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結局わたしは誰に尊重してもらいたいのか?

台風が近づいているようですが、わたしの内側でも台風が起こっています。

出来事はきっかけにすぎなくて、それを引き金にして何が湧くのか。内側に起こるのか。

それを見つめるトレーニングを一応積んできた。(それだけではないけれど、だから生きのびてきたと思ってる。)

こんなに気候天候と連動した性質だったかな、、

毎日内側の世界でいろいろなことが起こるけど、人との関わり、わたしは特に恋愛やパートナーシップの分野でのそれらがすっごい(と思っている)。

つまるところ相手や出来事が重要なのではなくて、自分の内側で何が湧いたかなんだな。

いま感じているのは、

尊重してほしい

優先させてほしい

意識を向けてほしい

そんなところ。

こういう時、子どもの頃や胎児だった時の記憶をたどる人もいるだろう。前世をたどる人もいるだろう。

それが癒しのプロセスになることもあるかもしれない。でも、キリがない。

最近は感覚として「あぁ、“尊重してもらいたい”をこの人に当てはめているだけなんだな」と感じる。こんな書き方だととても冷静に捉えられている風だけど、実際はそんなことなくて静かに暴れている。

結局誰に尊重してもらいたいの?と思った時に、

自分だよね?に落ち着いた。

わたしは、誰よりもわたしに、尊重してもらいたい。優先してもらいたい。意識を向けてもらいたい。無視しないで、大事にしてほしい。声を聞き逃さないでほしい。いないように扱わないで。

うえーーーーーーん涙

台風が起こると海の中もかき混ぜられるみたいなんだけど、同じことが起こってるのではないかな、、。沈んでたものが浮いてくる、みたいな。

悲しいとか、切ないとか、苦しいとか、そういうものたちがぐわーっと湧き上がってきて、

これ、体なくなっちゃうんじゃないのかな?って思うくらいの勢いで、そういう感情を味わっているのだけど、

これは、わたしのものではありません!

と、同時につぶやいている。わたしを通り過ぎているだけ。それを感じているだけ。

そういう感覚もある。

とにかく出てくるものを味わい切ろう。


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Mai Kuroiwa
わたしが書くのはごく個人的なことですが、わたしひとりをとっても、いろんな側面があります。ほかの誰かと、どこかの側面で共鳴することがあるかもしれません。みんなすこしずつ重なりあっているのかもしれませんね。