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小説未満 新作小説創作途中中継だよ⑧

小説を書き進めていくと
確かに物語は進んでいくんだけど、
はたしてこれは面白いんだろうか・・・と不安にもなる。
それでも一度はじめた物語なので
きちんとピリオドを打てるように進めなきゃなと思う。

とりあえず、一度ざっと書いて
気になるところはまた加筆修正すればいい。
そう思いながら進めている。

久しぶりに長編小説を書いているから、
ああ、そうそう、こういう感覚だ、執筆中は。と思い出す。
書いている途中は、思っているように筆が進まないなと悩む部分も、逆にだーっとかける部分もあり、手ごたえの揺らぎが常にある。
それでも、自分の頭の中で思いついた物語の世界は、小説の中に具現化していかなきゃなと思う。

だいたい最初に思いついていた構成が、書き進めていく中で変化しちゃう。
キャラクターが自由に動きだしたり、生まれるはずではなかった新キャラが登場したりと、描く予定ではなかったシーンが差し込まれたりする。
そう、世界が変化していく中で、さてどう組み立てるか、どう物語にしていくかをうんうん悩んでいるのです。
最終的にきちんと整理したい。それまでどこまで時間が残されているんだろう……。

とりあえず、
悩むことも含め、楽しみながら〆切までに
物語を終わらすことを目標にがんばります。



前回書いたのはここまで

「深夜のお散歩ですね」リアナが言った。
フィリッポの工房から出て、メインストリートに出て、メインストリート沿いに歩いていく。昼間は人の往来が激しくガヤガヤと騒がしいのだが、今は町が寝静まって、シーンとしている。
「印刷所って、こんな夜更けに動いているの?」
「そうなんですよ。朝刊として、これが各地に配送されますからね」
「その原本からどうやって、同じ新聞ができあがるの?」
「それはね、印刷所で働いている複写術を使える魔法族たちが、この原本を必要部数の紙に複写しているんです」
「複写術……?」
「そう。複写術の使い手の魔法族のおかげで、印刷出版業も発展してきたのよ」
「魔法族っていろんな術が使えるんだね。師匠に聞いたことがあるんだけど、タランティー国のパチェイをつくるためには、魔法族がつくる色気粉を調合する必要があって、それは魔法族しか調合できないみたい」
 エラディンがタランティー国の銘菓パチェイについて話していたことをジョアンナは思い出していた。
「そうね。でも、魔法族も様々な種類の魔法を使える強力な魔力を持つ魔法族は多くはないそう。だからこそ、自分の得意な術に特化して仕事にしていることが多いみたい。あの印刷所には、複写術に長けた魔法族が働いているのよ」
 印刷所に到着し、リアナが勝手口のベルを鳴らした。すぐ横の小窓が空き、フードをかぶった人が顔を出した。
「どこの新聞社、発行日と部数は?」
「ピソ職人新聞社、明日の朝刊として2000部」リアナが答えて、原本と報酬を包んだ紙を渡した。
 フードの人は、手元で紙幣を数えて「あい、お疲れ様」と言って、小窓が閉まり、内側でぴしゃりと、カーテンを閉められた。
「え、中って見せてくれないの?」ジョアンナは期待外れに思って尋ねた。
「ええ、そうなんですよ。複写術に関してはどういう風にされているのかは秘匿情報みたいでね。わたくしもこの建物内部がどんな風になっていて、どれくらいの魔法族たちが働いているのかわからないですよ」
 では、戻りましょうかと言ってリアナは来た道を戻り始めた。
「今日あったこと、秘匿情報じゃなければ話を聞きますよ」リアナはジョアンナに向かってウインクした。
 ジョアンナはフッと笑って、リアナ姉には隠し事できないなぁと言って、ベラッキオに言われたことと、それに対してジョアンナがどう思ったかについて、話した。リアナはうんうんと相槌を打つだけで余計な言葉を差し込まなかった。
最後まで話を聞いたあとでリアナは言う。
「言い方が下品であるものの、ベラッキオさんの言うことも一理あります。われわれは、ジョアンナさんが故郷に帰られないことをいいことに、あなたの能力を自分たちの利益のために活用してしまっているという側面は、ないとは言えません」
「そんな、師匠やリアナ姉が私をいいように使っているなんて、全く思ってないよ」
「あなたがどう感じるかではなく、構造としてそうなってしまっているという話です。だからこそ、あなたがこの世界で生きていくために、我々のためだけでなくて、自分のできることを活かしてみる道を追求してもいいのです」
「そんなの嫌だ。わたしは師匠やリアナ姉と一緒に新聞社の仕事がしたい」
「それを聞くと、エラディン様は喜ばれるでしょうね。でもね、道は一つじゃないんです。成り行きにまかせて自分の生き方を定めるやり方もあるでしょう。いや、自分はこの道に行くんだって決意して茨の道であろうとも自分の決断に責任を持つというやり方もあります。または、どちらもまじりあったやり方もね。目の前に現れる分かれ道を自分で決めていくことが人生ですしね。自分で決断するにしてもいろいろな判断材料がほしいと感じることもあるでしょう。その判断材料はたくさんの人と出会うこと、たくさんの経験をすること、たくさんの世界を見ることから見つけられることがあるでしょう。エラディン様もわたくしも、その手伝いならできるかもしれません。そういう観点でこの新聞社での仕事を利用してよいと思いますよ。そして、この道がすべてだと思わなくてもよいのですよ」
 リアナの語りは静かだけれども確かにジョアンナの心の中に優しい波紋をひろげていく。
「ありがとう。ちょっと元気出た。人生何周目かって思うくらいのリアナ姉の言葉の説得力だね。そういえば、リアナ姉っていくつなの?」
「ふふふ、レディーに年齢をきくものじゃないですよ」
「えー、教えてよー」
「年齢は数字でしかないですからね」
リアナがジョアンナの自宅につくように歩いていたからか、いつの間にか、ジョアンナの自宅に着いていた。リアナがじゃあこれでと言って、帰ろうとしたから、ジョアンナはもう少し話したいと引き止めた。

 扉を開けて、暗闇の中ジョアンナな慣れた足取りで移動して、いくつかのランプに火をともした。真っ暗だった部屋に火が付いたランプの数が増えていけばいくほど、部屋の輪郭を映し出した。
「絵を書くのがやっぱりお好きなんですね」
 しまった!とジョアンナは思った。いろいろ描き散らしている絵が置きっぱなしだ。ピソ作りの手元の絵、夢でよく見る空の絵もあるが、フィリッポの横顔が描かれた絵がたくさんある。
「いやぁ……これは……」
「どれもやはり上手ですね」
 リアナは、イーゼルに立てかけられた書きかけのカンバスや、机の上に雑然と置かれたたくさんのスケッチを見比べていた。
「ごめん、ちゃんと片付けるから、ちょっとまってて、そこの椅子に座ってて」
ジョアンナはささっと、机の上を片付けて、イーゼルも邪魔にならないように移動する。
リアナは、フィリッポの横顔の絵のひとつをじっと見ていた。
「……心動かされるものですね。真剣に描かれた作品は」
「それは、ちょっとはずかしい……。ばかみたいでしょ。もう結婚したっていうのに」
「いいえ、人を好きになることに悪いことなんてないです」
 はずかしさを紛らわすために、片付けに手を動かし、ごめん、出せるものがミルクしかないと言って、テーブルにミルクをついだコップを二つ出した。
 リアナとジョアンナは向き合うようにして座った。リアナは室内に入って、誰にも見られることがないと安心して、ずっと被っていたフードをとった。金色の艶やかな髪が、ランプの光を反射してきらりと光った。ストンとまっすぐな髪から、少しとがった耳の先が突き出していた。ジョアンナも後頭部に止めていた髪留めを取った。広がったのはリアナと対照的に黒く癖っぽい髪だった。
「髪留めつかってくれているんですね。嬉しい」リアナが言った。
オリーブグリーンのガラス細工と金細工が施された髪留めはリアナが以前に使っていたものだった。
「その金色の髪についていたからすごく様になっていたんだけど、わたしがつけても、そこまでの見栄えにならなかったんだけどね……」
「そんなことないですよ。お似合いです」
ミルクを一口飲んで、一息ついた。
「この町にきて、ほとんど記憶がない状態から、少しずつ話せるようになって、この世界に適応しようとしてきたんだよ。師匠やリアナ姉ももちろんだけど、一緒に暮らして一番身近にいたのがフィリッポだった。フィリッポがピソづくりしている様子や気配を感じながら、時折歯を見せてニカっと笑ってくれる笑顔を見ていると、いつの間にか好きになっちゃっていたんだ」
「フィリッポさんいい方ですからね」
「少し前のまだフィリッポと一緒に工房で暮らしているころの話。そろそろ、一人で暮らしたらいいんじゃないかって師匠に言われたんだ。工房は狭いし、作業もしているから落ち着かないだろうって言われてね。数年一緒に住んでいるし、今更そんなことないって言ったんだけど、師匠がいつの間にかこの家を手配してて、引っ越すことになってね。この家に引っ越したら引っ越したで自由に自分の空間ができたので、それは嬉しかったんだけどね。引っ越してから、しばらくしたらフィリッポが結婚するって聞いたの。驚いちゃって。でも、ああ、そういうことかって」
「そうですか。それは寂しかったですね」
「別に、どうこうしようとかそういうのは何も思ってなかった。ただ好きだった。そうか、この工房じゃなくて、別に帰る家があるんだって思ったらね……」
「初恋は叶わないことのほうが多いですからね……」
「……リアナ姉は、好きな人いないの?」
「久しくそんな感情を抱いていないですね。故郷を離れて、あなたのようにこの世界での新しい出会いと仕事に夢中でね」
「結婚を考えたことは?」
「……結婚ね。わたくしはそこまで関係を深めることができなかったですね」
「ずっと一緒にいたいと思った相手はいたの?」
「そうですね。一緒に過ごす時間がかけがえがなくて、この穏やかな時間がずっと続けばいいと思う相手はいました。故郷に川のはじまりの泉があったんです。こんこんと水が地下から湧き出る小さな泉だったの。その泉から流れが始まり、小川ができ、それが山を下っていくにつれ大きな川になっていくんです。ちっぽけなはじまりから大きな世界に広がっていくイメージ、はじまりの場所を感じられる神秘的な場所で、わたくしはそこで本を読んだり、物語を書いたりするのが好きでした。普通は誰も訪れないような場所なのですが、そこにとあるダダビット族の青年が泉の水を飲みに来たのです。わたくし以外にもその場所にくる人がいるんだと驚いたものでした。ダダビット族の青年もわたくしの存在に驚いたようでした。でも何度か泉のほとりで会っていくうちに意気投合しました。青年は自分がどこを駆けてどんな世界を見たか話してくれました。わたくしはわたくしで書いている物語を青年に読んでもらいました。そんな交流があったのです」
「その人がリアナ姉の好きだった人? その人もリアナ姉のこと好きだった?」
 リアナはうんと静かにうなずいた。
「お互い好きなのに一緒にいられないの?」
「……そうですね。われわれには種族の違いという壁がありました。エルフィー族は他の種族のものと一緒になることが許されていないのです。エルフィー族の力は強力だから、他の種族と交わることはご法度だったのです」
「エルフィー族の力って何?」
「……まあ、エルフィー族についての話はここでやめましょう。わたくしにはもう必要のない力なのです。そして故郷を離れた私がその秘密を勝手に話すことはできないのです」
「そっかぁ……。また、その青年と再会できるといいね」
 夜中の女性同士のおしゃべりは、当たりがうっすらと明るくなるまで続いた。

―――第二部 完  (仮)ピソ職人新聞社の記者たち ―――

 ガタガタガタとギャビンにも揺れが伝わっている。
 長旅の疲れから、ウトウトしていたが、大きな石の上の車輪が通ったのだろう、ガタンと上下して目が覚めた。ダダビット族が引っ張るダダビット車の乗り心地は必ずしも良いというわけではないが、遠方に取材にいくのであれば、ダダビット車を活用するのが良い。馬車ももちろんあるが、ダダビット車のほうが馬車より1.5倍速い。ダダビット族の猛スピードで駆けていくので、それに伴う揺れというものは致し方ない。
 2人のダダビット族が、車輪のついたキャビンを引っ張っている。キャビンは最大4人乗りで向かい合うように座席がついている。キャビンにはピッタリとしまる扉がついていて、雨風を凌げるのでありがたい。キャビンの窓や扉にあるカーテンを引くことができて、完全なるプライベート空間として機能するのもよい。途中、宿場に滞在することもあるが、急いでいる場合は夜通し走って移動することもできる。途中、宿場で仮眠をとるタイミングが1度あったが、その後ずっとダダビット車は止まることなく走っている。
 エラディンが乗っているダダビット車とは別にもう1台のダダビット車にリアナとジョアンナが乗っている。長旅ゆえ、ぎゅうぎゅうの状態でとキャビンを使いたくはないし、男女で分ける必要もあったから2台のダダビット車を活用するという贅沢な使い方だ。また今回は人が乗るダダビット車だけでなく、貨物車を引っ張るダダビット車も1台ある。キャビン2つと貨物車それぞれ2人ずつのダダビット族がいるから合計6人のダダビット族が今回の旅に同行している。
 ケラスズ城下町のダダビット族が運営する物流センターに行って、今回の旅で6人のダダビット族に協力を仰ぎたいと言ったら、渋い顔をされた。
「普段のわれわれは、郵便と物流の責任も担っているんだがね。その人数と荷物で6人のダダビット族は多すぎるのではないか。われわれをそう簡単に利用しないでいただきたい」と苦言を呈された。
「マトラッセ王からの命なのです」と伝えるとしぶしぶ承諾してくれた。
交渉の場にリアナもいた。普段はローブのフードを外でとることはまったくないのだが、ダダビット族の責任者のもとに行き、フードを取って「わたくしからもぜひともお願いしたいのです」と言い、腰を少しおり、ローブの裾をスカートのようにみたて軽く持ち上げ敬意を表すしぐさをした。
それまでふてぶてしい対応だったのが、「われわれも頑なな態度をしてしまって申し訳ない。協力できることを協力させていただこう」と態度を一転させた。またキャビンのグレードも上げてくれた。エラディンが交渉したときとは一変した態度だった。あとでリアナに訳をきくと「ダダビット族とエルフィー族は昔から友好関係があるんです。故郷が近いから。困ったときはお互いで協力しあいましょうという絆があるのです」と答えた。別の種族の仲間がいることの心強さをエラディンは実感したものだった。

 今回の旅の目的はいつものピソ職人新聞社の取材旅だけではなかった。違法貿易者の流通ルートを探ってほしいというマトラッセ王からの命令に応える旅も兼ねていた。
 マトラッセ王から招集をかけられたのは2日前のことだ。
ジョアンナが描いた挿絵を記事に盛り込んだ新聞の評判がよく、ピソ新聞社が発刊して以来、はじめて、読者のピソ職人から感想が書き綴られた手紙が届いた。手紙によるとベラッキオのインタビュー記事が興味深かったということと、挿絵があることでイメージがしやすく読みやすいものになっているから、このまま続けてほしいとのことだった。これまで、文字情報のみだった新聞に、突如スケッチのビジュアルイメージが差し込まれたことにより注意を引いたようだった。ピソ職人たちの間で新しいピソ新聞が好評であるという噂はマトラッセ王のもとにも届いた。
エラディンもマトラッセ王との定期的な謁見の際に、スケッチのある新聞は読みやすいし、情報を伝えるという意味ではステージが一段あがったようだなと言われた。
このスケッチは誰が書いたかということを尋ねられ、ジョアンナだと伝えると「ああ、あのとき、エラディンが保護した娘か。次回、一緒に連れてくるように」と興味を持った。
 マトラッセ王は王に即位してからも、謁見する際は、謁見の間や執務室ではなく、書物庫にエラディンたちを呼び出すことがほとんどだった。ジョアンナは城の敷地内にあるフィリッポの工房はなんども入ったことがあるが、本殿に入るのははじめてだった。
「わぁ、ここが王様のいらっしゃる場所なんだ」
立派な柱があり、高い天井の広い空間に、まっすぐにレッドカーペットが敷かれて、その奥に煌びやかな金の装飾が施された玉座が置かれている。
 初めて見る玉座の間に圧倒されているようだった。
「なんか見覚えがあるかも……」とジョアンナがつぶやいた。
「え、いまなんて?」とエラディンが聞き返すと、「いや、気のせいかもしれないし」と答えて黙り込んだ。
玉座の間通り抜けて、いくつかの廊下を通り、書物庫についた。
書物庫の扉をあけると、マトラッセ王がいつものように、各地の勇者から届いた生の報告書を机に大量に広げ、机のまわりをぐるぐると歩いていた。
「おお、来たか。エラディン」といつものように呼び掛けたあと、立ち止まり視線をエラディンからジョアンナに向けた。
「きみが、ジョアンナかな」
「はい。お目にかかれて光栄でございます」
「かしこまりすぎなくても大丈夫だぞ」とマトラッセ王はにこりと笑った。 
 机の上に置いている書類の束から、ピソ職人新聞社を取り出した。
「きみが描いたスケッチは素晴らしいものだ。エラディンから、他のピソ職人からも反響があったということも聞いている。あらためて私からも礼を言う」
「滅相もありません」
「きみのその描く能力は天から与えられたもの。大切に活用するがよい」
「ありがとうございます」
「エラディン、きみが最果ての地の寺院で受けた預言どおりに、彼女を保護したのは正解だったな」
「……えっ。預言?」ジョアンナはエラディンにだけ聞こえるような声音でつぶやいた。
 ジョアンナには最果ての地の寺院の話をしていなかったことをエラディンは思い出した。マトラッセ王の前でその話の続きをジョアンナにすることはできなかった。
「そう、それでエラディンにお願いしたいことがある」マトラッセ王がエラディンに命じたい内容の話を続ける。
「以前に、貿易業をしている貴族の中で、無断でピソをタランティー国に輸出しているものがいるという話をしたな」
「ええ」
「先日も違法貿易をしている貴族を摘発した。貨物を調べると大量のピソが出てきて、あのベラッキオのピソ―ラのピソも含まれていた」
「ということは、ベラッキオも違法だとわかっていながら卸していたということですか?」
「いや、そこまでの裏付けはできていない、ベラッキオのピソだけでなく、他のピソ職人がつくったピソもあったからな。他国へ輸出されるものと認識していない可能性もある」
「そして、その頼みたいことというのは……?」
「摘発した貴族の財産没収をしないかわりに、情報を洗いざらい喋らせた。そこで、その貿易ルート、やりとりをしている取引人の情報が判明した。きみに、その貨物の運び人のかわりになって、その取引人と接点をもってほしい。あとタランティー国の事情についてもきみが一番明るいしな」
「……えっと、新聞社の仕事のほうはどうすれば?」
「あわせてやればよい。貨物の運び人は道中に、ギム畑に寄ってギム粉の荷物を積まなけれならない。たしか、きみが勇者時代にピソ畑の近くのピソ―ラに寄ったことがあっただろう?そのピソ―ラが中継地点に近い。そこを取材すればよいだろう」
「……かしこまりました。いつ出発すればよいですか?」
「急ぎですまないが、今夜から出発してほしい。詳細に関しては取引人とやりとりをしていた貴族から説明させる」
 本当に急な話で困ったものだとエラディンは思う。
「ジョアンナ、ギム畑は、とても美しいと聞く。そのギム畑のスケッチも今回するといい」とマトラッセ王は言った。

 王との謁見が終了してから、今回のことの発端となる貴族に、行程、どれくらいの貨物を運ぶ予定だったか、取引人とどこで待ち合わせしているかなどを聞いた。エラディンは、フィリッポの工房に戻り、リアナにも事情を説明し、ダダビット車の手配や旅の準備を急いで進めた。この旅にリアナ、ジョアンナも一緒に来てもらうことにした。ギム畑近くのピソ―ラで取材をしたあとは、リアナとジョアンナに新聞記事作成の準備に取り掛かってもらうためにケラスズ城に戻ってもらい、エラディンはひとりで取引人と会うという予定で出発することにした。
 旅の準備でせわしなくしている合間に、なんどもジョアンナの視線を感じた。おそらく、預言のことがずっと気になっていて、エラディンに話をしてほしそうだった。
「預言のことだろう?この旅が終わったら話すから少し待ってほしい」とジョアンナに伝えた。

 ケラスズ城を出て3日目の朝に最初の目的地のギム畑にたどりついた。ダダビット車を降りて、地面に足がつくと、前日に少し雨が降っていたからか、土の湿った匂いが鼻孔をついた。
雨上がりの空はすきっと晴れて青色が濃い。気持ちのよい天気だ。青空に映えるように、ギム畑の金色がまぶしい。通常くすんだ黄色であるギムの穂は収穫期になると、輝きが増し
、金色になる。金色に輝くギムの穂は収穫し、少し時間がたつとくすんだ黄色にもどる。そこから石臼などで挽いてできたギム粉はくすんだ黄色の粉になる。
 そのギム粉が捏ねられ生地になり、窯で焼かれるとまた金色に戻るのが不思議だ。太陽の熱がギムの穂の中に溜まって金色になり、またピソの中に窯の火の熱が溜まると金色になるのかもしれないなあと思う。詳しい原理はわからないから、また旅から帰ったあと、フィリッポにきいてみようとエラディンは思った。
 エラディンが乗っていたダダビット車ではないほうから、リアナとジョアンナが降りてきた。ふたりは一面に広がるギム畑をみて、キャーと歓声をあげている。
「リアナ姉の髪みたいにきれいな金色だ」ジョアンナがはしゃいでいる。
「フードを取って比べてみようよ」とジョアンナが言って、リアナが「えー、外だしなぁ」と言って渋っている。それでも、フードを取ると、リアナの金色の髪が風になびき、ギム畑に負けず劣らず輝いていた。

 ピソ畑が広がる中に、ポツンと小屋がある。小屋の屋根には風車がついており、羽が回り続けている。粉ひき小屋だ。ピソ畑ではしゃいでいる女性陣を置いて、エラディンは目的地のひとつであるその粉ひき小屋まで歩いていった。
 小屋の扉は開け放たれていて、風車につながった石臼が風の力でゴリゴリと回って粉を引いている音がした。
「ごめんください。ギム粉の集荷にまいりました~」
声を張り上げて小屋全体に響かせたが、反応がない。お邪魔しますよと断り、小屋の中に入る。誰もいないようだ。入口近くにギム粉の10kg袋が20個ほど置いてある。おそらく、このギム粉を貨物に載せて運ぶのだろう。とはいえ、勝手に運ぶわけにはいかない。
どうしたものだろうと悩んでいると、ギム畑ではしゃぎおわったリアナとジョアンナも小屋に入ってきた。リアナはフードをまた被りなおしていた。
「ギム粉やさん、だれもいらっしゃらないんですか?」リアナが尋ねる
「そうなんだよ」
「奥から、ピソが焼きあがる香りがする。奥に誰かがいるかも」
 ジョアンナが奥と言ったのは、粉ひき小屋から数メートル先に別の小屋があった。煙突から煙が立ち昇っている。
 奥の小屋に行くと、小さな売り場のカウンターがあり、そこに焼きあがったピソが並べられていた。ベラッキオの店で見たピソのように具材がたくさんのっているようなおかずになりそうな派手なピソではなく、素朴でシンプルに焼き上げられた、丸や細長いフォルムの黄色いピソだった。黄色いピソということは、粗熱がとれた状態のピソだ。
カウンターの奥は厨房になっていて、ひとりの男の職人が窯を開け、焼きたての金色ピソを取り出していた。窯からは、粉ひき小屋まで漂っていた香ばしい焼きたてピソの香りがあふれ出していた。
男の職人に声をかけようと、エラディンたちは思うのだが、あまりにもその職人の真剣なまなざしを見ていたら、声をかけて集中を切らすのが悪いような気がした。落ち着くタイミングを待っていようと思ったら、後ろから声を掛けられた。
「いらっしゃいませ。おまたせしてしまい申し訳ないです」
 入口に立っていたのはエプロンを来た女性だった。
「あ、いえ、粉ひき小屋に荷物を受け取る用があったのですが、誰もいらっしゃらずで。ピソの香りにつられて来たんですが……」
「エヴァンデッド商会の方々ですね!お待ちしていました。すみません、タイミング合わず、席を外しているタイミングで……。せっかくこちらの小屋までお越しいただいたんですが、荷物を粉ひき小屋に置いているもので、もう一度一緒にお戻りくださってもいいです?」
 女性はエラディンたちを案内しようとした。
「ああ、そうですね、私だけ粉ひき小屋に参ります。近くに貨物車も置いているもので……。あと、私はエヴァンデッド商会の者なのですが、一緒に来た彼女たちはピソ職人新聞の記者さんたちです」
「ああ、いつもピソ職人新聞をお届けしてくれるところですね!いつも読んでます」と女性が答えた。
「ありがとうございます」ジョアンナが言う。
「お約束してないんですが、こちらのお店についてお話を聞かせてほしいみたいなんです。今ってお忙しいですよね?」
 エラディンは、自分がエヴァンデッド商会の関係者のふりをして、ジョアンナとリアナがピソ職人新聞社の記者であると紹介した。
「えーとそうですね、夫に確認しないとなんですが、今焼いているピソが焼きあがれば、少し落ち着くと思います。それでも、厨房で手を動かしながらになると思うので、その状態でもよければですが……」
 声を掛けてきた販売員の女性は職人の妻のようだ。
 ジョアンナとリアナがピソ売り場と厨房の小屋に残った。売り場から奥の厨房の様子を見学しながらタイミングを待つようだ。エラディンは、女性に連れられて、再び粉ひき小屋に戻った。貨物車を引いているダダビット族に、粉ひき小屋まで来てもらった。エラディンは10kgのギム粉が入った袋を入口にあった20袋ほど、小屋と貨物車を往復しながら運んだ。
「人里離れた場所にピソ―ラを開いているんですね」
 荷物を運ぶ作業をしながら、エラディンが尋ねる。
「ええ、夫も私もこのギム畑の景色に美しさに魅了されましてね。ここで暮らそうと思いました。今日は本当にいいタイミングでいらっしゃいましたね。この季節はギム畑がより美しく輝くタイミングなんですよ」
「本当にすばらしいです」
「夫はもともと別の町でピソ職人をいたんですが、町とあまり相性があわなかったようでね。田舎でのんびり暮らそうかとなりました。このギム畑のそばだったら、ギム粉を生産してそれを販売すれば生計が経つだろうと思って。この小屋を建てました。2階部分は居住スペースだったんですよ」
「そうだったんですね」
「ええ、しばらくはギム粉の販売のみをやっていたんです。エヴァンデッド商会さんも含め複数の商社さんとのお付き合いができて、それで生計をたてられていたんです。でも夫はピソをつくるのが好きみたいで、暇を見つけてはピソをつくるから、私のほうから、だったら小さくてもいいからお店をつくろうかという話をしました。少なくともギム粉を買いにきてくださる商社さんなどはお客様になってくれるだろうからと。それでできたのが奥の小屋です。今ではそこに住居をうつしています」
「だから、この位置関係で小屋が立っているんですね。店を出すなら、通りに面したこの場所が一番いいですもんね」
「ええ、そこまで大々的にお店を展開するつもりではないんですが、食べてくださった方が広めてくださっているのか、商社関係の方以外のお客様もいらっしゃるようになりました。旅の道中に立ち寄られる方、またここから最寄りの町まで馬を走らせれば1時間ほどなので、通ってくださいお客様もいます」
「それは嬉しいことですね」
「ええ、夫の腕の良さが認められているようで私もうれしいです。素朴だけども口の中で広がる優しい香りに、ふわっと溶けるくちどけの良さ。夫の人柄がピソに表れています」
「のちほどピソも購入しますね」
「ありがとうございます。旅の疲れを癒してくださいね」
 エラディンが荷物運びを終えて、女性と一緒にピソ売り場と厨房の小屋にもどると、職人も焼きあげたピソを窯から出し終えて、粗熱をとるために窯近くのラックに金色ピソを並んだ天板を差し込んでいった。
 話しかけられるタイミングだと悟って、ジョアンナが職人に話しかけていた。職人は、ああ、はいと口数少なく答えていた。話しかけられ少し戸惑っているように見えた。
「ああ、そうだ、この小屋を出て、少し畑の方向に行く途中に坂道があります。そこを上ってもらえるとベンチとテーブルがあって休憩できるスペースがあります。いいお天気ですし、ピソを食べていただいたりして、少し待っていただけます?」
 女性が気を聞かせて提案した。
 エラディンたちは、それぞれ食べたいと思ったピソを選び会計をして、外に出て畑の近くのベンチとテーブルに向かった。リアナは「ダダビット族の皆さんの分も含めて多めに買ったので、渡してきます」と言って、ダダビット車が止まっている場所寄ってから来るようだ。
 坂道を少し上って、たどり着いたベンチとテーブルがある高台から見える景色は、金色の絨毯が縦や横になびきながら広がっている。
 ピュオーっと鳥の鳴き声が聞こえたかと思えば、金色の絨毯の上を三羽の影がすっとなぞっていった。ジョアンナはその影を目で追い、上空を見上げて気難しい表情をした。
「こんなに綺麗な景色なのに浮かない顔をしているな」エラディンがジョアンナに尋ねる。
「……あ、いや、なんでもないんです」
 まぁ、いいやとエラディンは言って、ベンチにドカッと座り、購入したピソを紙袋から取り出し、かじった。
「ああ、うまいなー。ジョアンナも食べれば」
「そうですね、買ったピソを少しスケッチしてからいただこうと思います」
 ジョアンナも自分が持つ紙袋から、ピソを取り出し紙袋をテーブルに敷き、そのうえにピソを置いた。カバンから、スケッチブックとペンを取り出しピソを描きはじめた。
「うわぁ、きれい。ギムの穂が首をたれながら揺れているさまも美しいですが、少し離れた場所からギム畑を見るのも見事ですね!」
 ダダビット族にピソを渡し終えたリアナも高台にやってきて、感嘆の声を漏らした。リアナもエラディンのとなりに座り、「わたくしもいただこうかな」と言って、ピソを食べ始めた。
「口にいれた瞬間の香りが素晴らしい。目の前に広がる金色の絨毯もぜいたくですね」
リアナも眼下に広がる景色にため息をついた。
しばらく三人はピソを食べたり、スケッチをしたりしながら、ピソ職人の都合のよいタイミングを待った。ジョアンナはピソのスケッチを終えてピソを食べたあと、一面に広がるギム畑に三羽の鳥の影が映りこむ絵を描いた。そういえば、ジョアンナがケラスズ城に来たばかりのころ、上空から見下ろした構図の絵ばかりジョアンナが描いていたことをエラディンは思い出していた。
「……何か思い出した記憶があるのか?」エラディンはジョアンナに尋ねる。
「……いや、記憶じゃない。なぜかわからないけれど、心に迫る景色で、描き留めたくなった」そうジョアンナは言って、もくもくとペンを走らせた。
「ジョアンナ、今日はインタビューの聞き手をやってみようか」エラディンが尋ねる
「えっ!」ペンをとめジョアンナはエラディンの顔を見た。
「私は今日、ギム粉を運ぶエヴァンデッド商会の運び人と相手に思われているからさ、ピソ職人新聞社の記者としてインタビュー進めてほしいんだ」
「いや、そんな急に言われても。それこそ、リアナ姉がしたほうがより確実じゃない?」
「わたくしはずっとフードをかぶっている兼ね合い上、相手の顔を見て質問をすることができないから、筆記係に注力しますね」
「そんなぁー」
「大丈夫だ、ジョアンナ。基本的に聞きたい質問内容はこの手帳に書いてある」
 エラディンはシャツの胸ポケットから小さな手帳を出し、ジョアンナに渡した。ジョアンナはそれに書かれている内容に目を通して、うーんと唸った。
「難しく考えなくていい。そこに書かれている質問をして、職人が答えた答えから、もしより気になることや、質問したいことが思い浮かんだら深掘って尋ねればいいんだ」
「深堀なんてできないよ」
「まあ、思いついたらでいいんだ。最低限、その手帳に書かれている質問さえできれば問題ない。あとは私が、追加で聞きたいなと思ったら、思わず口を挟んじゃったみたいな感じで聞くからさ」
「……うーん。わかった。師匠の言うことならば。頑張ってみる」
「さすが、我が愛弟子。インタビューだと思って肩肘を張りすぎなくていいんだよ。あくまで、人と人のコミュニケーションだ。相手に自然に湧き出る興味を大切にすれば話は進む」
 ちょうどよい頃合いの時間になったのか、職人の妻がエラディンたちを呼びにきた。
「みなさん、お待たせしました。準備が整ったので、また厨房までお越しいただけますか」
 


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まいこんのおと
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