webカメラ越しの嫉妬【短編小説】
「はい、会議は以上で!次回までに各自、宿題してくること」
上司がその場をまとめて、企画会議が終わった。
新しい職場での、Zoomミーティングは小慣れたもので、対面での会議よりも回数が増えた。
美雨が勤めるのは、女性の生き方にフォーカスするライフスタイル雑誌を作っていくる会社で、編集者として働いている。
今日のミーティングは企画考案の会議だった。
議題が終わって、上司はzoomから抜けていたが、昼食時間まで少し時間があったから、編集者である女性社員3人で雑談タイムに入っていた。
リモートワークが中心の働き方になるので、こういう何気ない雑談タイムが懇親を深めるために必要だった。
「美雨さん、最近どう? 仕事は慣れた?」
美雨と同い年で、あと数週間したら産休に入る、千夏が尋ねた。
「千夏さんのお陰で、仕事のあれこれがわかるようになりました」
美雨が答える。
「美雨さん、仕事の覚えが早いからね~。あとは、飛鳥ちゃんも助けになってくれると思うから」
飛鳥ちゃんというのは、千夏の後輩で、同じ編集者だ。
「はぁーい!頑張ります!」
飛鳥の返事が妙にテンションが高い。
「そいえば、飛鳥ちゃん、いつもと違う場所じゃない?」
背景として映る場所がいつもの部屋と異なるのが美雨はずっと気になっていた。
「そうなんです、晴れて実家をでることができまして^^」
「へー、ひとり暮らしデビュー??」
「いえいえ、彼と二人暮らしです」
「おぉ!!よかったじゃん!ついに」
千夏が手を叩いて喜んでいる。
「あと、えと、なかなか直接会えなくてこの場で報告なんですけど……」
そう言って、飛鳥は左手をカメラの前に掲げた。きらめく薬指のシルバー
「……婚約しました。」
「「 わー!!おめでとう!! 」」
三人の盛り上がりが落ち着いたところで、しみじみと千夏が言った。
「なんかさ、この会社入ってからずっとバタバタしてたからさ、ちょっとずつ、仕事を引き継いで、手元に仕事がなくなっていくのがさ、寂しくて」
「千夏さん! 私、お仕事も頑張りますね! ずっと千夏さんを憧れて、でも千夏さんほど仕事早くないし、センスもないしで自信ないことが多かったんですけど。早く帰ってきてくださいね!」
飛鳥が答える。
「はは、買い被りすぎだよ。まー、仕事も子育ても両立するようなロールモデルつくっていきたいね。もしかしたら、一年後、私が入る隙がないかもしれないけれど……」
弱気な言葉を漏らす千夏。
美雨たちはそんなことないですよーと答えるものの、千夏の表情はどこか寂しそうで。
「うっ。あ。また、蹴った。もう、やんちゃな子よ」
千夏のお腹の子が元気に動いているようだ。
「あ、そいえば、会議中、課長の画面から、お子さんの泣き声とたしなめてる奥さんの声が聞こえてきてましたよねー。近い未来の千夏さんなんでしょうねー」
飛鳥が満面の笑みを浮かべている。自分もいつかと思っているのかもしれない。
「在宅だとそうなっちゃいますよねー」
そんな風に美雨は答えながら、物思いにふけっていた。
飛鳥が千夏に出産予定日を尋ねて、落ち着いたら遊びに行きますね~と話し、千夏は飛鳥に入籍予定日を尋ねるなど、ふたりできゃっきゃと楽しそうに話している。
そうこうしているうちに、お昼の時間になった。
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「じゃあ、そろそろ、お開きにしましょう!」
Zoomが切れて、いつものデスクトップ画面が現れた。
あんなに賑やかだったこの場が急に音をなくした。
美雨は振り返って、静まり返った部屋を眺めて物思いにふける。
インターネット環境があれば、どこでも仕事場になれる便利さがあったが、オフィス勤務ではなかなか見えなかった、職場の人間のプライベートの側面が映りこむ。
それは時に心をかき乱す。
美雨は思い出していた。
結婚するだろうと思っていた元彼に急に別れを告げられたときの痛みと、
前職時代の後輩から
「あなたのように仕事を頑張る意義が見出せません。家庭に入るため仕事を辞めます」と言って、引き留めても冷たくあしらわれた切なさと。
新天地で仕事を頑張るぞと意気込んでいるときに、余計な雑念が美雨を惑わせていた。
「ああ、なるほど、私、嫉妬してんだ、あの二人に。手に入れられなかったものに」
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「じゃあ、またね」
Zoomが切れた。
お腹の子が、「ごはん、ごはん」と言っているかのように、蹴ってくる。
千夏は作りおいていたおかずをレンジで温めようと、重い体を起こした。
望んでいた子どもだった。
でも適職だと思っていた仕事を一時、離れるのがこんなに虚しいと思わなかった。
美雨を面接したのは、千夏だ。
会社からは「代わりが務まるような優秀な人材を」と言われていて、出会ったのが美雨だった。
思った以上に仕事の覚えが早いし、「この人は優秀なんだろうな」と見込んだ以上だった。
採用としてはいい仕事をしたのかもしれないけど、こんなに焦るとは思わなかった。
「育休明けに私の居場所ってあるんだろうか?」
目をキラキラさせながら仕事をする美雨を頼もしく思いながらも、何かが奪われていく喪失感を味わっている。
お腹の坊やがゴロンゴロン動いている。それはまるで「僕がいるじゃないか」とでも言わんがごとく。
チンとレンジが鳴った。
キッチンからダイニングへおかずを運びながら、
もうすぐ生まれてくるわが子のためのベッドやら、ベビー服の準備物を見ていた。
まずは、元気な子を産むんだぞと。それからのことは、またゆっくり考えるのだと言い聞かせた。
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