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【短編小説】カウンターから見えた彼、彼女

度重なる営業時間制限に疲れ切っているバルのカウンターで、久しぶりに入ったシフト。

店長があんまりシフト入れれなくてごめんねと謝った。

いえいえシフト入れてくれるだけでありがたいですと答えた。お店も大変だろうに気づかってくれる店長を心配しつつ、準備していた。

「いいニュースがひとつ。ご予約が1組」

一時は閑古鳥が鳴いていた店内も、様子を伺いながら、ふらりと入るお客様が少しずつ出てきた。
たぶん、お客様も自粛モードの連続に疲れ始めているんだろう。

顔を覆うマスク、テーブルやカウンターにあるアクリルボード、遮るものは確かにあるのだけど、
このまだ微妙な時期にお店に来てくれるお客様との距離はいつもより近くなった気がする。

「ミクちゃん、カードお願い。ご予約の方は森田様」
わざわざ予約してくれたその一組に心をこめようと、
”ご来店いただきましてありがとうございます。ごゆっくりお楽しみくださいませ。よいひとときになること心から願っております”
ウェルカムカードをしたためて、スリットをいれたコルクにカードを挟み、カウンターに置いた。

しばらくしてやってきたのは、二十代後半くらいの男女。

カップルといえるくらいの近さはなく、かといって職場の同僚というような親しみもなく、緊張感を漂わせていた。

予約していたカウンター席につき、荷物を荷物置きにおいて、一杯ずつ頼んだあと、二人は特にすることがなくなったのか手持無沙汰で絶妙な沈黙が訪れた。

グラスのビールを出したあと、ふたりはやっと、ぎこちなく「では乾杯と」静かに言って一口飲んだ。

一口飲んで、少し緊張がほぐれたのか、女性のほうが沈黙を破った。

「森田さんって言うんですね」
彼女はウェルカムカードに手を伸ばして言った。

「あぁ、そういえば、苗字お互いに知らないですもんね」

「あ、わたし、竹下です」

「竹下ゆりえさん」
彼は記憶に刻むかのようにフルネームで言った。
「森田遼太郎さん」
彼女もそれに続いた。

お互いにフルネームを呼び合っているおかしさに、ふふっとふたりで笑った。

「いや、ゆりちゃん、りょうくんのままいきましょ」

「こういうウェルカムカードいいよね。ほっとする感じ」
「そうだねー」

いろいろと準備で動いている間に、カウンター越しにふと目があったとき、ゆりさんは会釈してくれた。

グラスのビールが少しずつ減っていくごとに、最初のよそよそしさはなく、ふたりは打ち解けていった。

ずっと聞き耳を立てているわけではなく、準備の合間に耳に入ってきた会話の断片から察するに
なるほど、このふたりはマッチングアプリで出会ったふたりのようだった。
今日が初対面だが、それまでメッセージでやりとりをしていたようだ。

お互いの出身地の話、仕事の話、休日何しているかの話、プロフィール上、メッセージ上ですでに知っている情報を確かめながら、ふたりは会話している。
会話が進むにつれて、お酒も進み、つまむ一品一品も消えていく。

りょうさんは、ゆりさんのグラスの空き状況を気にしながら、次何飲む?と尋ねた。それをアシストするように、わたしはメニューを差し出したりした。

カウンター越しで見ている感じ、会話が盛り上がっているのももちろんのこと、食べたり飲んだりするペースもあっているし、なかなか相性がよさそうに見えた。
それに美味しそうに食べて、もう一杯と頼んでくれるのも気持ちのよいお客様だった。

このふたりに好印象を抱いていたからこそ、このふたりにとってこの時間がいいものになりますようにと願った。

そんなふたりの基本情報の交換を終えたあと、本題に入った。
ふたりは数杯もう飲んでいた。

「結構、いろんな人と実際に会ってみた?」
ゆりさんがりょうさんに尋ねた。

「いや、さほど、数人かな? ゆりちゃんは?」

「わたしも、数人だけ。この時期に会うっていろいろハードルがあるじゃない。お互いの危機意識のレベルとか」

「まあ、たしかにねー。不要不急の最たるものだもんね」

自粛モードで困っているのは何も飲食店だけでなく、出会いを求める男女もそのようだ。

「いい人いた?」りょうさんが尋ねる。

「んー。一期一会って感じ。りょうくんは?」

「俺も似たようなもんかなー、なかなかやりとり続かないよね、自然消滅って感じ」

「そう、このすぐに会えるってわけじゃない感じ、よほど気が合わないと続かないよね。相性って難しい」

「理想が高いんじゃないの?」

「気が合う人を探してるだけなんだけど笑」

りょうさんが、お手洗いで席を立ったあと、ゆりさんは、チーズをつまみワインを飲みながら物想いに耽っていた。

しばらくしてりょうさんが戻ってきたあと、ゆりさんは会話の続きを始める
「恋愛のドキドキを求めるのと、将来を一緒にとホッとできる人を求めるのとは違うんだなとは思ったね」

「悪い恋愛でもした?」

「ドキドキはたちが悪いよね。そして何も実にならないっなって。性急じゃなくてゆっくり育める感じがいいなって」

「あ、友達から発展っていいよなー」

「まーこの年齢になってくると、みんな落ち着いてくるから、そんな友達なんて減る一方だけど。てか、りょうくんこそ友達多そうだから、チャンス多いんじゃないん?」

「いや、そんなこと。俺モテないよ。振られるからね。5年付き合った元カノに、将来が見えないって振られるし」

あー、元カノ話って女の子嫌なんじゃないかなーって、おせっかいにも思いながら、カウンター越しでは黙って見守るしかなく。

「……元カノ」
ゆりさんが、小さく呟く。あぁ、そんな話聞きたくないよね。
なんで、男の人はすぐに、過去の元カノ話を安易にするのかしら。それも長く付き合った元カノ話なんてたちが悪い。

そんな風に心配しながら、ゆりさんの顔を伺うと、
ゆりさんは何かに気が付いたように、はっとした顔をして

「あー!写真! あのプロフィール写真、彼女と一緒に撮ったものでしょ?」

マッチングサイトのプロフィール写真のことをゆりさんは言っている。

「え、いや、なんでわかるん? ひとりでしか映ってない」
さすがに元カノと一緒に撮った写真だったものだとバレたのが気まずいのかりょうさんが慌てる。

「そりゃわかるでしょ、デートスポットらしき場所が背景なのと、トリミングした隣にだれかがいるんだなってわかるし」

「こわっ、探偵みたい笑」

「でも、その表情が優しくて好印象だったんだけどな。好きな女の子相手だとこんな表情するんだなって」

慌てていたりょうさんの顔の緊張感が緩み、
どことなくいい雰囲気が漂った。

それからふたりはデザートを食べながら、
ここいったことある? ここ行きたくない?と ふたりの近未来の話をしていた。
いい雰囲気が続くところ、隣のカウンターでひとりで飲んでいたおじさんが、会話に横入りしてきたから、
いい雰囲気がくずれないだろうかと心配していたものの、ふたりはにこやかに応対していた。

お会計をすませ、
ふたりがお店からでていくその姿を見送ると、来店したばかりのぎこちない距離からすこし縮まり、それでも互いに触れ合うほどでもなくて。

今回が一回目のデートとするならば、
幾多の一期一会と同じではなくて
不要不急といわれようとも、二人で会う機会が増えていってほしいなと願った。

その後の真相を知る由もないが
次の二回目につながるよい場を提供できたのならば
お店としてこんなにうれしいものはないと思った。





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