【備忘録/短編小説】若きコンノアカネの悩み
大切な時期を迎えていると思う。
想いが記憶から消えてしまったり、無きものとしてその純度の高い感情が葬られてしまわないうちに
残しておかなければと思っている。
私と同じように、
会社員をしながら、
でも創作者としての道もないだろうかと考えていて、
女性でアラサーなんだったりしたら
よりわかってもらえるかもしれない。
もしくは、その年代を過ぎた方々も、
あーそうそう私もそうやって悩んだわーなんて懐かしく思ってもらえるのかもしれない。
残し方として、より自然体で表現できる方法として
スピンオフといいますか、書いている連載小説のキャラクターをそのまま動かすことでしたためたいと思う。
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数日前、紺野あかねは29歳の誕生日を迎えた。
ラスト20代。
これまで真面目に目の前の仕事をこなし続け、
大変なこともあったが、腐らず働いてきた。
そして自己実現のため、仕事だけではなく自身の目標に向かって努力をしてきたつもりだ。
怠けたわけでもない。気力体力がまだ若いからこその多少の無理もした。
でも、
30歳を目前にして、現状の在り方が思考停止状態ではないのか?
そう懐疑的になっていた。
先日、大学時代の友人の結婚式に参加した。
結婚する、子どもが生まれる。
そういうライフステージの変化が起こりやすい年代ではあるものの、
そのライフステージの進め方や、そもそものあり方は多様性を帯びてくる。
待ち時間。旧友たちの近況報告がかわされる。
だいたいメインは、
近々結婚する、最近結婚した、子どもができたという報告が大多数。
仕事何してるの?という話もあるけれど、結婚子どもの話題よりは興味の熱量が弱い感じ。
まあ、そもそも、この場は結婚式なのだから、そりゃまあ、結婚・家族計画がメイントピックになるのが当たり前。
そんな中、結婚・家族計画のトピックを提供することのできない紺野には、かわりに、仕事はどう? キャリアウーマンでかっこいいよねとか、仕事についての話題がふられる。
仕事に邁進しててえらいよねなんて感想を言われるのだけれど、
このめでたい空気の中、仕事のギスギスとしたストイックな話は興ざめなので、あまり話をふくらましたくないと紺野は思ってしまうから、あいまいに笑う。
「あ、そうだ。紺野といえば、小説。小説いまでも書いてる? 投稿してたりしてる?」
旧友は、紺野が作家志望であることを知っている。
「うん、やってるよ。まあでも、それが世に出るとは限らないってのが難しいところよ。才能の世界。現状、趣味の領域を出ないよね」
「いやいや、続けてるっていうことがすごいよ。紺野の作品が世に出てるの見てみたいもん。いまでも毎朝、書いているの?」
旧友は、紺野が何に情熱を傾けているのかを知っている。創作活動に情熱を向けているのだということを。
たしかに、会社に出勤する前、早起きして、新人賞へ出す小説の原稿に向かうなんてことを数年していた。
だが……
「最近は毎朝ってわけではなくなったかな。仕事忙しくなって、体力が続かなくなっちゃって……」
気力体力の頭打ちと、年々増大していく仕事の責任。仕事へ自分のリソースの大部分が割かれている。
仕事を言い訳に、夢への努力が足りなくなっていることを突きつけられて痛みを感じる。
「でも、週末は向き合うようにしてるよ。緩急というか。公募だけじゃなく、ネットにあげるようになったね」
でも……と言葉が続くのが、なんか言い訳じみているなと紺野は思う。
「まあ、最近バズるとか、ネットで話題でデビューとかあるもんね」旧友が言う。
「ははは、まあそこまで、話題の創作者じゃないってのが。まだまだやなあってとこかな。ほんとに、ひっそりほそぼそ」
「てか、ずっとあかねに作品見読ませてよって言ってるやん」旧友のひとりが言う。
小説を書いていると言って、作品読みたいと返事をしてくるパターンは二つある。
その話題の空気にあわせて、読みたいとお世辞で言っているけど、さほど関心がないパターン。
自分の知っている友人がどんな作品を書くのか、本当に関心があるパターン。
お世辞のパターンだとなかなか読んでくれないのと、読まなあかん義務という、めんどうなもの押し付けられたなという困惑が見える場合もある。
だから、
本当に興味がある人だけを見極めて、作品を渡したり、投稿しているサイトを教えることにしている。
冷たいとは思わない。プロでもないアマチュアの文章や作品なんてそんなもんやと紺野は思う。
教えたところで、つまらないと思われることもあるだろうし。
作品を読ませてと言ってくれた友人からはお世辞の色が見えなかったので
後で教えることにした。
紺野といえば、作家志望。どんな仕事を普段しているかより、そのキャラクターで旧友の印象に残っていて、作家志望な紺野を応援したいと思われていることを感じるにつけ、
やはり、紺野のアイデンティティなのだなと改めて思うに至る。
めでたい休日が終わって、
日常のピリピリした平日が始まる。
上司との面談だ。
部長の峰本と1対1で面談だ。
「さて、現状の目標達成状況と、あと残り半期の計画を聞かせてもらおうか」
半期ごとにある面談の場。
終わった半期の評価をしつつ、残り半期の目標設定面談が行われる。
給与と賞与がそれによって、判断されるということもあり、
上司部下、1対1の真剣勝負である。
「上半期の紺野の評価は悪くはない。ただ、俺の期待はデカいから、もっと励んでほしい。そう考えると残り下半期の目標設定、これじゃ甘いんじゃねーの? もっと数字いけるやろ??」
世の会社は、従業員に甘くない。そう簡単には評価してくれないし、使えない奴へのジャッジは厳しい。それは給与や待遇という形で跳ね返ってくる。
使えない奴というレッテルを貼られないように、成果を出す。
先々のことを考えて、仕事を効率的にこなして結果を出すと評価される。
作家志望の紺野は創作時間を何としてでも捻出したい。
そう思って、早め早めに仕事をこなし、年間のハードルを多めに飛び越えていくと、
おまえはまだまだできるはずだから、もっと頑張れと、どんどんとハードルを上げられ、数を増やされる。
「いやいや、そうは言ってもですね。個人プレーだけ求められてるんやったらまだいいです。でも、チームを見ているんで、その労力も念頭に入れていただかないとですね、フェアじゃないですよね」
「ほお、それじゃあ、おまえのマネジメントがどれくらいのコストかかってるんか、説明してもらおか」
そういう問答をくりかえし、
長丁場にわたる上司部下の真剣勝負が行われる。
峰本の高すぎる要望と、紺野の現実的な能力+仕事以外の事情による打算とを戦わせて、
落としどころ、当初の想定より少し引き上げられた目標を設定させられる。
会社は従業員に優しくない。便利な駒は使えるだけ最大限の効果で使いたいと思う。
便利な駒はそれをいかに、利用されるだけじゃなくするか。
その戦いだ。
また、仕事を言い訳にして、創作時間とエネルギーを削られるかもしれないと紺野は歯噛みした。
真剣勝負のトピックがようやくおわり、この長丁場の面談の幕引きが見えているはずだと思っていたところ……
「紺野、俺が聞きたいんは、本音の部分や。これからのキャリアのな」
新たなトピックがぶっこまれる。
ピー、延長戦のホイッスルが鳴る。
「本音を知りたいというからには、俺の本音から話さなあかんな」
もう、負けてもいい。早くこの試合を終わらせたい。
「いろいろ浮上している問題を解決するためには、構造やら組織やら人員編制を変えなあかんわけよ。俺はそれをずっと考えてるわけ。そこで思うんは、紺野、おまえがもう一つステージを上がって、1チームと言わず、複数のセクションやチームをまとめるくらいになって、要は、課長になったらいい。そのための高い目標や。おまえはもっとできるはずや」
「……そう評価してくださっているのは嬉しいですが、私にはそんな責任に見合う覚悟などないです」
「みんな最初はそう言う。でもやってみたら、それを達成した快感やら成長やらがあるぞ」
イケイケどんどん上昇する快感や成長をこの会社に私は求めているのか? 否。
バリキャリを目指しているわけじゃない。
ただ、食い扶持を保てれば御の字、それだけの仕事を効率的に終わらせて、少しでも自己実現にむけて創作活動にコミットしたい。
私の本音はそれだ。
紺野は思う。
「峰本部長のお考えはわかりました。またここで働いて7年目です。会社の空気感もわかっているつもりです。その期待、空気感、理解するのと、応えたいと思うのとは別問題です」
この会社で勤めている以上、
たとえばライフステージの変化などなく、病気とかそういう事情もなく、
ただまじめに仕事をこなす独身駒としてならば
もっともっと仕事しろ、責任もてと言われるだろう。
もちろん、ただでではない、それに見合う待遇になるのかもしれない。
それを、紺野は望むのかどうか。
峰本は失望したような表情になって言う。
「まあ、こんなこというと、ジェンダーなんたらとか言われるんかもしれへんけど、女性やもんな」
峰本の表情は少し柔らかくなって、
たぶん、結婚出産などの事情を部下は考えているのだろうと思い巡らせているように見える。
紺野の現状には、まだ関わらない話だ。でも、そのトピックは都合がいい。
「女性のキャリアは慎重にならざるをえませんからね」
と紺野はあわせて言う。
「逆にいうと、それはチャンスでもあるぞ、女性のキャリアを考えやすくしようと、仕事の内容やらやり方など、おまえが画策すればいいだけの話やからな。ほら、ゆうみちゃんもそういう立場やろ。あとに続く者もでるやろうし」
ゆうみちゃんとは、女性管理職で、結婚もして、家庭と仕事の両立を実現させ、社内体制も変化させようと第一線で活躍している先輩だった。
(現状、女性の第一線活躍組で家庭と仕事の両立のできている事例がまだ少ない)
たとえば、この会社でその社内環境を変えてやろうという気持ちに紺野がなるかどうか、それにエネルギーを使いたいと思うかどうか。
否。
同じくエネルギーを使うのならば、もっと小説や文章やら創作活動をしたい。
「本音の話でしたね。正直言うと、最近違う環境も調べてみたいと思うようになりました。この会社の働き方しか知らないのもどうかと思いまして」
「転職か。転職こそ慎重にならざるをえんぞ」
そう言って、峰本は自身のキャリア変遷やら、転職履歴を話したあと、転職に失敗して出戻ってきた社員の話をした。
転職を考える社員に対して、まあ、待てや、落ち着いて考えてみよとストップをかけるのは当たり前の反応だ。
「転職をすぐすると言っているわけではありません。他の選択肢を調べ知ったうえで、残るなら残る、他へ移るなら移ると決断したいんです」
「なんや、普通やな」
峰本の答えに、紺野はムッとする。
「ああ、普通や、その年代、そう悩むんが当たり前や。当たり前の感覚や。ほんで、もう少し聞きたいんやけど、おまえのやりたいことってなんや? おまえのやりたいことはこの会社ではできひんのか?」
「文章書いたり、そういうコンテンツにかかわることがしたいんです」
文章とぼやかして言ったのは、なんとなく、小説家になりたいと言ったら、現実の見えていない小娘と峰本に思われるかと思ったからだ。
「おお、コンテンツか、それこそ、外身ばかりのわが社に足りん内容やん。おまえがコンテンツをつくればいいやん。そうそう、いろいろ言語化が足りんと思ってたところや」
「コンテンツつくる環境をここでしたいとは限りません」
「なんでや」
「会社の空気感。センスの問題です」
上司の前で、会社を直球でディスっているなと思ったが、仕方ない。だって延長戦の疲労困憊状態だ。
「かっかっか、センスか。それは否めないな。それを言われるとどうしょうもないわな」
峰本が豪快に笑う。
それから、峰本は、文章を書きたいのやったら、マニュアル文書を整備したり、社内報をつくったり、そもそも会社のPRをしたらいいんじゃないかといろいろと文章にまつわることを具体的に提示した。
しかし、どれに対してもピンときたリアクションをしない紺野に対して
峰本は言った。
「おまえのやりたいと、おまえのむいてるは別かもしれんけどな。俺が思うに、本業のサポート職より、取引先や他セクションとの交渉力や調整力はあると思うで。それにその仕事をしているほうがおまえも楽しそうやし。そう考えるともっと、おまえには上にのし上がってもらいたいもんやねんけどな」
やはり、峰本は峰本が思うビジョンのとおり便利に紺野という駒を動かしたがっている。
「やりたいこととむいていること、そのおりあいつけるためにも、可能性の模索はしたいんです」
「せやな、おおいに悩め。それがその年代の普通の感性や」
「もちろん、そのうえでこの会社にいる限りは自分の職責に見合う努力は引き続きしていきますので」
「おお、せやな、励んでくれ」
試合終了のホイッスルが鳴った。
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備忘録のためとはいえ、
少しでも作者本人が楽しんで書きたいがゆえ、
あえて、キャラクターを動かしてみました。
紺野と峰本が登場するのは
この連載小説です。
この紺野より数年早い紺野の物語はこちらから
『あしたの転機予報は?』
峰本の登場シーンは
「あしたの転機予報は? #10 」
で本作にはまだまだ出番がない。ので、今後にこうご期待。
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