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シックスマン上等、助演男優賞

【試合結果】
10/13(日) 阪神タイガース
◯10-3
[勝]ジャクソン
[敗]髙橋

◇ ◇ ◇

「いつも機嫌が良さそうだなあ」
新加入の外国人選手、マイク・フォードの第一印象はそんな感じ。

7月9日に入団会見を済ませていたとはいえ、同月18日に行われるZOZOマリンスタジアムでのファーム戦には帯同しないかな……。
なんて思っていたら、試合前のウォーミングアップに早いうちから出てきた。
常に誰かの近くで、リラックスした表情で体を動かしている。いつ見ても口角がきゅっと上がっていて、纏っている雰囲気がやわらかい。

ロッテの新人育成外国人選手、アンディ・マーティンが現れるとすぐに近づいて、優しく声を掛ける。

自分だってチームに加入して10日ほどしか経っていないというのに、相手チームの外国人選手にまで目を配る余裕。
得難いものだと思う。

心の余裕は打席にも現れていた。
もしも誰かに、彼がどんな打者なのかと問われたら
自分のゾーンを持っているバッターだよ、と答えたい。

なんでもかんでも振りに行くタイプではない。
棒立ちから足を広めに開きました、といった具合のシンプルなオープンスタンス。ボールをしっかり長く見たいんだろう。
それもあってか明らかなボール球にはピクリとも反応しない。

彼のゾーンに入ってくると、ゆったり始動する。
投手が足を上げるタイミングで両足を揃えて、ほんの少し足を上げて、そこから急に上半身だけ3倍速になったかと思うスイングの速さ。
そのスピードにうわっ、と驚いていると、パカァン!と弾ける音とともに硬球がピンポン球のようにすっとんで行く。

ZOZOマリンスタジアムでのファーム戦は、外野席が解放されていない。
誰もいないライトスタンドにゴトン、とボールが弾む。

◇ ◇ ◇

一軍における外国人選手の登録枠は限られている。
フォードが来日する前から最大限その枠は使われているので、何かが起きない限りは彼にお呼びが掛かることはない。

8月のとある試合前、ベンチ前で声出しを担当していたのにはさすがに驚いた。
だってこの人、ほんの数年前には大谷翔平の同僚だったんだよ?
そんな選手が日本の国内リーグ、それも二軍戦で、日本人選手ばかりのベンチに混ざって先頭で「さあ行こう!」なんて声を出している。
そんな真摯な姿勢を見て、若手たちから慕われないわけがない。

7月下旬にオースティンがオールスター出場時の負傷に伴い昇格するも、8月初旬に復帰したことで登録抹消。その後のレギュラーシーズン中はファームでの出場が続いた。

チームの順位が確定しない間も、フォードはファームで好調を維持しつつコンディションを整えておく必要がある。
それって難しいことじゃない?ずっとそう思っていた。

結論から言うと、彼の穏やかそうなヘーゼルナッツ色の瞳が曇って見える日は一度たりともなかった。

◇ ◇ ◇

ペナントレースも終盤に差し掛かってきた9月、そして10月。
一軍がAクラス争いになんとか喰らい付く一方で、かたや横須賀軍はイースタン・リーグの優勝争いを繰り広げていた。
フォードはその間も横須賀軍の主軸打者として求められる役割をこなし続け、その甲斐もあり横浜DeNAベイスターズは42年ぶりのファーム優勝を果たす。

つまり、ファーム日本選手権の切符を掴んだということでもある。
会場はひなたサンマリンスタジアム宮崎。
さすがにここまで帯同しないかな、と思ったらやはりしっかり出場。
どこまでもひたむきで、頭が下がる。

リプレイかな?と思ってしまうような二打席連続ホームラン。
一体あなたはどれだけ真面目なの、どこまで頭を下げたらいいんだ。

フォードがホームランを打った時、横須賀軍でいつの間にかおなじみになっていたのがベンチ前の「おじぎパフォーマンス」。
頭を下げたいのは共に戦う選手たちも同じようだ。
律儀におじぎを返しているのがなんとも彼らしい。

フォードの大きな貢献もあり、ウエスタン・リーグの覇者であるソフトバンク二軍を下してベイスターズがファーム日本一のトロフィーを手にした。
入団会見時に「優勝トロフィーを取れるように」と語っていたけれど、まさかこちらのトロフィーとは。

……いや、一軍がCS出場を叶えれば、もしかしたら。
困ったことに故障者も相次いでいる。
彼の力が必要になる日はたぶんすぐそこなんじゃないか。

ファーム日本選手権では優秀選手賞を獲得。
名前を呼ばれてちょっと照れくさそうに歩み出る。

◇ ◇ ◇

6回裏の時点で継投に入り、かつその前のイニングでラストバッターが8番戸柱だったので、7回表の先頭バッターはランナーが居ない状況での代打一番手になる。
おそらくフォードの出番だろうな、と読んではいた。
そして予想通り彼の名前が甲子園のウグイス嬢に読み上げられる。

月に1〜3回はファームに通っていたから、甲子園のバックネット裏を背景にした彼の立ち姿を中継画面越しに見るだけでもなかなか感慨深い。

重ねてきた経験から、ピンチヒッターに求められることをよく分かっている。
初球。ファーストストライクを強振し、ファウル。
3球続いた誘うような変化球には手を出さない。
だってどれも彼のゾーン外だ。
5球目。相手捕手の坂本誠志郎は内角高めに構えていたが、そこよりも少しだけ外寄りにボールが抜ける。
ゆったりした構えから、上半身だけギュンっと3倍速で動き出す。
既視感。

甲子園球場は、野外球場なのに不思議と打球音がよく響く。
3ヶ月前に幕張で聴いた音よりもずっと大きく鳴っているようだった。
そしてあの日と同じように、彼が弾き返した硬球はやっぱりピンポン球のようにすっ飛んでいった。

ホームランのリプレイが終わりベンチ内を中継カメラが写すと、西日に照らされながら少し恥ずかしそうにフォードが笑っている。

彼がシーズン途中で加入してから3ヶ月が経つ。
チーム事情で、その大半をファームで過ごしてきた。
そうした日々を少しばかり見守ってきた者のひとりとして思うことがある。

謙虚でひたむきで、少しシャイなのがフォードの素敵なところだけれど、今日くらいはもっと胸を張っていいんじゃないかな。
この二日間を通して、ベイスターズで一番最初にホームラン打ったのは他ならぬあなたなんだから。
チームに勝ちを引き寄せた、大きな一発。

短期決戦の戦いは、全員が立役者。
CSファーストステージ第2戦、もしも助演男優賞のトロフィーがあるなら私はマイク・フォードにそれを贈りたい。

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