秘密のウォシュレット談義(デ◯ィ夫人風)
あたくし、新しい職場に入って1年ほど経ちますの。幸いなことに、仕事内容も勤務条件も申し分ないホワイトな職場なんですけど、1つだけ難点がございましてね。トイレです。汚いとかそういうことじゃございません。そもそも建物自体がモダンな美術館のような広々とした会社ですの。だからトイレもそりゃ綺麗です。各個室には生理用品まで用意されてますわ。最新式のウォシュレット、人感センサー式で上下する蓋、肌触りのよいトイレットペーパー、清掃スタッフによる細やかな手入れ、と大変行き届いておりますのよ。
ただね、照明が暗いんです。ちょっとラグジュアリーなホテルみたいに薄暗い間接照明。オシャレですけど、これじゃあ冬場に乾燥したアラフィフのあたくしは化粧直しに困ります。どれくらいメイクが崩れてるのか、正確に把握できないんですもの。そして鏡を見ようにも、下から間接照明に照らされるせいで、世にも恐ろしい老けたBBAに見えるんです。ええ、自宅の鏡で見るより60%増でひどく見えますわね。
けれども、実際にあたくしがアラフィフで肌が衰えているのは事実。ある意味、真実を映してくれてると思うようにしておりますわ。仕事机で手鏡を見れば、もう少し明るい照明での確認もできますから、まあ何とかなります。
それよりもああた、問題はウォシュレットです。皆さんトイレを使う時には、一応エチケットとして流水音の流れるボタンを押しますでしょ? その音でごまかしながらウォシュレットを使うわけですわね。それが、ここのウォシュレットは流水音でごまかせないほどの大きな音がするから困るんです。まずボタンを押す。すると、あの筒のようなウォシュレット本体がグオーーーーンと眠りから覚めた獣のごとく大きな音で響く。水勢を増やそうとボタンを押すと、これまた「ピピっ!」と高らかに宣言するような大きな音がする。どうやらこのウォシュレット、流水音とは周波数帯域がまったく違うようですの。ボタンの音が丸聞こえなんですね。ウィーン少年合唱団が美しい高音で繊細にか細くハーモニーを奏でている最中に、いきなりAdoがパンチの効いたサビをぶち込んでくるようなものですわ。「こいつ、普通の水じゃウンコ出ないから勢い強くするってよ」と言ってるも同然じゃございませんか。こんな所で「私は最強」をアピールしてどうするんですか。
そして「ムーブ」なんてボタンを押そうものなら、ずっと「ウォンウォンウォンウォンーーー!!!」と振動音が鳴り響く事態に。ほかの人に聞こえるんじゃないかと恥ずかしくて、おちおちウォシュレットを使えませんの。まるでバイブを布団の中でこっそり使おうとスイッチを押したら、想定以上のモーター音がして家族に聞こえるんじゃないかとヒヤヒヤした記憶がよみがえりそうになりましたわ。
困りますのよ、ほんとに。
あたくし、自慢じゃないですけど家では水勢を最大値に設定しております。それなりに生きてきますと、お尻もちょっとやそっとの刺激じゃびくともしなくなりますでしょ? 酸いも甘いもかみ分け、悲しみも喜びも幾星霜なあたくしの水戸様、もといミスター・ミトは弱い刺激には反応しませんから。そんなやわじゃないんですよ。でも「ウンコしてるってバレたくない」という刷り込み、これは強固なものがございます。きっと小学校くらいで刷り込まれるんじゃないかしら。お友達にからかわれたりね。ですから、いくらツラの皮が厚いあたくしでも、インターナショナルな社交の場で名を知られたあたくしでも、誰もトイレにいないことを確認してからじゃないとウォシュレットを使えないんですの。でも大の予感ってそんなことお構いなしに訪れるものじゃございません? 背に腹は代えられない時もあるのが人生。そんな時、あたくしは覚悟を決めます。潔くウォシュレットを使い、無事に使命を果たし、トイレから人の気配が消えるまで個室にとどまるという覚悟を。
要は「誰が」ウォシュレットを使っているかがバレなければいい。そこにあたくしは気づいたんです。
「誰かがトイレで大をしている」
それは気づかれても仕方のないこと。生理現象を止めることが難しいのなら、「誰が」の部分を隠せばいい。
Mask your identity.
これはあたくしがパリの仮面舞踏会で学んだことでもありますわね。仮面をかぶることで大胆に。デイリーライフからの解放を。こういう知識を日常生活に使ってこそ生きた知恵となる。このことを若いお嬢さんがたにも学んでほしいところですわ。
あらやだわ、あたくしったら。長々とおシモの話を続けてしまいましたわね。はしたなくてごめんあそばせ。
でも思うんですのよ。人種や国籍、性別を超えて共通で語れる話題って、実は「ウンコおしっこ」の類ではないのかしらって。不思議なことに、トイレでの作法って決まったものがないから、親から教わったものに自己流のアレンジを加えたものになるんです。でもああた、それを他人と共有したりなさらないでしょ? だからそれぞれが「当たり前」と思ってる所作が実は変なことだったって、十分あり得る話だと思いますのよ。
あたくしもね、女友達と論争になったことがございましたわ。
「大を拭く時、後ろから前に向かって拭くか、あるいは前から後ろへなのか」
このテーマ、皆がかなり熱くなりました。あたくしは前から後ろへ、つまりミスター・ミト方向へ拭くタイプ。だって、後ろから前だと、大事な部分に雑菌が入るかもしれないじゃない? けれど、後ろから派の友人は「そんなことはない。前から後ろに向かって拭くなんておかしい!」と言い張ってたわね。互いに、自分たちの流儀が標準だと思って譲らなかったわ。これまでそうやって生きてきた、そんな自負もあったんじゃないかしら。相手が気の置けない友人だったら、一度は酒席で話題にしたら盛りあがるかもしれないわ。もちろん下ネタに寛容な人を選んで頂戴ね。それで友人から距離を置かれても、あたくしは一切責任持てませんから。
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