あしたの転機予報は? #25 サッカー観戦としゃぶしゃぶでの解説
以前、水上さんに断られたサッカーの観戦を
佐々木、嶋ちゃん、私の三人で行った。
チケットは4枚、本当は三戸さんもくるはずだったのだけど、
当日、三戸さんは風邪でダウンしてしまった。
サッカースタジアムの最寄り駅で待ち合わせした。寒い日だった。
「冷えますねー、今日」
佐々木がグズグズ鼻を鳴らしながら言った。
「え、佐々木も風邪なの?」嶋ちゃんが、うつさないでよとぼやく。
「やー、体調不良でも来ますよ、観戦は」
佐々木はサッカーファンのようで、年に何度もスタジアムにきて観戦するようだ。
「じゃあ、熱狂すれば、体温まるんじゃないかな」
スタジアムでのスポーツ観戦は初めてだった。私はわくわくしていた。
チケットで入場したあと、
スタジアム近くの売店で温かい飲み物と、キックオフまでの腹ごしらえに何を買おうかねと迷いながら時間をつぶした。
「あ、私ら、サッカー初心者だから、解説よろしく」嶋ちゃんが言う。
「へいへい、おまかせあれ」佐々木が答えた。
解説者としての期待に応えて、佐々木は、私たちに説明していく。
このプレーのどこがすごかったか、この選手の見どころはどこか、監督の采配の狙いはとか。
さすが、よく観戦にくるくらいのサッカーファンらしく、解説の話が面白い。聞き入ってしまった。
これだけ聞くと、佐々木、すごいなと思うところなのだけれども、
肝心のサッカーの試合の結果はというと、0-0で動きがなくつまらない試合だった。
つまり、唯一の楽しみが佐々木の解説だったということなのだ。
佐々木のような目の肥えた観戦者じゃない、嶋ちゃんと私は、
いつまでたっても点が入らない試合の単調さとスタジアムの寒さで、じっと見続けているのがつらかった。
試合終了したあと、私たちはそそくさとスタジアムをあとにした。体が冷え切っていた。
「あ、水上さんら、楽しそー」佐々木がスマホを見ながらつぶやいた。
LINEグループに写真が流れているようだった。
水上さんが、この観戦の誘いを断ったのも、ゆうみさん達含む社内の有志のメンバーでバスケをするという先約があったからだ。
定期的にバスケをして体を動かしているらしい。
有志バスケグループに入ってはいるものの、今回はサッカー観戦を優先した佐々木はLINEグループが見られるというわけだ。
どれどれと、佐々木のスマホを覗いてみると、バスケメンバーの集合写真が写っていた。運動後の爽快感で水上さんは無邪気に笑っていた。
この笑顔いいなあと思いながら、そっか、ゆうみさん達の約束を優先したんだなということを思い知って落ち込んだ。
「LINEの通知がなりやまないっすねー」佐々木が言う。
バスケメンバー達は体を動かしたあと、忘年会がてら、わいわい飲みにいくらしく、その盛り上がる通知が鳴りやまないらしい。
「佐々木も、バスケにいっとけばよかったって思った?」
ネガティブな気持ちで、私は佐々木に尋ねた。
「いえいえ、全然。バスケは定期的にやってますから。今回いかなくても。それより、この試合でラストプレーだった○○選手見れて良かったですもん」
「そっか、ならよかったけど」
「僕らもどっか、飲みにいきますか。体凍えてますもんね。あたたかいものでも」
そして、私たちはしゃぶしゃぶと温野菜が楽しめる店に入った。
落ち着いたところで、三人は乾杯した。
「なんか、このメンツで集まるって珍しいよね」嶋ちゃんが言った。
「あ、あの、紺野さんが酔いつぶれて僕ん家きたとき以来っすね」佐々木も続ける。
「うわー、黒歴史、ほじくり返さないで…… その節はどうもお世話に」
佐々木、嶋ちゃんがどんまいどんまいと言った。
「紺野ちゃん、仕方ないよ、失恋で落ち込んでたんだから」
「え、そーなんですか?」佐々木が尋ねてくる。
「いや、別にそんな大したことじゃなくて、好きだった人が結婚したってことを聞いて落ち込んだだけよ」
「あー、なるほど、それは辛い」佐々木が共感する。
「大したことあるよ、だってずっと好きだった人だったんでしょ?」嶋ちゃんが言う。
「付き合ってたんですか?」佐々木は重ねて尋ねてくる。
「ううん、そんな関係じゃないよ。私が大阪にいたときの友達。大阪に帰るときとか、相手が東京にくるときとか、たまに連絡をとるくらいで。私が一方的に好きだっただけ」
そう言ってしまうと、流れ星のことは本当に大したことのないようにも思えた。でも……
「なるほど、具体的な関係性があったというわけでないけれど、好きだという気持ちの収集がつかなかったわけですね、長い間」
サッカーの解説のごとく、佐々木の分析がそのとおりだと納得するものだった。
「そうやって一途に思える相手っていいなー」嶋ちゃんが言う。
「あー、わかります。わかります。不毛だと頭で分かっているのに、どこか何かきっかけがあるんじゃないかって期待する部分があるから、長引くんですよねー」
佐々木も自身の経験に心当たりがあるのか、深く頷いている。
「そうそう、まったく接点がなくなれば、早めに諦めついてたかもしれないのに、中途半端に接点あるし、例えば、別に付き合っていた人がいてて、その人と別れた時に相手から連絡があるんよね。じゃあ、もしかしらいつかタイミングあるかもと思ってた。アホやなぁと思うんは、そのタイミングまで、自分のできること仕事頑張ろ、そしたら、ご褒美にそういうタイミングがくるかもしれないなんて思ってて。でも、結局相手は別のいい人見つけて結婚しちゃってるんだけど。ほんまにあほよな」
「いやー、わかりすぎます。相手の気まぐれに惑わされるってやつですね」
佐々木はそう言いながら、具材を入れていく。
「見切りをつけるタイミングが大事ってことかあ」嶋ちゃんが言う。
「とりあえず、肉食べましょか」
そう言って、三人は薄い肉をぐつぐつ煮えたお出汁にさらして、食べていく。
佐々木は細い体のわりに、いい食べっぷり。よく食べるねえというと、食えるときに食わないと損ですからねと佐々木は答える。
「最近、肉ばっかりですよ。水上さんに呼ばれてのご飯もたいがい肉っすね」
「へえー、やっぱ仲がいいんだね」
「水上さんもストレス溜めてるから、僕と山下みたいに子分引き連れてのときは、肉を食べてストレス発散させて、愚痴ってますよ。あの人、板挟みばっかりだから。仕事場では気を張っている分、僕らだけやと油断するんでしょうね」
「男三人のときは恋愛話とかするの? 水上さんの色恋話とか」嶋ちゃんがウキウキしながら尋ねる。
「んー、水上さん、キャラがキャラだから、軽口で合コン、おまえらよりモテたなとか冗談とばしてますけど、ガチなのは煙にまきますからねー」
「あれ、水上さんって彼女いるんだっけ?」
「いや、今いないはずですよ。こないだも、呼び寄せられて、何が悲しくて、誕生日、おまえらと過ごさなあかんねんって言ってましたからね」
「え、好きなタイプとか」嶋ちゃんの弾丸質問が続く。
「頑張ってる子が好きって言ってましたね。たしか。弱みとか隙にキュンとくるらしいっすよ。水上さんいわく、頑張っている人、強がっている人こそ、弱みや隙があるってことらしいっすよ」
肉をしゃぶしゃぶしていると、佐々木と目があった。
そして、ふと、あの夜更けた飲み会で、水上さんに肩を抱かれ、髪を触られていたときに佐々木と目があったことがフラッシュバックする。
「そういえば、紺野さんの好きなタイプは?」
しばらく、佐々木と嶋ちゃんと続いていた会話のラリーから、ボールがこちらに投げられた。
「……好きなタイプかあ、そうやなぁ、タイプっていうか、心細いときとか、弱っているときとか、タイミングよく守ってもらえたり、優しくされるとやばいかも」
「ははは、そうやって紺野さん、チャラい人の餌食になってきたってわけっすねー」
「え、チャラい人だからなのかなあー」
チャラい人がタイプっていうのは、納得はしたくない。
「チャラくない側の僕から言わしてもらうと、そういうタイミングを目ざとく見つけて、チャンスを逃さないからチャラい肉食獣なわけっすよ。普通はなかなかできない芸当っすよ」
解説者、佐々木の言うことも、納得できるので、うーんと考えこんでしまう。
「紺野さん、今、弱ってるってことだから、注意したほうがいいですね。それにお酒入ると紺野さん隙だらけだからなー」
佐々木が笑う。
お酒の失敗を見られている佐々木には何も言えない。
「ねえ、佐々木、チャラいじゃなくて、真面目な人がいいんやけど」
「女のひとはみんな言いますよね、真面目な人がいいって。でもその大多数の真面目な男どもをつまらないとかいう場合多いですからね。そしてチャラい肉食獣がかっさらっていきますからねー」
「ああ、恋愛の心理だねえ」嶋ちゃんがつぶやいた。
それから、しゃぶしゃぶを頬張りながら、恋愛論的なトークを繰り広げ、他愛のない話に終止符が打たれてから、会はお開きになった。
…to be continued