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いつもが ゆらぐ時間のこと

学校とか習い事とか職場とか
馴染んだ空気が出来上がったところに、“新しい人”が入って来た時の独特な違和感ってある。

慣れていた いつも に見慣れない周波数が混ざり込むあの感じ。悪気なくお互いに疲れてしまうあの感じ。誰も悪くはないと分かってる。だけど疲れる、あの感じ。

性格的に平気な人は別として、人見知りであり変化が苦手な世界線の住人である私が
それらが昔ほど苦手ではなくなってきており、どのように捉えようとしているか?について書いてみようと思います。

自分から心を開くとか、仕事場だったら仕事と関係ない話をするとかetc、色々あると思うけれど、今回はそういう事ではなく、
持とうとしている意識に話を絞りたい。

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まずは歳のせいもあるけれど、それを言うとそこで終わってしまうので今回はナシで。

最も意識を向けるようにしているのは、
“馴染む少し先の未来を信頼する”という感覚。

関わる時間が積み上がるなかで、お互いに馴染んだなと思う瞬間を、私達は人生で何度も経験しているはずで、
いまある慣れた仲間との間にも、そういう一連の時間の流れを必要としたはずです。

だから現状の感情よりも、少し先に訪れるであろう新しい人と馴染む未来を先取りして信頼してしまおう!ということです。
そうすることで、新しい人と関わる時間の中で感じるソワソワを飼い慣らしつつ、ストレスをなだめすかしつつ、平常心を早めに取り戻す選択をしているのですが、個人的にはその辺りが功を奏しているかな、と感じています。

ソワソワはしているんですよ、いつもと違うというストレスも感じてる。しつこいけれど人見知りで変化が苦手な世界線の住人ですからそもそも。
ただ、意識をソワソワに合わせすぎず、少し先の未来に照準をずらしておこうかな、みたいな感じのことをしているのです。
そんなことをしていたら、結果的に昔よりも馴染むのが早くなったかな?と思っています。

ごくごく稀に新しい人との関わりを褒めてもらえる事があったので、私も変わったのか、しかしなんでだと思ったので書いてみました。

なんだそんなことかと思いましたか、いいんですよ、いいんですよ、
そんなこと の積み重ねで、それぞれの私達の今は出来ているのです。

ではまた。

P.S.
ただですね、何度会っても説明できない違和感を感じる相手に対しては、その限りではありませんよ。もちろん(?)

そういう時は、お互いに
“上手く関わっているフリをしておきましょうねぇ私達、おほほ…”と
互いに心をガッチリ閉ざし合いながら、現実では笑顔を向けあってやり過ごしている感じですか、
皆もそうだよね!?ソウデショウ?なんてね。

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