ある日の電話(1)
だいぶ昔の話。どのくらい昔かと言うと、固定電話をが一家に一台あったくらい昔。その時わたしは短大生だった。
住んでいたアパートにはなんと各部屋に固定電話が備え付けになっていて、入居者はその回線を借りる形で、電話加入権(わからない人はまわりの大人に聞いてね!)を買わなくても毎月いくらで使うことができた。
ただ、その電話、留守録はできないし、ベルの音量を小さくできない。
その日、電話のベルに起こされて、時計を見ると早朝5時だった。何だよこんな時間に。非常識な。
「はい、○○です」と電話に出る。すると相手がこう言った。
「もしもし?佐藤さん?」年配の女性の声だ。
わたしは佐藤ではないので「違いますよ」と答える。イライラは声にのせない。誰だって間違いはあるのだ。「ごめんなさい。間違えました」という言葉を待つ。ところが。
「あら、違うの?じゃあ娘さんかしら?」
わたしは佐藤さんの娘ということにされてしまった。なんと言うことだ。これは「間違いを間違いと認めない新手の間違い電話」だ。
「いやいや、違いますよ。わたしは…」ともう一度念を押そうとするも、女性は矢継ぎ早に喋ってくるのでこちらの言葉は聞いてもらえない。
女性「あのね、お母さんに伝えて下さる?」
わたし「いや違います」
女性「今日ね、8時に迎えに行くって言ったんだけとね、ちょっと行けなくなっちゃって…」
わたし「違いますって」
女性「申し訳ないんだけど、ひとりで××まで行ってくれるように伝えて欲しいのね」
わたし「違います。ウチは佐藤じゃありませんってば」
女性「ああ、そうなの」ガチャッ
詫びもなしに電話切られたーッ!
これはひどい。ひどすぎる。あのね、5時に起こされて、こんなにイライラさせられて、おかげで二度寝ができる状態じゃない。
ナンバーディスプレイも着信拒否もない時代だ。間違いはどうしようもないとして、あの「自分が絶対正しい」態度はどうにかならないのか。子供じゃないんだから。
わたしは受話器を握りしめたまま、呆然としながら朝を過ごした。もらい事故で死んだ。そんなような心境だった。