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【コンプレックス女子たちの行進】第4話ー自分探し中女子 メグミの場合ー

第4話 自分探し中女子 メグミの場合

「ごめんね、その日は別の予定があるんだ」
あてにしていた、ケイコに断られてからどうしようかなぁとメグミは悩む。
知り合ったD社の人に、飲み会しようよと言われていたのだ。
ケイコの都合がつかないのであれば、別の女の子を探さないと。
まあ、時間はあるし、いろいろ声をかけてみよう。

数週間前に、メグミは勤めていた会社を辞めた。
自分は、会社員に向いていないなあと思う。どうも、始業時間と終業時間が決められていて、その時間は会社のために、仕事するしかない、その拘束時間が苦痛でならない。
そんなこと、当たり前っちゃ当たり前なのだが、
どうも自分は必要に迫られて仕事をするということができない。
生活費を稼がなきゃという切迫感がどうもない。

小さいときから、友達から羨ましがられた。
「メグちゃん家は広くて、なんでもあって羨ましい~」
実家が裕福であるということは幼いころから自覚があった。
働く楽しさや意義が感じられないと、ただ給料を得るために労働するということはメグミにはできない。
実家が太く、恵まれていたけれども、その恵まれすぎた環境で育った弊害というものも感じることがある。
それが特に、社会にでて、働くようになると、面白いと思えるような仕事などあまり多くはないし。一日8時間拘束されて、一カ月でこれっぽっちしか稼げないなんて思ってしまうと、どうしても真面目に仕事することがばかばかしく思えてしまうのだった。
そんなこんなで、メグミは働いてしばらくしてから、辞めたくなり、会社を辞めてはブラブラして、また気が向いたら、どこかに就職をしてと繰り返すようになった。

仕事をせず、日中は何をしているのかというと、
お気に入りの「カフェ カッティ」に入り浸っている。
先日まで勤めていた会社の近くにあるカフェで、昼休みによくランチセットを食べに行っていた。
カッティでは、マスターとその奥さんが2人が店を切り盛りしている。
パスタの固定メニューが何種類かと、週替わりランチ、ちょっとしたケーキがラインナップとしてある。こだわりのコーヒー豆も販売されており、カフェ利用ではなく、コーヒー豆だけを買いにくる客もいる。
店内に入るといつもコーヒーの香りが漂っている。
会社を辞めてからは、混み合うランチの時間帯以外に行くことが多くなった。
店内が比較的落ち着いている時間帯にメグミがカッティによく通うようになって、マスターともよく話す機会が多くなった。その時間帯は奥さんは仕込みなのか買い出しなのかで出かけているときで、メグミはカウンター席に座って近くにいるマスターと、とりとめのない話をした。
マスターは、メグミが以前とは違う時間帯に来店すること、来店頻度が高くなっていることに対しては何も深掘って尋ねることはなかった。
店内には世界地図のポスターが貼ってあり、そこに、店内で販売しているコーヒー豆の原産地がどこなのかが記されていた。
マスターは若いころ、世界各国を旅をしていたようで、訪れた国の話をしてくれる。
マスターがコーヒーを淹れる間、マスター自身の一人旅の話、どんな国でどんな人と出会ったか、海外の旅でヒヤッとしたエピソードなどを語ってくれる。メグミ自身も金銭的な余裕があるからこそ、仕事を辞めている間にふらりと海外旅行にいくことがあった。
「海外旅行は場所によっては危険ととなり合わせだからね。めぐちゃんも気をつけるんだよ」
マスターはそう言った。
「ねぇねぇ、マスター、海外放浪していた人生から、一転して、身を落ち着けてカッティオープンするまでの流れのエピソードを教えて~」
「それはね、コーヒー農園でとある少年と出会ったことにはじまるんだが……」
マスターから語られるエピソードは起伏があり物語が展開するので、いつも面白く、聞き入ってしまう。事実が語られる中に多少の盛った話やフィクションも含まれているような気がするのだが、マスター自身の話術が優れているからか、そんなことはどっちでもいいと思える。
コーヒーの芳醇なかおりと、適度な暖かさに保たれた空間、マスターのバリトンボイスがメグミを異世界へといざなってくれる。


「……それが、カッティオープンするまでの経緯。僕の越境の物語なんだ」
マスターがエピソードを語り終える。コーヒーがすっかり空になっている。
「……えっきょう?」
最後の言葉が意味のある言葉としてうまく脳内で変換できなかったので、メグミは聞きなおす。
「そう、越境。境界線を越えること。人生のステージを進めていく際には、みなが何か越境をしているんだよ。いままで見えていた、所属していた世界やステージから、別の世界やステージに行くからね。その間に身のまわりの試練や変化が起こりやすいけど、その状況を越境だと僕は考えているよ」
「越境か……。たとえば、海外旅行をたくさんしていると越境しやすいってことにはならないの?」
「まあ、国境自体は超えているから、そういう意味の越境はあるかもしれないけれど。僕が言いたいのは人生のステージが進んだり、世界が広がったりすることのほうの越境だよ」
「それってどうやったら、できるのかな?」
「めぐちゃん、興味ある? 越境の仕方は人それぞれだし、一概にこうすればいいとは言えないけど、本人が次のステージや世界に進めるんだという強い意志がないと、越境のチャンスは引き寄せられないんだよ」
「強い意志か……。私には無理かも。仕事さえも長続きしないし……」
マスターは空になっためぐみのカップを見て、おかわりいるかどうかを尋ねた。メグミは、じゃあ今度は違う豆でと言って注文する。
マスターがまたコーヒーを淹れ始める。コーヒーの芳醇な香りが漂う。
「…まあ、働くことって、何も会社勤めするだけでもないからね」
「そう思って、マスターみたいに素敵なお店をつくれるのもいいなって思ったり、でもそれは憧れだけで、強く○○のお店を出すという気持ちがあるわけでもないんですよね…」
「まぁ、お店を続けるって大変なこともあるからね。最初は憧れから始まってもいいけど、継続していくには、強い意志が必要だからね……」
「そう。やっぱりお店を持つことはできないなって思って、それじゃあ、他に何ができるかなって考えるんです。他にも、わたし、絵を描くの得意だから、漫画書いてみようかなって思ったこともあったんです。でも、物語を考えられるわけじゃないなって思ってこれも違うなと思いました。それから、手先が器用なほうだから、何かを作って売ることができないかとかいろいろ考えてみるんだけど、どれもピンと来なくて…」
「……越境するために、橋を渡すのか、扉を開くのか、いろいろ次の世界に行くための出口を探すのが人生だからね」
「それがなかなか難しくて、同じところを行ったり来たりしているんです……」
「なるほどね。そのあーでもないこーでもないと同じところを行ったり来たりしているのがめぐちゃんが越境するための行動そのものかも」
「そうなんですかね~」
マスターのよいところは、メグミを励ますような言葉をかけてくれるところでもあった。
マスターが淹れてくれたコーヒーを飲む。
「あ、ちょっと酸味があっていい感じかも」
「それはよかった」
マスターと話していると、メグミは、こういう男性とお付き合いしたいなぁと思う。渋くて、大人で包み込んでくれるような。マスターが結婚していなかったらよかったのにと思う。
そしてマスターみたいな人と出会えたなら、それ自体が越境なような気がするのだけどと、メグミは思う。
そんなことを考えていたら、
「マスターみたいな人とどうやったら出会えるんですかね?」と心の声がそのまま出ていた。
「え、ぼく?」
マスターは笑いながら、
「僕みたいなのは、若いときは、世界各国ふらふら気ままに旅して、安定感や手堅さがなかったからね。いいターゲット層ではないかも」
マスターは自分の若いころを想定して話したけれど、今の年代のダンディで大人の男性の魅力で醸し出す雰囲気だからこそ好きになるのかもしれないなあとメグミは思う。
話がひと段落して、外出していたマスターの奥さんが帰ってきた。やっぱり奥さんがいるんだよなあと、メグミはため息をつきたくなる。
メグミがいつも素敵だなと思う男性は年齢的なこともあるのだけど、大多数が既婚者だった。
それは仕方ないことなのかもしれない。
自分が同年代の男性をなかなか好きになれなくて、一回り以上年上の男性を求めてしまうのは、子どものときに足りなかった父性というものを恋愛感情と一緒に相手の男性に求めてしまうかもしれなかった。
メグミの実家は確かに経済的には恵まれていた。
でも、父親との思い出がほとんどなかった。父は、家に年に数えるほどしか帰ってこなかった。めずらしく家にいるときに、父親に相談したとしても求めるような回答は返ってこない。
困ったことがあると父親に伝えたとして
「じゃあ、それを解決するためにいくらいるんだ?」
金銭的アプローチに変換して解決したことにするのだ。
本当はもっと、父親と血の通ったやりとりをしたかったのだ。
金銭的に困ることがない、恵まれた環境の代償として、ひんやりと冷たい家庭環境になってしまったのだとメグミは思う。

メグミはカッティに戻ってきたマスターの奥さんに尋ねる。
「そういえば、お客さんでもいいのだけど、わたしと同じくらいの年代の女の子で出会いを探している子っていないですかね?」
「あら、めぐちゃん、出会いのハブになってるのね」
それを聞いたマスターが
「めぐちゃんが、人と人が出会う、出会いのハブになっているのなら、それがめぐちゃんなりの越境なのかもしれないよ」と
先ほどの話の続きをする。
「めぐちゃんの強みは、いろんな人とつながれるネットワークとその柔軟性なのかもしれないね」

現在メグミにいろいろな飲み会のお誘いが何故くるのかというと、数年前、めぐみが20代前半だったときの友達の影響が大きい。
その友達はよく飲み会の幹事をしていた。
出会いが欲しいと言えば、じゃあ、男友達の声をかけてみるよと言って集めた。また同年代の男友達だけでなく、めぐみが一回り年上の大人男性と知り合いたいと言えば、その年代の男性グループを集めてきた。
めぐみは、その友達の広いネットワークが不思議で、どうしてなのか尋ねた。
するとその友達は笑って、「いや簡単なことだよ」と言って説明をしてくれた。
その友達曰く、若い女の子というだけで、お金を払ってでも、飲み会の花として参加してほしいというニーズがあるらしい。
そういう要望を集め、若い女の子はお金がほしさに参加するという仕組みだという。
友達はそのネットワークの運営に関わっていた。
若い女の子に参加してほしい男性と、お金が欲しい女の子の互いのニーズがマッチする。またそのグループの連絡チャットがあった。一時は、メグミも呼ばれるがままに参加していた。
飲み会に参加するだけでもらえる参加代、タクシー代やそのほか何かお手当など。女の子は若さを武器に金銭を得るのだった。しかし、こういうものは何事もタダというわけではない、それなりの見返りというものが求められるものである。
金銭感覚が崩壊し、普通の恋愛ができなくなる女の子もいるという。
メグミは20代前半のころ、そのような活動も社会経験だと思って、参加していた時期もあった。
たしかに、メグミにとっては好みの年上の男性と出会えるチャンスだった。でも、お金を払える立場と若い女の子というブランドの取引という構造がどうにもなじめなかった。
また他の女の子のようにお金がほしいから参加するという動機もなかった。少しだけ参加して、そのような活動からは距離を置くようになった。
当時、出会った女の子と、男性の一部の気の合う人だけ、プライベートな付き合いが継続し、それから、出会い目的の「飲み会を企画してよ」とか双方から言われるようになっていった。金銭の発生するマッチングではなく、ただただ飲み会の企画をするのがメグミの現在だった。
仕事も長続きしないから、仕事で忙しくなりすぎるということもなく、結婚をして恋愛市場から離脱することのないグミは、出会いのハブとしてちょうどよい存在だった。
昔、友達がやっていたことをマネして、メグミは現在、出会いの飲み会の企画をしたり、友達集めをしていた。
ケイコとも飲み会で出会った。
ケイコはメグミと正反対のタイプだ。ケイコは今やっている仕事が好きで、自分の力で稼ぐんだと言う。そこまで、夢中になれる仕事に出会えている彼女は羨ましいと思うし、タイプは違えども、憧れの生き様の女性だなと思って、仲良くなっている。
自分の好みの男性に出会いの飲み会で出会えなかったとしても、そんな女友達が増えるのであれば、メグミにとって収穫だと心から思う。


マスターの奥さんが、出会いを探している女の子のことを思い出したのか
「そういえば、さっちゃんが、日々出会いがないって嘆いてたね」と言った。
カッティの常連の一人らしい。
奥さんからメグミの連絡先をさっちゃんに教えてもらうことになった。
それから、ほどなく、
「はじめまして、サチコです」
とメッセージがきた。
それからサチコとメッセージのラリーを繰り返し、D社との飲み会はサチコと行くことになった。
こんな思ってもいなかった新しい出会いというのも楽しいと感じる。

それから、メグミが、会計を済ませてカッティから出ようとすると、それと入れ替わりのように、カッティの扉が開いて新しい客がやってきた。
マスターは「あー、リョウタくん、久しぶり」と男性のほうに声をかけた。
「あ、マスター、前回の豆めちゃくちゃうまかったです。また新しいものがほしくて」
そんな会話を聞きながら、メグミはカッティーを後にした。
暖かいカッティから出ると、外は冷たい風が吹いていた。
メグミはマフラーをぐるぐる巻いて、冷たい風から身を守った。
マスターが言うように、自分にはいろんな人に出会うことでしか、次のステージや世界に行くことしかできないのかもしれない。
仕事が長続きしなくても、飢えてしまうようなことはない。たしかに実家には冷たい風が吹いていたが、金銭的に困ることがないというのは、厳しい社会で生き抜いていくためには大きなアドバンテージではある。
そこは、家族に感謝しなければならない部分ではあるよなぁと思う。
自分探しをずっとし続けていて、もうすぐ30歳になるのにもかかわらず、生き方が定まっておらずふらふらとしているのは、情けないなあと思いながらも、それがありのままのメグミであることを受け入れることから始めるしかない。
そんなことを思いながら、
メグミは、年末年始に向けての飲み会ラッシュとメンバーのアサイン作業をする。
飽きっぽく長続きしない自分でも、たんたんとできること、それを大切にしていきたいなと思ったのであった。



……「自分探し中女子 メグミの場合」のお話はここまで。
メグミと知り合いになったサチコの物語に続く。


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