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小説未満 新作小説創作途中中継だよ⑪ーこれにて終わりー
小説創作途中中継、今回で終わりです。
はい、三連休ですね、全集中してね
物語とりあえず、だーっと書き終えようと決意して書きました。
えっと、他の途中中継より文字数多いかな。今回2万6千字オーバーですね。
現段階の小説の総文字数は9万6千字ですね。
創作大賞の募集要項チェックして、推敲して、あらすじ、タイトル考えて
次の週末には応募すると思います。
できは置いといて、とりあえず物語に終止符打てたのはよかったかな。
ここから少し寝かせてから推敲祭りします。
タイトルもね、いくつか案があるが、まだまとまりきってないので考えます。
とりあえず、お疲れ自分です。
もう少し読みやすく整えられたらいいな。どこまでわかりづらい部分修正できるかな? 描写のたりないところを補えるかな。ラスト1週間、もう少し頑張れ自分。
前回かいたのはここまで
キュイニーいわく、この世界には魔力が宿った植物、種族が多くあるという。植物で魔力が宿っているものとして代表的なのがギムだ。ジャーニマー国は、そのギムに宿った魔力を利用してピソをつくり大きな力を得てきた。魔力が宿るのは植物だけでなく、魔力を持った種族というのが現れる。それが魔法族だという。
魔力が宿った植物や種族が発生するのは突然変異的なものだ。キュイニーは「どういうきっかけで、魔力が宿るのかその基準はわからない」と言った。突然、他の人間とは異なる圧倒的な能力と魔術を持つ人種が現れるのだ。
「強大な魔力は、災害をもたらすものだと人々から恐れられた。魔力をもって生まれた子は大人になるまでに殺してしまおうと、命を狙われることもあったのよ。今でこそ、人間の脅威にならない大きさで魔力を使い、便利な能力として社会にとけこんでいるが、ここにいたるまでには多くの命が犠牲になっている」
ふーっとキュイニーはため息をついた。
「知らなかった。その話をはじめて聞いた」
「そうでしょうね。われわれはその歴史を公にすることができないのよ。魔力を持たざる者たちのほうが大多数だからね。魔法族は、目立って脅威だと思われてしまえば排除されてしまう。団結していても、何かを企んでいるのではないかと疑われてしまう。魔法族は小さいコミュニティーをひそかに形成しながら、世界の各地へ散らばっていったのよ」
エラディンは、印刷所で複写術を使って新聞をつくってくれている魔法族たちのことを思い出した。実際にピソ職人新聞社でも魔法族にお世話になっている。
「たどりついた先でその環境に適応しようと体を変化させるものもいた。たとえば、ダダビット族。彼らは追手から逃げるために早く駆けていかなければならなかった。魔法族は魔力で体の一部を変形させることができる。」
倉庫の外にいるダダビット族を見た。
「彼らも、魔法族なのか!?」
「魔力を持つものと、持たざる者の対立というのは、もう何百年も前からあること。今の彼らが体を変形させたわけでないだろう。彼らの祖先が…、誰よりも早く駆けたいと望んだ魔法族が馬の体からヒントを得て変形したのだろう」
「自分の体を変形させるなんて、簡単にできるものなのか?」
「そんなわけない、最高難度の魔術で誰もが使えるものじゃない。それに大きな代償が伴う禁忌の魔術よ」
「……大きな代償?」
「そう。人であったときの能力の何かをなくしてしまう。たとえば、言葉が離せなくなったり、記憶をなくしてしまったり」
「なるほど、でも、あのダダビット族たちは言葉を話せて、意思疎通がとれるぞ」
キュイニーはふうっとため息をついて答える。
「さっきも言ったとおり、一番代償を払うのは最初にその姿に変化した魔法族だ。そこから子孫が生まれて、後の世代にいくにつれて失われていた能力が復活していくんだ」
キュイニーは倉庫の外にいるダダビット族を眺めて、また足を組みなおした。
「彼らは、言葉を取り戻して、人の世界で暮らすようになっているわけだ。ここにいたるまでに何世代の苦労があっただろうか……」
「人の姿から姿を変えることができるのなら、元にもどる術があるんじゃないのか?」
「いや、ないんだ。姿を変えてしまったら元にもどることはもうない。だからこそ禁忌の魔術。生半可な覚悟じゃできない。彼らも人の姿だったころの能力を取り戻すところまではできるが、もう二度と、もとの人の姿になることはできないんだ」
「そんなに大きな代償があるにもかかわらず、姿を変える選択をするのだ?」
「魔法族を守るためよ。人の世界で持たざる者に脅威と思われない程度の魔術、生活を便利にする魔術以外の魔術を使わず力を制御して人の世界に適応する魔法族もいれば、姿を変え、人がいない場所への新天地を求めた者たちも。馬のように早く駆けられる姿になったダダビット族、神秘の森と契約をして病や老いから逃れられるようになったエルフィー族、腕を翼に変えて、空を自由に飛べるようになった飛行族とね」
「キュイニーは、このタランティー国に適応することを選んだってわけか」
「そう、あくまで現段階はね。タランティー国は、魔術に対して寛容だし居心地がいい。というか、魔術を活用したいとさえ思っている。あたしは身を落ち着ける拠点がほしかったし、タランティー国は、他国に攻め入られないように魔術を活用したいという双方のメリットがあった。お互い利用しあっている関係なのよ。あたしはタランティー国に対して忠誠があるわけじゃないんだ。都合が悪くなったら切れる関係。ドライなものよ」
話が落ち着いたタイミングで、キュイニーは椅子から立ち上がって、エラディンが運んできた貨物を受け取るといって、ダダビット車に向かった。キュイニーはダダビット族たちに、礼を言って、荷台の確認をした。キュイニーはワンピースのポケットから取り出した杖を振った。すると、ギム粉の袋はひとりでに倉庫のほうに浮いて移動した。
大量のギム粉の袋を倉庫へ移動し終えると、エラディンが乗っていたキャビンに他の荷物がないかキュイニーは確認しにいった。
「エラディン!!」
キュイニーが大声で呼んだので、そばにいくと、キュイニーがキャビンでみつけたスケッチブックを手にしていた。キュイニーが見ていたのは、ジョアンナが描いたゴブレットの絵だった。
「この絵は誰が描いた?」
キュイニーが真剣なまなざしでエラディンに問い詰める。
「勇者として和平交渉の任務を終え、ジャーニマー国に帰還している道中で保護した娘だが……」
「いつ、どこで保護した?」
「そりゃあ、もうかなり昔のことだから思い出せないけれど、最果ての地の寺院から帰っているタイミングだよ」
「……きみが預言で示されていた娘か。そうか、なぜ、これまで気づかなかった」
キュイニーが何かに気がついたようで頭を抱えている。
「どういうことだ。わけを説明してくれ」
「ここに描かれているゴブレットは最果ての地の寺院の祭壇で、契約の儀を行う際にしか使わない」
「契約の儀?」
「そうだ。あのとき、とある魔法族の一家へ契約の儀を施した。その契約とは、その一家を飛行族にするための契約だった。彼らの魔術の力を極限まで引き出し、その禁忌の魔術を実行させた。あたしは、赤ヴァイリーに魔術のストッパーを外す劇薬をまぜて、その一家に飲ませた」
「ジョアンナは、まさか・・・」
「そのまさかなんだよ」
「彼女はその一家のひとりだった?」
「そう、祭壇で契約書にサインをした一家は、せーのと言って、同時にゴブレットの中の赤ヴァイリーを飲みほし、禁忌の魔術を唱えた。すると、腕が大きくなり、羽が生え翼に変形し、肋骨が大きく広がって、それに伴い胸部も大きく膨らんで、空を飛べる飛行族になった」
「いや、でも、ジョアンナは翼ではなく普通の腕だし、胸部だって大きく膨らんでいるわけではない」
「なるほど、彼女は人の姿にもどったってことか」
キュイニーが口元に手を当てて考え込んでいる。
「……そういえば、保護したばかりは言葉が話せなかったし、記憶喪失だった」
「禁忌の魔術の影響だ」
「……そうだったのか。そういえば、一家で全員、飛行族になったと言ったよな? ジョアンナのように人の姿にもどった人は他にいないのか?」
「いないんだ」
「そうなのか……」
キュイニー曰く、祭壇で赤ヴァイリーを飲んだのは、ジョアンナを含めて4人だ。ジョアンナの両親、兄。一家でその大きな決断をしたのだ。飛行族になった一族は契約書に書かれているとおり、他国への偵察のために飛行したという。キュイニーはその彼らの姿を見送っている。
「最果ての地の寺院を出て、大空へ飛び立っていく飛行族の彼らの姿は美しかった。人の姿である限り、自力で飛ぶことはできない。人の姿であることを犠牲にした先にある自由だ。彼らが目的地に向かって飛んでいく姿をあたしは見送っていた。しばらくすると、飛び立ったひとりが途中で、体が炎に包まれて、落ちていったんだ」
「それが、ジョアンナじゃないかってこと?」
「そうだ、その預言の娘であると思う」
キュイニーからきいた話は、ずっと謎に包まれていたジョアンナの記憶に通じる話だ。これはケラスズ城にもどった際に、ジョアンナに伝えなければならないとエラディンは思った。いち早くもどらなきゃと思う。
「エラディン。もしその娘が、家族に会いたいと思うのなら、最果ての地の寺院に来てもらったらいい。あたしも飛行族の一家を集めよう」
「ああ。わかった。今日きいた話は、わたしの立場上、マトラッセ王にも共有するぞ」
「好きにするがいい。そのマトラッセ王がその情報を得たうえで、どのように動くか楽しみだ。あたしも、場合によってはタランティー国から出ていかなければならなくなるかもしれない」
ピソの密売人の正体を暴く以上に、ここ数年謎に包まれていたジョアンナの失われた記憶が紐解くことができた。
――――第三部 完 交錯する記憶――――
ジョアンナはマトラッセ王と謁見している際に、自分のことを預言の娘だろうと言われたことがずっと引っかかっていた。ブレイドウッド氏の取材から帰るダダビット車のキャビンの中でリアナにも尋ねた。
「わたしが、師匠に保護されたのは、預言に従ったって言ってたけど、預言って何?」
「エラディンさんの伝記で最果ての地の寺院の章って読んでなかったかしら?」
ジョアンナは言葉を話すようになるために、リアナが伝記形式でまとめたエラディンの勇者時代の旅の記録を音読して練習していた。
「読んだ記憶がない」
「そうでしたか、ジョアンナさん早くに言葉を話せるようになったんですもんね」
「師匠はわたしに隠し事していたのかな?」
「どうでしょうか?そのあたりは、エラディンさんの任務が終わって戻ってこられたときに直接本人に聞いてみたらよいでしょう。帰ったら、その最果ての地の寺院の章の伝記を読んだらいいですよ」
ケラスズ城に戻って、フィリッポの工房で、ブレイドウッド氏の取材記事をとりまとめる。いつものように、フィリッポは、取材した職人が話していた内容を聞きたがった。ジョアンナは、金色ピソよりも粗熱のとれた黄色ピソのほうが美味しいのだと語っていたことをフィリッポに伝えた。
「たしかに、ギムの香りとうまみを感じるなら、粗熱をとれたもののほうが感じやすいな。その職人の言うことは理にかなっている」
「じゃあ、その記述はしても大丈夫?」
ピソ職人新聞は、エラディン含むピソ職人でない記者たちが記事を書いているから、事実関係が間違っていないかを確認するために、フィリッポに尋ねている。
「ああ、もちろん。職人が言っていることはなるべくそのまま伝えたほうがいい」
ジョアンナが記事を書いている横で、フィリポは、ジョアンナのスケッチブックのスケッチを見た。そこに書かれていたのは、ピソの全体図と、ナイフで切ったピソの断面を写生したものだった。
「相変わらずうまく描けているね。この絵のとおりなら、そのブレイドウッド氏のピソも食べてみたいな。この断面見て。気泡がきれいだろ? よく窯伸びしている。生地を捏ねるときに丁寧に捏ねられているんだろうね。」
ピソの話をしているときのフィリッポはいつも活き活きしている。本当にピソをつくるのが心の底から好きなんだなあとジョアンナは思う。そして、ピソ職人はフィリッポの天職なんだなとも。
「取材記者もいい仕事だよね。各地で美味しいピソが食べられるんだから。俺も他のピソ職人がつくるピソが食べたいから、このケラスズ城下町のピソ―ラにピソを買いにいくことがあるよ。さすがに、陛下たちの毎食の準備があるから、遠出することはできないんだけどね。この前取材してたさ、ベラッキオさんのピソも食べたよ。ベラッキオさんはシンプルなピソだけでなく他の食材との組み合わせや発想がすごい。見た目も美しいから思わず手にとりたくなるようなね。そうか、こういうのが市民に受けるんだねと勉強になった」
フィリッポは難しい試験を受かり、ジャーニマー国の公式の認定ピソ職人という権威ある職についていながらも、謙虚で、他のピソ職人への敬意を忘れず、自らもずっと勉強しつづける研究熱心な男だ。ジョアンナはそんなフィリポがずっと好きだ。
今回の取材の記事がまとまり、複写術を駆使する魔法族の印刷所に原稿をもっていき、新聞の発行をしてもらって、仕事が落ち着いた。頃合いをみて、リアナが最果ての地の寺院の章が書かれたエラディンの伝記をジョアンナに渡した。ジョアンナは自宅にもどり、渡された伝記を開いて、最果ての地の寺院の章を読み始めた。
最果ての地の寺院は旅人たちが最終的にたどり着く場所だと言われている。入口は複数あり、世界の各地に散らばっているらしい。最果ての地と言われているが、その最果ての地は地図上にはない。入口となるゲートは各地にあるが、最終的にたどり着く寺院は同じ寺院らしい。まったくもって原理がわからない。魔法族が使う魔術の力が集合して具現化している。そんな訳のわからないことをキュイニーは言っていた。いっそのこと、死者の世界だと言われたほうがまだ納得する。そうか、私は死んだのだなと理解できる。キュイニーはそれを聞いて笑っていた。「エラディンは死ぬことを望んでいるのか。それはだいぶ思いつめたものだな」と。思いつめるも何も、私はうまくいかない和平交渉の任務を終えて、ジャーニマー国に帰りたいだけなのだ。妻にも子どもにも、もうずいぶん長い間、会えていない。しかし、あと1か国は友好条約を結べないと、グランディン王は成果として認めてくれないだろう。途方にくれているときに、久しぶりにキュイニーに会ったのは何かの導きなのかもしれない。タランティー国と友好条約を結んで以来数年会っていなかった。キュイニーは不思議なやつだ。数年も会っていなかったしタランティー国側についている魔女なのに、今置かれている状況を話し出すと自分が悩んでいることまですっかり話してしまっている。任務に行き詰っていると話すと、キュイニーは「最果ての地の寺院の預言者に預言をもらえばいい」と言った。
預言者に会いにいくために、キュイニーに最果ての地につながるゲートを開けてくれると約束してくれた。キュイニーに連れられて、タランティー国に入国し、何世代か前の王族が使っていたという古い城に向かった。古い城にキュイニーは住んで、広い敷地は魔術を使う際に便利らしい。城の一室に巨大な鏡が置かれている部屋があった。
「ゲートはここよ」とキュイニーは巨大な鏡を指さした。何かわからない呪文を唱えると、先ほどまでは目の前にたつ人を映していた鏡は、その輝きをなくし、灰色に淀んだ。
「あたしについてきて」と言って、キュイニーは灰色に淀んだ鏡に手を伸ばし押すと、鏡の中に体が消えていった。後に続いて、鏡を押すとそのまますっと体が向こう側へ移動した。出てきたさきは鬱蒼とした森だった。
先を進むキュイニーについていく。森の中にある道をそのまま進んでいくと、白い石で作られた建物が見えてきた。
「ここが最果ての地の寺院」
森の木々に覆われて薄暗いはずなのに、寺院の建物のまわりだけぼんやりと明るく、白い石が少し発光しているようだった。
「預言者に会いにいこうか」
キュイニーが白い石の建物の扉を押し開いた。後に続いて寺院の中に入ると、また白い石で作られた大広間が広がっていた。天井は高く、天窓から光が注いでいる。キュイニーのハイヒールがたてるコツコツという音が反響している。
大広間には、絨毯を敷いてうずくまりながら何やら祈る人、祭壇を見つめじっと動かないダダビット族、手を組んで祈っている頭からフードをかぶり長いローブを着ている人など様々な人が大広間に静かにたたずんでいる。だれもしゃべることなく、おのおのが集中しているようだった。静寂につつまれていた大広間にキュイニーのヒールの音だけが反響していて、少し気まずい思いがする。外は蒸し暑いのに、なぜかこの寺院の中は肌寒い。外と中で別の世界にいるようだ。
大広間の一番奥には祭壇があり、壇上には大きなピソの塊と、赤ヴァイリーが注がれている水差し、銀色のゴブレットが4個置かれていた。何かの儀式がされていた形跡だった。
キュイニーは、祭壇の横にある扉まで迷うことなく歩いていった。この大広間は預言者とあう目的地ではないようだ。
扉を通るとまた外にでた。ずっと黙って歩いていたキュイニーが大広間を抜けたあと、ふーっと深く息を吐きだした。
「祈りの時間の邪魔をしてしまったようだ」とキュイニーは言った。やはり、あの静寂の空間の中でハイヒールの音を鳴らすのは気まずかったのだろう。キュイニーは大広間には、世界の各地の種族が現世を離れ出家したものが、それぞれの種族のやり方で祈る場所があの大広間であると説明した。俗世を離れ出家したものたちは、自分の種族の安全と繁栄を祈っているらしい。その祈りの力があるからこそ、それぞれの種族の魔術は守られているという。
大広間をぬけ外に出てしばらくすると、鬱蒼とした木々がなくなり、開けた場所につき目のまえには湖が広がっていた。透き通ったエメラルドブルーの湖だった。
「湖畔の離れに預言者はいる」とキュイニーが言った。
湖ぞいを歩いていくと、湖に突き出している桟橋の先に屋根のついた場所があった。そこが湖畔の離れらしい。屋根を支える柱があるだけで壁はない。そこに銀色で縮れながらの広がる髪と口元から顎をすべて覆いつくす長い銀色の髭を伸ばした、まるで長老とよばれているような風貌の老人がいた。紫色の長いローブを身にまとい、袖のところどころに小さな鈴がついている。預言者は椅子にすわり、湖面をじっと眺めていた。われわれが桟橋を渡って、預言者のもとにいくと、預言者は湖面を見つめたまま「預言を求めるものか?」と尋ねた。キュイニーが「ここにいるエラディンが、これから行くべき道を迷っているようです」と言った。
「ふうむ、ジャーニマー国の勇者か。どうれ、今後のゆくすえを視てしんぜよう」
預言者は椅子の横に置いていたバケツの中から、平たい石を取り出しぼそぼそと呪文を唱えたあと、湖面にほうり投げた。その勢いでローブについている鈴がシャリシャリンとなった。投げられた石はテテンテテンテテンと湖面をすべりながらバウンドし、勢いがなくなったところでチャポンと沈んでいった。その様子を見守った預言者は両耳に手を当て、湖から伝わる音を聞いていた。預言者が耳に手を当てながら微動だにしないこと約1分。
預言者は、椅子ごとわれわれがいる方向にむけて、話し出した。
「もうすぐ、主から帰還せよと命令が下るだろう。きみはその命令に従って主のもとに帰りなさい。そして、その帰路できみは少女に出会うだろう。今にも気を失いそうな衰弱した少女だ。きみはその少女を保護するがいい。理由? 理由なんて考えるな。ただ、その少女を保護しなさい。主のもとに帰るまえに、西部にある荒れ野を寄るルートを選んで帰還しなさい。少女を保護し、主のもとに帰還したら、そのまま流れに身をまかせなさい。君の予想だにつかない状況がひきおこされるだろう。しかし、その流れに抗ってはならない。念を押しておく、これから出会う少女は必ず保護するように。この少女がきみの将来のゆくすえを導いてくれるだろう……。預言は以上じゃ」
預言者は預言を伝え終えたあと、また湖に向かって椅子を戻し、湖面を眺めた。近くにいるわれわれをもう気にとめていない。
キュイニーに誘導されるように、来た道を戻る。寺院の大広間を通るとき、もうすでに祈りの時間は終わったようで、集まっていた人々は誰もいなくなっていた。
最果ての地の寺院で預言を受けてから、数日後に実際にグランディン王からの帰還の命が届いて驚いた。数年ぶりにケラスズ城に帰還することとなった。
その後の記述がなかった。実際にこの後にジョアンナはエラディンに保護されたのだろう。エラディンが戻ってきたらいろいろと聞きたいことがある。ジョアンナが保護されたのは、エラディンが預言のとおりに行動した結果だったのだろう。身寄りのいないジョアンナをなぜ保護したのか、ずっとわからなかったのが、ようやく謎が解けた。そして、その預言がなされたという最果ての地の寺院に行く必要があると思った。
エラディンがピソの密売人の正体をあばく任務を終えて帰ってきた。
「ジョアンナ、きみに大事な報告がある。王に報告にいったら戻ってくるから、工房でしばらく待っていてほしい」
そう言い残して、エラディンはフィリッポの工房に荷物を置いて、本殿のマトラッセ王のもとに報告しに行った。
昼に本殿にいったはずなのに、報告をしたあとに話し込んでいるのだろうか、日が暮れてしばらくしてもエラディンは戻ってこない。フィリッポもその日の作業を終えて、家に帰っていった。またリアナも連日の新聞作成作業で疲労がたまっているようで、フィリッポが帰る同じタイミングで帰宅した。ジョアンナはひとりっきりで、工房の中で、エラディンの伝記を片手に、エラディンの帰りを待った。エラディンに問いただしたいことはたくさんあった。エラディンが工房に戻ってきたのは真夜中を少しまわったタイミングだった。待ち疲れてジョアンナはウトウトしていた時間だった。工房の扉が開くカチャリとした音でジョアンナは飛び起きた。
「ジョアンナ、待たせてごめん。やっときみに大切な話をするタイミングがきた」
ジョアンナが座って待っていたテーブルの向かいに座る形でエラディンも席についた。エラディンはジョアンナの目の前に置かれているエラディンの伝記をチラッと見た。
「そうか、最果ての地の寺院の記録も読んでしまったか……」
「師匠はわたしに、この最果ての地の寺院の記録を隠して読ませないようにしてたの?」
「あっ、いや、そういうつもりじゃ……。いや、まったく後ろめたい気持ちがなかったわけではないな。ごめん。自分の将来が不安で、すがるように預言者が言っていたとおりに、きみを保護した。そういう下心が知られるのが情けなかった。それにきみはもうこの世界の生活に十分順応していたから……」
エラディンはしゅんと肩をすくませていた。
「リアナ姉にも、最果ての地の寺院の出来事は話すなって口止めしていたの?」
「うん、ああ。本人に預言のことを尋ねられるまでは、その伝記は渡さないでと言っていた」
「最果ての地の寺院のことを知っていたら、わたしの失われた記憶をとりもどす手がかりを探しにいけたじゃない」
「……ジョアンナ、そのことだ。きみの失われた記憶と、家族の行方が知れた」
「え?」
「ピソの密輸グループに、その伝記に書かれていた魔法族のキュイニーがいたんだ。キュイニーにきみの記憶がなくなるまでの経緯の話を聞いたんだ」
「え?うそでしょ?」
エラディンから語られたのは、ジョアンナは魔法族で家族と一緒に禁忌の魔術を使って飛行族に変化したこと、そして、ジョアンナだけが何かしらの事情で姿がもどったこと、禁忌の魔術の副作用で言葉が話せなくなり、記憶を失っていたことを知った。
ジョアンナは、エラディンから聞ける真相は、最果ての地の寺院で見た光景のことだけだと思っていた。実際に最果ての地の寺院に連れていってもらい、自分の記憶を取り戻すための材料を探しにいければよいと思っていた。予想外なところまで話が進んでいて驚きを隠せない。
「……そんな、わたしの家族は、もう人の姿じゃないなんて」
家族の所在を知れたことよりも、家族は種族自体が変わってしまったということが衝撃だった。
ショックではあるが、ジョアンナ自身が取り戻した記憶の断片は、それを裏付けるものばかりだった。祭壇にあるゴブレットに注がれた赤ヴァイリー。上空から見下ろす景色の記憶。腕がちぎれるように熱くなって、地上に落ちていく感覚。
それは、ジョアンナが、禁忌の魔術で一時的に飛行族になったことと合点がいく。
「師匠。わたしは自分の目で真相を確かめたい。そのキュイニーという魔女のもとにつれて行って」
「ああ、もちろんだ。きみの家族と再会できるみたいだ」
キュイニーという魔女がどういう事情でジョアンナ家族に禁忌の魔術を使わせたのか、その真相が知りたい。そして、自分の両親と兄弟に会いたい。その姿がもう人の姿でないのだとしても。この目で現実を直視したい。
エラディンの話を聞いてから、すぐにタランティー国にいくことにした。今回は前回のように密輸グループと取引をしているエヴァンデッド商会のふりをせずとも、真正面からジャーニマー国の使いとしてタランティー国に入国できる。またダダビット車にのって数日かけて、タランティー国まで向かった。エラディンから、話をきいてから、ダダビット族ももと魔法族から禁忌の魔術で姿を変身させた種族であることを知り、ただの移動に便利な種族だという安易な見方をしなくなった。
前回の取材の旅と同様、同じダダビット車のキャビンの中にはリアナがいて、別のダダビット車にはエラディンが乗っていた。
長い道のりのたっぷり時間のある中で、ジョアンナはリアナにこれまでエラディンから聞いた話と自分の感じたことを共有した。エラディンから告げられジョアンナの家族の状況、失われた記憶のわけ、最近ジョアンナが断片的に思い出す記憶から、その聞いた話が一致するということを。
ジョアンナがかたり終えるまで、一言も話さずリアナは静かに聞いていた。
「あなたも、魔法族の呪縛の犠牲になられた方なのですね……。そうですか、飛行族にご家族が……」
いつものようにリアナはフードを目深にかぶっていたから、その表情がわからなかったが、鼻を啜る音と震える声で、泣いていることがわかった。
「あなたもということは、リアナ姉も?」
「ええ、エルフィー族も禁忌の魔術からうまれた種族のひとつです。エルフィー族はどんなケガも病も直してしまう治癒の術と、未来を見る先見の明の能力があります」
「……その代償は?」
「不死の呪いです」
「死なないってこと?それは呪いなの?」
「ええ、終わりがないというのは残酷なものです。あるときから私は自分の年齢を数えることをやめました」
以前にリアナに年齢を尋ねてはぐらかされたことをジョアンナは思い出した。
「魔術を持つものと持たざるものの争いも、種族の対立も、人どうしの争いも、長い歴史の中でずっと見てきました。戦争に参加して、致命傷を負って命を落とす仲間もいましたが、それ以外エルフィー族は死ねないのです。どんなに絶望したとしても自死することもできません。以前に、ダダビット族の青年と恋仲であったけどうまくいかなかったというお話しましたね。エルフィー族はエルフィー族同士でしか、子どもを授かることができません。ダダビット族の青年と一緒になったとして、最愛の相手の子を授かることができないのです。またエルフィー族は治癒の術で自分のケガや病を治すことができますが、他者を治すことはできないのです。自分は死ぬことができず、相手が老いて命がつきる様子をただ見守ることしかできません。彼はわたしに一緒になろうと熱心に言ってきました。でも、わたしと一緒になったとして、彼は次世代にその命をつなぐことができないのです」
ダダビット族の青年と逢瀬を重ねていた泉に、リアナは石を投げ入れて、近い未来を見た。近い未来を視る先見の明の力だ。見えてきたのは、ダダビット族の青年が同じダダビット族の妻と子どもが一緒にうつる姿だった。
「彼の未来にわたしはいないのだと悟りました」
リアナは、同じエルフィー族の男性と結婚することになったと嘘をついて、そのダダビット族の青年と別れた。
「彼と別れるのは、自分が決断したこととはいえ、苦しいことでした。そして自分の出生を恨みました。こんな苦しい思いをするなら、エルフィー族として生まれたくなかったと。戦争にいって致命傷を負わない限り、永遠の命が続いでしまうのは耐え難い呪いです。わたしを生んだ両親に、なぜわたしを生んだんだと責めたこともあります。」
エルフィー族がみな、リアナのように永遠の命を嘆いているわけではなく、むしろ、エルフィー族にしかない特別な力だと誇っている場合も多いという。
「わたしは自分と同じように、死ねない呪いを連鎖させてこどもを生んで、私と同じ苦しみを味わうエルフィー族を増やしたくありません。だから、エルフィー族の男性と結婚することもないし、次世代にこの命をつなげないのなら、自分が生きたいようにこの人生を過ごそうと思いました。そして故郷から離れたのです」
「それで故郷を離れて、ケラスズ城にたどり着いたんだね」
「ええ。筆記人の仕事から、ピソ職人新聞社の記者の仕事まで出会えたこと、エラディンさん、フィリッポさん、ジョアンナさんと一緒に働く日々。これらはエルフィー族の集落では得られない経験でした。故郷を離れたこと、後悔はありません」
「そうなんだね」
「ケラスズ城にきて、何度か取材の際にダダビット族にお世話になると、元恋人のことを思い出します。彼はいま何をして暮しているんだろうって。一緒に家族になることはできなかったけれど、仕事仲間としてかかわることもできるんだなって。ひとつの可能性としてそう思いました。今後、彼と再会することはあるかどうかわかりませんが、そう思うことで、昔の傷ついた痛みが癒えていくような気がしました。たんに時間の流れという癒しでそう思うだけかもしれませんが……」
リアナは窓を流れる遠くの景色を眺めている。
「ジョアンナさんが、家族と再会して、どういう決断をするかわかりませんが、わたしはあなたの決断を応援したいと思いますよ。真実を見つけてあなたが納得できる答えを出すのが一番です」
ジョアンナも窓から外を眺めた。金色に光るギム畑と、上空を飛ぶ鳥の姿が見えた。
タランティー国に入国し、キュイニーがいるという古城までダダビット車を走らせて止めた。ジョアンナ、リアナ、エラディンは古城の中に入り、最果ての地に通じる鏡のある部屋に入った。
そこには、すでに黒いワンピースに黒のハットを被った赤髪ヘアの魔女、キュイニーが一同を待っていた。部屋の壁には大きな鏡が立てかけられてあった。これが最果ての地へつながるゲートらしい。
キュイニーの姿をみれば、何か記憶を思い出すかもしれないと思っていたが、目のまえにいる魔女を見ても何も思い出さない。しかし、キュイニーは、ジョアンナの姿を見て、「大きくなったのだなぁ」とつぶやいた。
「あなたが禁忌の魔術を使って私たち家族を飛行族に変身させたのですか?」
「いいや、あたしは、きみたちの魔力の出力を最大化させるための薬を調合して赤ヴァイリーに混ぜただけだ。禁忌の魔術を使って飛行族に変身したのはきみたち家族の意志だ」
「それはなぜ?」
「その理由は、きみが直接家族に尋ねたほうがいい」
「飛行族は言葉が話せないんじゃないの?」
「この世界ではそうだが、最果ての地の寺院では、意思疎通がとれるようになっている。あたしから話をきくより、家族から直接話をきいたほうがいい。準備はできている。さあ、いこうか、最果ての地へ」
キュイニーが呪文をとなえ、鏡に触れると、部屋を映していた鏡面が灰色になった。キュイニーに先導される形で一同は鏡の中に入った。
鏡を抜けると鬱蒼とした森だ。湿度が高いのか蒸し暑い。キュイニーの後をついていく。
「ここが最果ての地?」ジョアンナがキュイニーに尋ねる。
「そのとおり、ここはもう最果ての地の領域だ。道なりに進むと白い建物が見えてくる。そこが最果ての地の寺院だ」
「エラディンさんは、ここの来たことがあるのですよね?」リアナがエラディンに尋ねる。
「ああ、そのとおりだ」
「エラディン、さきに伝えておくが、寺院の中に入れるのはジョアンナとあたしだけだ。きみたちはここまで同行してきてもらってすまないが、寺院の外で待っていてほしい」
「それはなぜだ?」エラディンがきく。
「ジョアンナと家族が話すためには、他の人が寺院の大広間にいると意思疎通がとれないのだ。魔術の結界が張ってあるからな」
鬱蒼とした森を抜けると白い建物が現れた。
「では、ここで、あたしとジョアンナで寺院に入る。きみたちはわれわれが戻るまで待ってほしい」
キュイニーが寺院の扉の取っ手をつかんだときに、ふと思い出したように振り返った。
「エルフィー族のお姉さん、この寺院の外をまわるようにして進めば、湖にたどりつく。湖沿いを少し歩いたら湖面に突き出した桟橋がある、そこに預言者がいるから会いに行ってもよいと思うぞ。エラディンが場所を知っているから連れていってもらえばいい」
いつものようにリアナはフードを被っていたから、エルフィー族だと正体をキュイニーにばれていたことに驚き、「あ、はい」と答えるしかなかった。
「さあ、家族との再会だ」
キュイニーは扉をひらき、ジョアンナの背を押して寺院の中に入った。
寺院の中はヒヤッとした空気に包まれていた。蒸し暑い外とはまるで別空間だった。白い大広間はぼんやりと光っている。
キュイニーが大広間の奥にある祭壇を指さした。
「家族が、あの祭壇に待っている。あたしはここにいるから」
祭壇は他の広間より数段あがったところにあり、そこに3人の人影があった。
近づいていくと、3人の顔が見え、確かに父、母、兄だった。3人の顔をみると、とたんに失われていた記憶と戻ってきた。ずっと存在を忘れていた家族の顔だった。3人もジョアンナの顔を見て、はっとした顔をした。
ジョアンナは祭壇に続く段差を上っていった。
「ジョアンナかい?」沈黙をやぶり最初の一声を発したのは母だった。
「母上!」
抱擁しようとジョアンナ近づくと、大きく出っ張った胸に、手があるところに立派な翼があることに気づき、飛行族の姿なのだと一瞬戸惑い、立ち止まった。
ジョアンナの戸惑いに気付き、母親は少し傷ついたような切ない表情をした。
「すまないね。怖がらせる姿をしていて……」
母親の隣にいた父親が謝った。
「……そんなことっ。わたしのほうこそ、同じ姿になれなくてごめんね」
ジョアンナは、自然と口をついてでた言葉だった。
「いいや、禁忌の魔術に手を出して、飛行族になろうと考えた父さんの決断がまちがっていのだ」
記憶が脳内に流れていくのをジョアンナは感じた。
「いいえ、わたしが飛行族になりたいといったのがきっかけでしょ? 今思い出した」
「そうだ、お前が、飛行訓練が苦手だから、いっそのこと翼があればいいのにねって言ったんだもんな」
母親のとなりにいた兄も言った。
「そうだった。わたし、箒に乗るのがうまくなかったんだ」
「あなたはまだ小さかったものね。そこまで魔術がうまくできなかったのも仕方なかったのよ」
ジョアンナの家族は物に魔術を込めて浮遊させる魔法を使うのが得意な一族だった。浮遊術を応用させると、浮遊させた物に乗って移動する飛行術を使える。当時、ジャーニマー国の軍が、ジョアンナ達家族を含めて魔法族を脅威の勢力として殲滅させようと迫っていた。ジャーニマー国の軍に見つかれば、殺される可能性があった。ジャーニマー国の軍の部隊によっては捕虜として捕まえるのではなく、惨殺する冷酷な部隊もあったという。
「切羽つまっているときに、助けてくれたのがキュイニーさんだったんだ」父親がいう。
「キュイニーさんが、われわれが住む場所の最寄りのゲートを開いて私たち家族をこの最果ての地の寺院に導いたのよ」母親がいう。
「幼いジョアンナをふくめて、家族全員がこの危機を免れるにはどうしたらいいかと考えると、魔術が安定しない子どもらが飛行術で逃げるのは現実的ではなかったんだ」父親が言う。
キュイニーがジョアンナの家族に提案したのは、難を逃れるために、在世を捨てて最果ての地の寺院に出家する一案を提案した。最果ての地の寺院は現世にいる人が長く滞在できる場所ではなかった。
「そんな、まだ子どもたちは幼いのに、この閉ざされた世界に静かに暮らすのはあんまりだと思ったの」母親が言う。
ジャーニマー国の軍に見つかり殺されるかもしれない危険と、在世を捨てての出家生活、どちらにするかという究極の選択を迫られているときに、幼きジョアンナが意外な一言を言った。
「翼があったら飛んでいけるのにね」
当時、空を飛ぶ鳥を眺めるのがすきだった幼きジョアンナがポロリと言った言葉だった。
「それは第三の選択肢だね。飛行族になることで、タランティー国の保護を受けられる。タランティー国は魔術に寛容な国。もし一家全員で飛行族になるなら、一緒に保護してもらえる」キュイニーが言った。
「でも、飛行族に変身するとなると禁忌の魔術を使うことになるのだろう?」父親が言った。
「そうね。禁忌の魔術を発動してしまえば、元に戻ることができない。魔法族だった記憶もほとんどなくなるかもしれない。おすすめはしないわ」
「家族全員の命の危険にさらすか、出家するか、飛行族に変身するか、その三択ってこと?」シビアな選択に母親が顔を覆った。父親も険しい顔のまま黙りこくっている。
家族が最果ての地にいられる制限時間が迫っていた。
「ねえ、わたしたち自由な鳥になれるのでしょう?だったら、鳥になって大空を飛びたい。誰かに追われ続ける生活はもう嫌だ」
幼いジョアンナが言った。
「わかった。禁忌の魔術を発動しよう」父親が決断した。
「禁忌の魔術を使うのね。わかったわ。その成功率が高まるようにサポートしましょう」
キュイニーは、一時的に魔力が上がる調合薬をまぜた赤ヴァイリーを用意した。祭壇の引き出しから銀のゴブレットを4つを取り出し、赤ヴァイリーを注いだ。また別の引き出しから黄色ピソを取り出し、ナイフで一口サイズに切った。
「アルコールが回りすぎると魔術の精度がおちるから、さきにこのピソを食べて」
キュイニーの指示のとおり、一家はピソを食べた。
「魔法族の始祖のマアリア様、われわれ魔法族を敵の脅威からお守りください」キュイニーが祈りを唱えた。
「では飲んで、術を唱えて」
キュイニーの合図とともに、一家は銀のゴブレットから赤ヴァイリーを飲みほして禁忌の術を唱えた。
一家は金色の光とともに、変化していく。両手から羽毛が生えていき、腕のかわりに立派な翼になり、胸部は大きくふくれた。
一家が飛行族に変身し終えたのを見たタイミングで、最果ての地につながるゲートが閉じ、一家とキュイニーはもといた場所に戻ってきた。
馬のいななきが聞こえ、ジャーニマー国の軍の部隊がこちらにまで迫ってきているようだった。
飛行族の一家は翼を広げ、空へとびだった。4人の飛行族は父親を先頭に隊列をくんで空へ飛び立っていく。
軍隊が「いたぞ!あそこだ!上空に飛び立つ奴らを狙え!!」と叫んだ。火のついた矢が放たれ、一番後ろにいたジョアンナの翼に命中した。しかし、ジョアンナは矢が刺さったまま高度をあげて飛んでいく。
キュイニーはその様子を見つめていた。矢がささったものの、飛行しつづけられるようだ。そのまま逃げ切ってと祈るように遠ざかる飛行族の影を見送った。
しかし、矢についていた火が翼に燃え広がっていき、4つの影のひとつがしばらくしてから地上に落ちていくのを見た。
「それがわたしたち家族の真実だったのよ」父親が言った。
「あなたは、墜落してもう死んでしまったものだと悲しみにくれたわ。まさか生き延びて、ここまで大きくなっているとわね」母親が涙を流している。
ジョアンナは、また一歩母親のもとに踏み出し両手を開いて近づいた。母親も両翼を広げた。母親の胸に飛び込んだ。出っ張った胸のせいで、ジョアンナは母親の背中まで手をまわすことができなかった。かわりに、母親は大きな翼で娘を覆った。母親のぬくもりの中でジョアンナは大声をあげて泣いた。
「まだ時間がゆるす限り、お互いの世界でみてきた話をしようじゃないか」父親が言った。
キュイニーに言われているが、最果ての地から戻ると、再び、飛行族の家族とは言葉によるコミュニケーションがとれないらしい。
「かわいい娘、ジョアンナよ。鳥になりたいと言っていたな。空を飛びながら話をしようじゃないか」
「え、でもわたしには翼がないから空を飛べない」
「兄上の背にのせてもらうがいい」
祭壇の横にある扉から、ジョアンナ達は外にでて、大空へ飛び立った。
「どうだ、かよわき妹よ。空からの眺めは」兄が言う。
兄の背に乗って風を感じながら上空へ浮上する。横には父と母が一緒に飛んでいる。
「お兄ちゃんたち、いつもこの景色をみているんだね。すごくきれい」
寺院の上空をとぶと、エメラルドブルーの湖が広がっているのが見えた。湖面が太陽の光を反射してキラキラしている。鬱蒼とした森の向こうには町が見えた。遠くのほうには金色に光るギム畑もみえる。最果ての地の景色は、元世界と似た景色のようだ。
空を飛びながら、ジョアンナ家族は、わかれてから体験したことをお互い話した。飛行族として各地の空を旅しながら、タランティー国へ世界の状況を報告するという偵察任務に家族はついているらしい。またジョアンナは、エラディンに保護されてから、忘れてしまった言葉を覚えなおし、ピソ職人新聞の記者としてはたらいている最近の話をした。ジャーニマー国側について生活していることには、家族は驚きのリアクションをしていたが、娘が無事に生きていることがなによりも重要だった。各地の取材へいくときに、ダダビット車に乗って移動することもあると話せば、地を走るよりも、空を飛んだほうが移動時間が短くなるのにねと母親が言った。
「それはいい考えだね。わたしの取材の旅にお母さんたちの飛行族の力をかりれたらどんなにいいことか」
空中散歩をしながら、お互い話すことが尽きるまで飛んでいた。真上にあった太陽が地上に沈んでいき、あたりは茜色に染まった。
寺院にもどり、ジョアンナは父、母、兄とあつい抱擁をかわした。
「そろそろタイムリミットだな」
抱擁を交わし終えた家族のもとにキュイニーは近づいた。
ジョアンナとキュイニーは寺院のもときた扉から出た。エラディンとリアナが心配そうにジョアンナを見た。ジョアンナははじけた笑顔で「帰ろう」と言った。
―――――第四部 取り戻す記憶 完――
ジョアンナの家族との再会と失われた記憶を取り戻す旅を終えたあと、エラディン、リアナ、フィリッポ、ジョアンナがマトラッセ王に呼び出された。
いつものごとく、書物庫にマトラッセ王はいた。各地の勇者から送られてくる報告書の束を読みながら、机のまわりをぐるぐるしている。
四人が書物庫に入ってくるのを確認すると、マトラッセ王は立ち止まっていった。
「ふたつの重要なことを皆に相談したい。ひとつ目はピソ職人新聞の届け先をジャーニマー国に限定するのではなく、周辺諸国にまでひろげたいこと。ふたつ目は認定ピソ職人制度を廃止しようと思っていること」
「えっ」
驚いたエラディンはとなりにいるフィリッポの顔を伺った。フィリッポは口を真一文字にしている。
「ふたつ目については、少し前からフィリッポに相談をしている。順を追って話をすすめよう。まずピソ職人新聞の届け先を広げようと思っている理由はこれだ……」
マトラッセ王によると、エラディンにピソの密輸について捜査させている同じタイミングで、各地の勇者たちにそれぞれのエリアの密輸状況を調べさせたという。ピソ自体は周辺諸国にはだいたい広まっていることが分かった。またピソと一緒に、ピソ職人新聞も他国へ流れているから、ピソをどうやってつくるかという大まかなノウハウは他国にも流れているという。じっさいに、ピソづくりが他国でも行われ、ジャーニマー国からピソ職人が周辺諸国に流れている事例もあるらしい。
「もはや、ピソづくり我が国だけで独占することは不可能に近い。ならば、ピソづくりを閉ざした技術にするのではなく、他国への友好関係を築くためのツールとして広めてみればよいのではないかと思ったのだ」
グランディン王政からマトラッセ王政に変わって一番大きな変化かもしれない。
「恐れながら、質問をさせてください。周辺諸国にピソ職人新聞の届け先を広げるとのことですが、どのようにそれを実施しましょうか。我が国の物流を担うダダビット族の余裕もあまりないときいております」リアナが尋ねる。
「エラディンから、飛行族とのつてができたときいた」
「えっ?」ジョアンナが驚いている。
「きみの家族が飛行族なんだろう?」
「はい」
「その報告をうけてから、タランティー国王と水面下で相談をしていた。タランティー国をふくめピソづくりのノウハウをつめたピソ職人新聞を広く届けたいから、飛行族の力を貸してくれまいかと。そして許しが出た」
「か、家族と仕事が一緒にできるのですか?」
「ああ、もちろんだ」マトラッセ王が笑顔をジョアンナに向けた。
「ありがとうございます。こんな幸せなことはありません」ジョアンナは深々と礼をした。
「礼をいうのは、こちらのほうだ。タランティー国とより深い関係が結べるようになったのだ。飛行族とのコミュニケーションをとるためにきみにはたくさん協力をしてほしい」
「わたしにできることならば」ジョアンナが感動で体を震わせていた。
「それで、ふたつ目の認定ピソ職人制度の廃止について、その目的を説明しようか」
マトラッセが、認定ピソ職人制度の廃止を考えたのは、数か月前起きたグランディンの突然死がきっかけだった。グランディン王は大きな病気をしていたわけではなかった。前日までピンピンしていたのに、あまりに突然の死だった。食事に毒が盛られていたのかもしれないと、調べてみたが、原因らしい原因は見つけられなかった。またグランディンの突然死につづくようにして、認定ピソ職人を抱える貴族たちがバタバタと突然死する事例が発生した。グランディンと同じように前日までピンピンしていたのに、急に亡くなってしまうのである。突然死する者たちの共通点は、日常的に焼きたての金色ピソを食べているということだった。それから、マトラッセは金色ピソを食べないようになった。ひとつの仮説としてマトラッセが考えたのは、金色ピソを長期間にわたって食べ続けていると、知らぬうちに寿命を縮めてしまっているのではないかということだった。金色ピソを食べることで、その者の力や能力が2倍以上引き出されるというというのは、何かの代償を払って、その強力な力が得られるのではないか考えた。マトラッセも金色ピソを食べていたけれど、グランディン王と比べると食べ続けている期間の長さが全く違う。一部の権力者のみが焼きたての金色ピソを食べていたからこそ、金色ピソを食べ続けるリスクに全く気づけなかったのだ
「その仮説を思いついてから、フィリッポに相談してみた。すると、その可能性は否定できないという。もともとピソの材料になるギムの実はそのまま食べるには毒性があって食べられないという。食糧難にあえいでいた我が国の先人の知恵で、ギムを食べ物として食べられないかと作り出したのがピソだという。ギムの実をすり潰して、粉にしたものを捏ねて焼くことで毒性はほとんど消えるが、焼きたての熱が一時的にギムの毒素の一部を引き出すようだ。その毒素は接種したものの力を大きく引き出すという効力ももっていたというわけだ」
「それは初耳です」エラディンは驚いていた。
「たしかに、それは理にかなっているかもしれません」リアナが口をはさんだ。
「われらエルフィー族の髪もそうなのですが、金や銀に光るものは大きな魔力を内に秘めている証拠なのです。ギムは植物が突然変異して、魔力を蓄えた植物になったのだとしたら、すべて合点がいきます。魔力を宿すかわりに、リスクをはらんでいるのです」
ジョアンナからリアナたちエルフィー族の秘密をエラディンもきいたから、なるほどと頷くしかなかった。
認定ピソ職人制度も、ジャーニマー国の権力者が、そのギムの魔力を独占せんがために、作り上げた制度だと言われている。長年、王族と貴族で、その魔力を活用していたが、そのうらの代償までは知らなかったのかもしれない。
「そういうわけで、金色ピソを食べることを我が国では禁じたい。また他国へも金色ピソを食べることによる弊害も一緒に広めたいと思っている。フィリッポにもきいたが、黄色ピソにはその毒性はなく、ギムの穀物のうまみだけが残るそうだ。ようは、焼きたての状態を食べることが悪いが、ピソをつくって食べるのはいい話だ」
エラディンはフィリッポの横顔を見る。王の強さを支えるため十数年もの間、金色ピソをつくり、黄色ピソにならないうちに急いで運び続ける生活をフィリッポはしていた。それが国の発展につながるし、認定ピソ職人として役割を全うしていると思っていたはずだ。それが今になって前提から崩れようとしている。それをフィリッポはどう受け止めるのか。
「だから、認定ピソ職人制度自体をやめることにした」
フィリッポは口を真一文字にしたまま微動だにしない。
エラディンは昔、グランディン王に「勇者職をおりよ」と命じられたときのことを思い出していた。フィリッポは大丈夫だろうか。
「エラディン、ピソ職人新聞は国外への広がっていく権威ある新聞になるぞ。より一層はげめ。あと、それにあたり、認定ピソ職人廃止の案内と、監修者のフィリッポの肩書の認定ピソ職人という文言を消すようにな。またその経緯を記事にまとめてもよいしな」
「は、かしこまりました」
マトラッセ王との謁見が住んで、一同は書物庫を後にした。書物庫に入ってから、マトラッセ王の話がおわり、工房にもどるまでフィリッポは一言も話さなかった。
工房に戻ってから、エラディンはフィリッポにどう声をかけようか悩んでいると、フィリッポのほうから口を開いた。
「エラディン殿。ずっと俺のことを心配してくださったようでありがとうございます。でも大丈夫っすよ。陛下とはずっと前から相談していましたし」
フィリッポが白い歯を見せて笑っているが、どこかぎこちない。
「あと、ジョアンナもおめでとう。家族と再会できて記憶が戻ったこともそうだし、きみしかできない役割も見つかっただろう?飛行族とのネットワークが使えるようになったのはすごいことだよ。しばらくはピソ職人新聞の配達がメインになるだろうけど、もしかしたら、ダダビット族につぐ、第二の物流網といて機能するかもしれないと陛下もいっていたし。これほど名誉なことはないよ」
「……うん。ありがとう」
「ほら、もっと喜ばないと!」フィリッポはジョアンナの肩をたたく。
いつもより妙にテンションが高いフィリッポにジョアンナも戸惑っているようだった。
「食事にしましょう。みなさんためにいろいろピソをつくっています。準備するので、少しお待ちください」
フィリッポに促されるまま、エラディンたちは席について、テーブルにピソが並べられるのを待った。フィリッポは複数種類のピソの塊をナイフで適度な大きさに切り分け、さらに並べている。手を動かして、準備しているほうが心が落ち着くようで、テーブル並べ終えると、先ほどまでソワソワしていたフィリッポがいつものフィリッポの落ち着きを取り戻していた。
「みなさん、お召し上がりください」
ベーシックな主食として食べるピソもあったが、その他にチーズとソラマメがのって焼き込まれているもの、スライスしたピソ2枚の間にレタス、ほぐした豚肉が挟まれているもの、ドライフルーツが生地に練り込まれているもの、あと茶色いピソがあった。
「え、すごい。このままで食事になる」リアナが言った。
「そうなんです。ピソだけで食事になるをコンセプトにつくってみました」
「どこかで見たことがあるような、あ、ベラッキオのピソとちょっと似てる?」
「そうそう、まさにそのとおり。ベラッキオさんのピソ―ラで売られているものを参考にしてつくってみました」
「なるほど、だいぶ思い切ったね」
「そうですね。これまで陛下のお食事にあうように、うまみは感じられるけれど、食事で出される一品一品より主張を強くさせないようにピソをつくってきました。その制限がなくなったいま、広くみなさんに食べてもらえるように、ピソひとつだけで食事が成り立つようなものを作りたいと思っていろいろ試作しているんです」
「この茶色いピソは何? 金色と黄色以外のピソを見るのははじめて」リアナが尋ねる。
「ああ、これは、タランティー国の銘菓パチェイからインスピレーションをうけて作ってみました。魔法族が調合する秘伝の粉はなかなか入手できないので、それ以外の材料でつくったパチェイもどきをを溶かして、ピソ生地に混ぜてみました。するとこういう茶色のピソができるんです。甘いので、食後のデザートのように食べるのがおすすめです」
一同はほおっと感嘆の声をあげ、目のまえにだされたピソを食べた。どれも美味しく、エラディンはフィリッポの職人としてのレベルの高さを感じた。
「認定ピソ職人の称号がなくなって、ショックを受けているのかなと思ったのだけど、こうも次にむけていろいろ動いているのをみると、前向きな気持ちになっているんだな」エラディンはフィリッポに言う。
「そーっすね。話は数か月前から陛下から相談を受けていましたし。覚悟はすこしずつ定まった感じでした。でも……」
「でも?」
「やっぱり、皆の場で、もうお前は認定ピソ職人じゃないんだぞと言われると、改めてショックだったというか。腹くくってたつもりだったんですがね。公になることで、もうあともどりできないというか。認定ピソ職人になること、その仕事がお国の役に立っているという自負。そういうプライドみたいなものがあったので……。俺なんのために技術をみがいていたんだってけってね。むかし、エラディン殿が勇者職をおろされたときに、俺、前向きな変化っすよって言ったことがあったんですが、」
「ああ、そうだな。そう言っていたよ」
「いざ自分が、職を降ろされる経験をするとここまでズシンとくるんだなと。エラディン殿、あの時は軽々しく言ってすみません」
「いやいや、いいんだよ。それにピソづくりを辞めろと言われたわけじゃないだろ?」
「ええ、もちろんそうなんです。金色ピソをださなくていいだけで、いままでどおり陛下のお食事として黄色ピソをつくっていけばいいです。焼きたてを出さなくていい分、製造の調整がしやすく労働時間も調整しやすくなって働きやすくなります。それに、最近こどもが生まれたので」
「え!そうなの!おめでとう!」リアナが手をたたいて喜ぶ。
「俺ら家族にとっても、働き方の変化はありがたい話なんです」
「いいことじゃないか」
「そうなんです。いいことでしかないんです。あとは俺のプライドの問題っす。やっぱりピソ職人にとって認定ピソ職人になることは一種のステータスだったわけです。たかが称号、されど称号。俺がゆっくり整理していくしかないんです……」
エラディンとリアナは自分の皿にあったピソをすべて平らげていたが、ジョアンナの皿はまったく減っていない。フィリッポとの話に集中していて気が付かなかったが、ジョアンナはずっと目のまえの皿のピソのスケッチをしていた。
「なんと、食べずにずっとスケッチしていたのか!」
「うん、描かなきゃって思って。ほらできた」
ジョアンナは描き終わったスケッチを皆に見せた。スケッチブックにはたしかにフィリッポのピソが並んでいた。
「せっかくだし、色もつけようと思う」
「ありがとう。ジョアンナ」フィリッポが礼を言う。
「フィリッポの新しい門出。どんな想いでこのピソをつくったか、それをスケッチでも伝えたい」
「エラディンさん、次の職人インタビュー記事フィリッポさんに出てもらってはどうでしょうか?」リアナが提案する
「ああ、そうだな。ジョアンナ、君にフィリッポのインタビュー記事をまかせたぞ」
ジョアンナはインタビュー経験はあったが、そこから記事を書いたことがなかった。
「え? そんなわたしにはむりだよ」
「大丈夫よ。わたしもサポートするから、それに、あなたのフィリッポの思いを伝えたいとというその真摯な気持ちが記事を書くのに一番重要なの」
――――
全国のピソ職人のみなさま、いつもこの新聞を読んでくださりありがとうございます。ピソ職人のフィリッポです。このピソ職人新聞の最初の発刊は今から5年前になります。発刊当初から僕は、技術監修ということで、ピソ職人の取材記事に対して、技術的な間違いがないか確認しながら記事作成のアドバイスをするという役割でした。新聞の記事を日々書いているのは各地のピソ職人を尋ね取材をしている記者です。僕は直接取材をしてピソ職人の話をきくわけではありませんが、記者が書いた記事、スケッチしたイラストをもとに、全国各地のピソ職人の様子を知ることができました。それは僕にとってたくさんの学びがあることでした。改めて取材にご協力くださってきた皆様、そして、この新聞を楽しみによんでくださるピソづくりの関係者の皆様にお礼申し上げます。
僕はもともと、ケラスズ城に認定ピソ職人として陛下の日々の食事をお支えしておりました。その縁で、ピソ職人新聞社が発足するさいにピソ職人目線での情報発信ができるようにと、技術監修として参画させていただくことになりました。ピソ職人のための新聞というのは画期的ですよね。ジャーニマー国の各地の勇者様の活躍を伝える勇者通信というものがありますよね。それと同じようにピソ職人にスポットライトを当てていただけるというのはひとりのピソ職人として大変光栄でした。ジャーニマー国を主動する陛下の日々を支える食事を提供することによって国に貢献させていただいていると思って日々、陛下のお食事のピソを作ってきました。その陛下が直々にピソ職人全体の地位の向上と技術の共有をはかるために新聞をつくることは、新たな認定ピソ職人としての責務だなと思ったものです。
しかし、みなさんご存知のとおり、先日、陛下から認定ピソ職人制度の廃止が発表されました。なので、現在は私に認定ピソ職人という肩書はありません。また、認定ピソ職人制度が廃止される要因のひとつである「金色ピソの効果と代償」の記事も中面に載せているので、そちらも併せてご確認いただきたいです。
なので、ここからは、そういう経歴の持ち主なのだなということを前提に置いたうえで、ひとりのピソ職人としての僕の話をきいていただけると嬉しいです。
僕の家は「ピソ焼き小屋」名前のピソ―ラの家に生まれて、ずっと身近にピソがある環境でした。両親と、ずっと年上の兄たちはいつも厨房におり、生地を捏ねたり、窯で焼いていたりする姿を見てきました。自分もピソ職人を目指すのは自然なことでした。当時はピソ職人の中でも認定ピソ職人になることが、一種のステータスに見られる空気がありました。父も兄たちもなんどか認定ピソ職人になるための実技試験をうけたことがありましたが、誰も合格できませんでした。ピソづくりにかかわる人は年々増えていましたが、その認定ピソ職人になるのは狭き門でした。ならば余計に、その認定ピソ職人になりたいという思いが強くなったんです。実家のピソ―ラのピソづくりを手伝うだけではなく、他のピソ―ラへ修行させてもらったり、また修行仲間のつてをたどり、当時陛下へピソを献上することもあるピソ職人さんのもとへ教えを請いにいったりしていました。そのおかげもあり、何度目かの認定ピソ職人の実技試験で合格しました。僕の人生の目標のひとつがかなったのです。それから、ありがたいことにケラスズ城の専属ピソ職人として勤めることになり、陛下の日々の食事を支えることになりました。それはやりがいのある仕事でしたが、各地にいるピソ職人の新しいピソを知るたびに、自分の職人として、新しい技術を取り入れることができていないのではないかとも思うようになりました。もちろん、ピソの質にかかわる重要な基礎の部分は修行をして技術を磨いてきた自負はあり、それをもって陛下の力をお支えしてきたという実績はあります。しかし、しばらく一般の市民の人々が手軽に食べられるようなピソをつくってきていないなということに気が付きました。認定ピソ職人になってから、陛下のためのピソを作っている中で、ピソというものを高尚な食べ物に仕立てあげてしまっているのではないか。そう思いました。そして、ピソ職人新聞社の仕事にかかわらせてもらって、さまざまなピソ職人のピソづくり観、新しい発想のピソ、多くの人々を魅了するピソを知るにつれ、僕の物のミカタの尺度が凝り固まってきているかもしれないと思うようになりました。
今回の認定ピソ職人制度の廃止により、あらためて、ひとりのピソ職人として学びなおす機会をいただいたなと前向きに思っています。またこの号から、ジャーニマー国以外の周辺の国々の皆様のもとに届くようになります。ジャーニマー国のピソ職人たちがつくりあげてきたピソやその技術、文化的側面をお伝えすることはこれまでと変わらず、これからは周辺諸国でもピソをつくるピソ職人も増えていくことでしょう。職人の数だけその物語、独自の哲学があると思います。また職人の皆様のお話を引き続き聞かせてくださいね。
こちらのスケッチは、陛下の専属のピソ職人ではなくなった僕が、職人として新しい挑戦をしていく決意のもと作ったピソです。レシピも公開しているので是非参考にしていただけると嬉しいです。
フィリッポのインタビュー記事の最後に、ジョアンナが描いたフィリッポの新作ピソのカラーイラストが載せられた。
日が昇るまだ暗い前の早朝、ジョアンナは起きて、自宅を出る。
今日が飛行族にピソ職人新聞を運んでもらう最初の日だ。前日は緊張のあまり、よく眠ることができなかった。本当はもう少しベッドの中にいても間に合う時間だったのか、ソワソワしてしまうから、観念して身支度をしたのだ。
家を出て坂道をくだっていって、ケラスズ城下町のメインストリートにでる。全然遅れているんじゃないのに、はやる気持ちが、自然と歩くスピードを速める。
印刷所について、受付の呼び鈴を鳴らす。出窓が開く。
「早すぎるよ!どこ新聞?まだ朝刊が刷り終わるまでまだ時間がかかるってのに」ぶっきらぼうな受付が答える
「ごめんなさい。楽しみで早くきちゃって。ピソ職人新聞社です」
「え、あ、ピソ新聞社さんね。まあ、どうも、大量ご発注ありがとうございます。うちの印刷所長もお礼を申しておりました」
ぶっきらぼうだった受付が態度を一変させる。
「印刷所長もご挨拶に呼んできましょうかね~?」
「いや、いいです。挨拶は。日が昇るまでに朝刊刷りあがりますかね?挨拶よりも時間に間に合わすことに集中していただけると助かります。今日は遅れられないんで。どうかお願いします」
「わかりました。間に合いますからご安心ください」
「ありがとうございます。追加発注した5000部、私たちのほうで別途手配するようにするんで、50部ずつカバン詰めお願いします。その他はいつもの配送方法で大丈夫なので」
外で待っていると、リアナもやってきた。
「ジョアンナさん、ずいぶんと早いですね。時間間違えました?」
「いや、気持ちが逸って落ち着かなくて1時間前にきちゃった」
「まあ、そうですよね。そろそろ飛行族のみなさんがやってくるようですよ」
薄明るくなってきた空に大きな翼を広げた飛行族が100人ほどこちらへ飛んでくるのが見えた。
ジョアンナたちがいる場所に音を立てずに着地した。その群衆の戦闘にはジョアンナの両親と兄がいた。
ジョアンナは家族それぞれにハグをした。リアナと協力して50部ずつのピソ職人新聞がはいったカバンを飛行族の首に掛けていった。すべての飛行族にカバンを駆け終えると、日が昇りはじめていた。
「では飛行族のみなさん。新聞配達の仕事にご協力ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ジョアンナはそう言って深々と礼をした。
飛行族がひとり、ふたりと、順々と空へ飛んでいく。父と母がとんでいく後ろ姿を眺める。最後のひとりは兄だった。
「お兄ちゃんもよろしくお願いします」
そういうが、兄は飛ぶようすがない。どうしたものだろうと訝しがっていると、ジョアンナの目の前にかがんで背を向けた。
「乗れってこと?」
兄は頭を振ってそうだとリアクションした。
「ジョアンナさん、はじめての飛行族の新聞配達、直接自分の目でたしかめたらいいじゃない?エラディンさんにも言っておくし」
ジョアンナは兄にうながされるかたちで、背に乗って掴まった。兄は妹が背にきちんと乗ったことを確認すると、足のばねを使って飛びあがり、そのまま翼を開いて上へ上へと昇って行った。
日が昇る方向に向かってジョアンナをのせた兄は飛んでいく。空は紺色から青色、薄ピングにオレンジ、黄色とグラデーションになっている。
最果ての地の上空から見下ろした鬱蒼とした森の緑の景色も美しかったが、それよりも朝焼けのグラデーションと真っ黒い闇に包まれていた地上が少しずつ形を明らかにしていく景色が印象的で、この光景を忘れないだろうとジョアンナは思った。
明るくなっていく景色をずーっと眺めていくと、ぼやぼやと視界がぼやけていく。鼻の奥から塩辛い水がのどに流れていった。想定していた現実ではなかった。でも、世界はこんなにも美しかったのだと思うと泣けてきた。
―――第五部 新しい新聞配達員 完――――
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