創作バンドの物語(仮)1
「なんで、ギターだけ3人も集まるワケ!?」
時は遡る。
『楓』は、大学の掲示板に貼られたポスターを見ていた。
【V系バンド募集!楽器経験者のみ。興味ある方は2年『凛』まで!】
V系バンド…。
いつも1人でギターは弾いているものの、それを脱することは、なかった。
バンドを組んでみたい気持ちはあったが、そんなコミュ力も、人脈も、技術も何もない。
俺はガチのぼっち陰キャだ。
これは俺にもバンドを組めるチャンスが…?と思うのも束の間。いやいやいや、俺なんかが行ったら絶対、除け者にされる!でも、やってみたいけど…いや、やっぱ無理!
1人で、やりたい気持ちと言い訳を考えながら、かれこれ10分は、このポスターの前にいる。
うううう、どうしよう…。って、こんなチャンスないんだから…でも。
楓はポスターにLINEのQRコードがあるのを見つけた。
と、とりあえず、LINEだけ追加してみるか…。それだけだ。それだけ…。
『凛』のLINEを追加した。
次の瞬間にメッセージが来た。
【もしかして、バンド希望者ですか!?】
【はい】
反射的に送ってしまった。
うわーー!!どうしよう送っちゃったよ!終わったあーーーーー!!!
俺の人生、終わったのか始まりなのか?
時は戻り、募集して集まったバンドメンバーの顔合わせ。
集まったのは…
「なんで、ギターだけ3人も集まるワケ!?」
「俺は知らん」
キャンパスの裏庭の休憩所。
募集主である女子に間違えられそうな見た目の『凛』と、課題を片手に話す長髪眼鏡の『京』。2人とも大学では、なかなか目立つ有名人だ。
確かに3人とも持っているのは、ギターケース。
楓はこの状況が、恐ろしくて仕方なかった。
学校の有名人2人と陰キャが一緒にいていいの…?俺みたいなの、いたら怒られそう…。
この2人は間違いなくモテていた。そのためこの2人に何かあろうものなら間違いなく女子に吊し上げにされる、それだけは避けたい。
「…ねぇ、ねぇ!?聞いてる?ふー???」
「はい!…って、ふう?」
凛が話しかけてきた。
「僕…かえでっていうんですけど…」
「えー?ふうの方が呼びやすいから、ふーね!てか、話聞いてた?これからさ、実力勝負でギター決めるから、とりあえずカラオケ行こって。」
「あ、はい、わかってます!」
全く聞いていなかった。
「まあ聞いてたんなら良いけど。あと、僕らみんな2年だから、楓、別に敬語じゃなくていいよ。気持ち悪いからやめて!」
気持ち悪い。心底ショックだ。だから、陽キャは怖い…。彼なりの優しさなのかな?今はそう思い込ませることにした。
「ほら!京が先に行っちゃった!早く行くよ楓!」
なんでこんな、ドタバタしてるのだろうか。
陰キャの俺は既に、疲れ始めていた。
カラオケにて。
「やっぱり、スタジオだとレンタル代高いし、軽く弾くくらいならカラオケがちょうど良いよねー、歌も歌えるしー」
京はチューニングをしている。どんだけマイペースなんだ、この人もこの人も…。
「京、準備できたー?じゃあ京から軽い自己紹介と演奏をよろしく」
「自己紹介しなきゃダメか…?
…『京』です。氷室京介好きの父親から京と付けられました。好きなバンドは…」
次の瞬間。京のギターが音を掻き鳴らす。
早引きだが、正確。このメロディは、
Bullet For My Valentineの Tears don’t fallだ。
メタルの速さと正確さ。ギターから曲の熱が燃え上がるように伝わる。
熱風が部屋の中を通り抜けるのを錯覚させる。
すっかり彼の演奏に釘付けになっていた。
…演奏が終わった。
「これが俺の好きなバンド。V系の方がメタルやりやすいかと思って希望した。」
「…なかなかやるじゃん」
凛は少し悔しそうにしていた。
一方、俺は震えていた。京の演奏にも、この後来る自分の番にも…。こんなすごいクオリティの演奏先に出されたら、帰りたくなる…。嫌だよ、もうギターのポジションいらないよ…。
「じゃあ次は僕ね!『凛』だよ!
僕はね、XのHIDEさんの様な、アーティスティックで、美しい人になりたくてV系募集したんだよ!京に対抗して僕も早引きで頑張るね!」
誰に向かってか分からないウインクを投げつける。
凛がギターを持った時、表情が変わった。
さっきまで女々しさを感じられた面影は無くなっていた。今は虎の様な勢いを感じさせる演奏をしている。
曲は、X Japanの紅。
弦を揺らすたびに、赤く染まる情熱を感じさせられる。雄叫びを上げる虎。
可愛い姿とのギャップに釘付けになる。
凛の演奏が終わった。
「…正直、京には負けるの自分でも分かってるよ。でも、僕はギターを通してHIDEさんの跡を継ぎたいんだ!…とまあ、僕の演奏はこんな感じ。」
凛が座ってギターを下ろす。
ここで俺がこの2人よりすごい演奏を出来たらヒーローだ。だが、そんなことは断じてあり得ない!なぜなら俺は、メタルなど弾けない。ハードロックやパンクばかり引いてきたからだ。
「じゃあ次は、楓かな?」
「俺、負けでいい…?」
嗚呼、逃げたい。この地獄から早く逃げたい。この後演奏するとか無理!!!
「そんなの無しに決まってるよー!男たるもの、僕ら本気見せたんだから、勝負せず負けを認めるなんて許さないから!」
「ごめんなさい…」
凛の言うとおりだ。
「まあ、もし、僕らより劣ってるとか、思うなら、そんなのいらないよ。音楽に優劣もないし。引きたい様に引いちゃえ!」
「ここは凛の言う通りだと、俺も思う」
凛と京にフォローされてしまう。
何やってんだ、俺…
「確かに2人の様に上手くは弾けないけど、好きな曲を弾きます。俺、自分を変えたくて、このバンドに応募しました!」
大好きなあの曲。
祖母が亡くなったあの日。泣きながら聞いた曲。気がつけば歌を口ずさんでいた。
[We’ll carry on!We’ll carry on
And though you’re dead and gone, believe me]
(俺らは続いていく、生き続ける
君が死んでいなくなっても、俺の言葉を信じてほしい)
悲しみに暮れながら聞いたこの曲を、魂込めて歌いながら弾いた。
そうだ。俺はここで生きる意味を見つけるんだ。ギターを買ってくれた、祖母の顔が浮かぶ。
My Chemical RomanceのWelcome to the Black Parade。
俺の大事な一曲を魂込めて歌って弾いた。
凛が笑っていて、京も穏やかな顔でこっちをみていた。
演奏が終わって…
「カッコいいじゃん…やるじゃん」
と、凛。
「お前の気持ちは伝わったな」
と、京。
「ぎ、ギターは上手くないですが、ありがとうございます…」
謙遜しながら言うと、
「そうなんだよねー、正確に言うと歌から凄く気持ちが伝わってきたんだよねー」
「俺も同感だ」
2人が嫌な笑みを浮かべている。
すると、凛が綺麗な笑顔で、
「ねえ?ボーカルやってくれない?」
「え、えええええ、俺、ボーカル?人前、立つ?歌う人?」
何故かカタコトになっていた。
「いや、本当に感動したよー。楓には人を感動させる歌を歌える力があるよ!だから、本当に申し訳ないけどお願い!!!」
俺は予想外の提案に、腰が崩れそうだった。ボーカルって、こんな陰キャの俺がメイン張っていいのか…?
そして、どうやら、祖母のギターは役に立たないらしい…
「わ、分かった…」
「よーし!とりあえずボーカル決定!!本当に感動したんだってば!!最高だよ楓!」
「俺も同感だ。」
凛と京は笑っている。
俺の悪い癖。それは、反射的に肯定してしまうことだ。