。自分一人しか扱うことができない者であるのに」
猿飛一二三「俺は、あんたが言った、争いのない世界を見てみたい。俺はハザンの宇宙を知りたい」
ハザンは戸惑い、襲いかかろうとするが、猿飛の姿に心打たれたのか踏みとどまった。
 
その瞬間、背後に無視できない存在が現れた。足音で大地を揺るがし、体は山のように大きい。尻尾は大蛇、頭は豚、体は鉱石でできている。
ビシュナ「ベベモットだ」
ドスン、ドスンという地震にも似た足音に、誰しもが恐怖におののき言葉を無くした。その巨大な生物は、着々と近づいてくると犬山たちを見つめた。
江崎「なんの用だ、ヨブの怪物。不良債権は困る」
 江崎は何かしらやろうとしたが、何も起きず、ベベモットは神やハザンなどには目を向けず、犬山の意識に働きかけるように、声をあげた。
ベベモット「グラララ」
 空気が揺れるほどの唸り声に包まれると、犬山の意識がまた遠くなり、暗い空間に放られた。足場はなく、宇宙のような無重力。光もなく、あるのは目の前にある豚の顔。
ベベモット「こんにちは、人間。私はベベモット。石板を集めてくれて、ありがとう。ようやく長い争いが終わりを告げる」
犬山光輝「いいえ。ここは、異空間か何か?」
ベベモット「ここは私の宇宙、腹。大丈夫。邪魔は入らないよ」
犬山光輝「そうか。なら最後の石板も」
ベベモット「ああ、あるとも。ただね、一つ答えて欲しい。石板を手に入れてどうしたい、人間? 何をやる? この石板はことわりを曲げる力、太陽だって作れる。さて。手に入れて、何をしたい?」
 犬山は考えに考えた。答えは一つしかないが。
犬山光輝「石板を使ってバビロンと僕の世界を繋げます。世界は広い。小さな世界しかないなら広げたい。皆生きていて、理不尽に苦しみ、苦悩を持っている、二つの世界の交流が進めば力に頼ることなく、協調の道が待っているはず」
 
ベベモット「ふふ、面白い人間だね。じゃあ、もし争いが起こりそうになったら? どう解決する?」
犬山光輝「その時は、神様や天使たちを地上に、見えない存在から見える存在となってもらたい。」
ベベモット「やってみるといい。痛みを受けて」
 そう言うと、皆がいる場所へと戻された。ベベモットは石像のようになり体の中から太陽の石板が見え、そして、太陽の歌が聞こえた。
 
太陽が昇る、世界に火が灯る、慈しみ、音が聞こえる、優しさのさえずり、二つの世界が ある、壁を取ろう、闇を知ろう、今日泣いている人たちに、愛を送ろう、心を知ってみよう、怖くはない、勇気を手に入れよう、空から友人から、きっと今日はいい日になる、僕らは大きな愛を持っている。
 
 それから、ハザンと江崎はこの二つの世界から消えてしまった。馬鹿らしくなったのか理由はわからない、僕らの世界からハザンの軍隊もいなくなった、憎む理由を失ったからだ。
そして石板は、太陽は僕が、地の石板はハンムラビ王が、残りの石板は他の種族に行き渡るはずだった。
ビジュナ「これ、もらっておくわ、私はやりたいことがあるから」
 ビジュナはどさくさに紛れて火の石板を持っていってしまった。突然のことで防げなかった、それから世界は変わった。僕たちの日常が大きく、神社や教会、神聖な場所で両の手を合わせればバビロンへワープできるようになった。条件はある、真心を持っていること。
それだけだ、この物語に出てきた人たちと何度でも、いつでも、誰でも会える、そんな世界。
さてと、これからライブがある、派手に楽しまないと、人生は短いから。
 
終了
                                                                                                                                                                                        
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