今日のYOUTUBEコメント2
外国人から見た日本人は精神異常者ばかりですよ【ひろゆき/西村博之/切り抜き/西村ひろゆき】#shorts - YouTube
この動画、確か前に観たな。ショートじゃない方。でもその神風特攻隊っていうの、または第二次世界大戦に臨んだ日本人の性格?それ当時だけっしょ。今そしてこれからは微塵も関係しないし教訓になることはない。所詮は過ぎ去った過去、昔話だ。反面教師とするような所もそんなにはないかなって。
>@星屑パーリナイ
6 か月前
死にたくはないけど負けたら死ぬより恐ろしい世界が待ってるのが戦争ってものだったんだって曾祖父さんが言ってたなぁ
↑貴重な戦争経験者の言葉か。「死ぬの嫌」→「もし仮に、負けたら、恐ろしい世界(=戦争)」ここ。この感覚が偏狭性の極みだなって。自分には全く肯定・理解できない思考だ。ある意味日本人らしいとも言えるのか。これって「死ぬの嫌」→「もし今の生活が」って感じで思考停止状態を容認しつつ、尖った現代の資本主義や社会主義、偏った民主主義の肯定に結び付けることも出来ないか?
これ今でもわかる部分あるわ こんなに治安安定してて差別もない環境なのに、欧米の国の属国になるって考えたら人間的な生活2度とできないんだろうなって思うもん
↑うーん。解らないなー。人間的な生活を出来るか出来ないか、それを決めるのは個人個人、または地域の皆さんでしょう。日本においては、民主主義や国民性以前に、生活に関わる盤石なシステムこそが人の生き死にを最終的に決定し得る危険性を孕んでいるといったところか。それが欧米の国の属国、の意味に繋がるのかな。
集団催眠みたいな感じだったんだろうね 上の言うことは正しくて絶対 みたいな ばあちゃんはそれで弱った幼子二人捨てさせられた 死んでたか生きてたかもわからんかった てさ
↑全く意味が解らないwその当時、幼子二人を捨てさせた側、或いは仕向けた側は左翼・右翼だったのか。多分、リベラルだったんじゃないかな。落ち着きのないしかし仕事はしっかりやる、効率主義の極みだったんじゃない。
その死ぬより恐ろしい国に残念ながらなってしまってるんだよ戦後からずっと。
↑深い・・・のかな?w
行きたくないさ!でも行かないと家族や親族が迫害受けるから、それから守るために行くんだよ!!! しかも神風して生き残ったら、弱虫のクズだって言われ続けるんだよ
↑明らかに日本人同士の連携失敗してるでしょwもう実力、成果、生産、仕事、戦争が優先され過ぎていて個々人の精神・肉体の健康が蔑ろにされてしまっているような時代か。弱虫のクズってwそれ後進国の人の台詞でしょう。迫害?右翼でも左翼でもない、健全リベラルの、愛国者である周囲の市民から?wまあ今現在、日本は立派な先進国だから過去の日本人とは性格が全く異なっている。故に良し。
@kaoru3333 あの時代はそうでもなかったみたいやで? 生き残れば地獄、色んな意味で。 死ねば英雄と言われた。。。 これは現代でも起こりうるから、ただの同調圧力で済ますには余りにも安直と言わざるを得ない。
↑生き残れば地獄、その内容を具体的に聞きたいな。民度が落ちまくっていて皆性格が悪くなっていた、不健康であったか。或いはその背景にある労働が原因か。同調圧力以前にもっとよくわからないノリの肯定、社会システムというものが存在していた??ホントに全日本人の右傾化に成功していたのだろうか。右傾化に成功していたのであれば、戦争参加者の一人一人を裁くというような、後進国の方々のような単純な感情やマナーの悪さを肯定するような結果にはなっていないと思うが。やはり当時尖っていたのは資本主義、リベラルなのでは。そこに愛国心というものが利用されただけ。つまりヒトラーと同じだな。
神風で散って行った方々は賞賛すべきだけど、そんな命令を若者に課した当時の日本の政府や日本軍は恥ずべきだよ
↑ここも気になるよな。政治が国民の行動、生き方、生活をすべて管理出来た。その時点で大正・昭和初期に生まれた大多数の日本人の不幸は決定づけられていたんだ。しかも当時は地域の家族・友人・役人も皆政治家寄りだったんだ。おかしい時代よな
当時の日本政府もだけど今の日本政府もかなりやべぇけどね(笑)
↑今の自民党と当時の政治・・・確かにw自民党議員のあの、決められたチュートリアルを勝手に説明しだすスタイルってアレ何なんです?外国では一部の国しかやっていないんですがね。
>@hiitanhiitan
5 か月前
親も親だよ。結局自分の命がみんな大事で、親を死なせたくない、親の役に立ちたい、って思いが強い人達が死んでいった。 そもそも親が親じゃなかったんだよ。後世や子供が大事だって言うなら自分が死ねばよかったのに。その時から身を切れない老いぼれがわんさかいたんだよ。 その血が残ってるから今だってそのまま。 その老いぼれどもが死んで、特攻に行った若者が生き残ってたら本当の美談になった。 若者が死んでお国のために死んでいったって、いつまで偽の美談にするのか、何も美談なんかじゃない、大量の若者虐殺でしかないのに。男は命を削られて女は心を削られて、それをもって何を美談と言うのか、ほんとに分からない。
↑お、言うじゃん。「親が親じゃなかった」ですって。でも親が極右化、極左化してたという可能性はゼロ。何故なら証言にそういうものほぼ無いからね。戦争に参加されてたい高齢日本人の皆さんは「辛かった」とかごく普通の事を言ってる。
ええとつまり、親子とか、横との連携を先ず、生活レベルで規制を加えた上て切っておいた。そして一つの「目標」を掲げ、そこにゴールを提示。そして不器用に合理主義こじつけて全国民をそこへ向かわせた、ってところかな。何か政治家ってすげえ職なのだなw俺には絶対出来ないw奇術師になるなど。
それでその、100:0で100で纏まるべき、0は除外されてしぬよ、みたいな民主主義色が強めなのだな、日本って昔から。そこ学べると思うんだよね。で、地域とかSNSで100人数万人が集まったとして、そこで率先してリーダーだったり「こうすべきでしょう皆さん?」って声大きめに話す一定の肩書持たれてる方とか、そっち側なんだろうね。「最悪の状況は嫌でしょう?」と遠まわし誘導も秒でやってくる。今後も至る所で出てきそうだ。
6 か月前
37年前、存命の叔父さんが予科練帰還兵でした、明日出撃と言う時に訓練中にグラマンに撃ち落とされ瀕死の重症を追い、目が覚めたら終戦だったそうです。いつも窓の外を見て去って行った仲間の事を思い出している姿に、本当の悲愁を見ました。どう言う心境だったのか? 当時の情勢に押し迫る危機感に上も下も必死で、何かを考えている余裕も無かった、国を家族を兄弟を姉妹を守る為に敵艦を必ず落とす!」と言う思いでいっぱい、そう言ってましたね、出撃してその瞬間が来たらまた違ったかもしれませんが、戦後は警察官に進み、決して熱く語らず、いつでも物事に冷静で、怖い事が感じない?恐いもの知らずだったそうです、本当に尊敬出来る人間だった、今でも叔父さんの姿が忘れられません。
↑お、貴重な意見・資料。「当時の情勢に押し迫る危機感に上も下も必死で、何かを考えている余裕も無かった、国を家族を兄弟を姉妹を守る為に敵艦を必ず落とす!」ここ重要かな。つまり戦争の空気とノリ。その説得力か。確かに戦争を経験していない人には解らない感覚なんだろう。もはや「今動くしかない」という強迫観念のようなものが常時あった。恐ろしい時代だ・・・。「戦後は警察官に進み、決して熱く語らず、いつでも物事に冷静で、怖い事が感じない?恐いもの知らずだったそうで」この一言から、ある意味第二次世界大戦中の自身や他者に対しては達観した考えをお持ちの方だったのでしょう。怖さを感じないしかも冷静。ここ少し気になるな。常時恐怖の中にあったのか、或いは後天的にその様になったのか。どちらかか
っていうかコメント欄の内容あまりひろゆきに同調していないようなもの多いぞーw
>@美味い水
勝ち確(上海事変)で、カミカゼ(爆弾三勇士)やってんのよ。
15
返信
@シグマ-o2q
@美味い水 あれは上官に無理矢理行かされたのに神風したと美談にされた話では?
↑あ、そう言えばそのような資料も。今現代の極・資本主義時代もそうですが、何故か問題解決に対して国内の若者が第一に必要とされる、というやつ。ある意味・・・一つの時代だけに焦点を当てて見ると老害大量生産というか、高齢者が鬼となっているような現象・・・?先輩、とか先人の知恵や意見、というより合理主義で可視化出来ない一体感、連帯感のようなものが悪い意味で説得力を持ってしまっているような・・・それが政治・法の偏った正義と融和し、さも全体がそれに従わなければ悪であるという、一時代、一環境の中だけの強い同調圧力のようなものが発生しがちなのか。ましかし、浅く広くの方が経済は成長する故、勝ち組リベラルが負け組リベラルを監督し易い状況というものは容易に発生し易い・・・と認めるしかないのだろうかな?少なくとも。そこぶち壊す方なんで考えないんだよなあー。
>@ルルミコうさぎ
ある特攻隊員は慰問に来ていた当時10歳だった中村メイコさんの頭を撫で「僕たちはメイコちゃんのような子供達を守るために行くんだ」と話した。 だけどその言葉は、特攻することに納得していない自分を納得させるようだった、と中村メイコさんは回想している。 特攻作戦があまりにも馬鹿げていることは認める。 ただ、特攻隊員の気持ちまで馬鹿にはしたくないし、してほしくない。
↑と言われてますがひろゆきさん!そうだな、善悪、尊敬か愚弄か、ではなく、そもそもそれ以前に「何故そうせざるを得なかったのか」ここに疑問を持つべきか。恐らく、自分の勘では速度・生活システムを縛る具体的なところが当時緩和されないまま、それが「当たり前」として放置され続けていたのではないかなって。例えば家賃とか、物価ですね。アメリカと戦う以前に家賃下げるぞー物価下げて皆で助け合うぞー、良し、皆で役所や政治家、不動産会社に、今から交渉にいこうぜ!みたいな第三第四の考え、数千年の歴史の中で何故か日本人って誰も持たないしやりたがらないんですよw選挙で変わらなかったという結果ありきなら人集めていけば通るでしょう。「負けられません勝つまでは」「むしろ苦しんで生活し続ける方を皆で選ぼうよ」ですかぁ??
物価高以上に高騰する「結婚と出産の値段」このままでは中間層が総未婚化になる(荒川和久) - エキスパート - Yahoo!ニュース
あ、何かこんな記事ありました。「産んではいないが生んでいる。」いやでも、例え生活苦が緩和されたとしてもお次は強めの同調圧力ですか。2020年のコロナもある意味日本人個々の偏狭性を高めてしまったという部分も無きにしも非ずだったわけだし、むしろ第一次世界大戦中の日本民主主義に近づいた方がらしい、とも言えるのか?逆に考えて、ですね。
先人たちのこの戦いがあるからこそ、「日本人は本気で怒らせたら怖い」と言う抑止力として現代の我々を守ってくれていると思う。
↑百田尚樹さんも言ってましたね「日本人は我慢して我慢して最後堪忍袋の緒が切れたって爆発したときが怖い。」て。でも自分からしてみれば、我慢する遠因、要因を先に壊してしまって、そこで我慢しなくても良い明日、未来を獲得することを最優先とした方がよいのではないかなって。例えば今やれることって、選挙に毎回必ず行って、売国政治家以外に投票することだけじゃないですか。でも、もしかしたら二番目、三番目の選択肢もあるかもしれない。「負けられません勝つまでは」これで溜める、ストレスや精神をチャージして、ここぞという時に抑止力として使う、それもいいかもしれない。だがそこ統一すべきなのか。全員で。色んな性格・事情・過去を持った方々がおられるのでそこ先ず尊重した方がいいかなって。「負けられません勝つまでは」を令和の一時期に100/100人全員で一致させるべきかさせなくても良いのか。こういう議論したら面白いかもしれない。
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