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想像するから怖くなる
どこかにも書きましたが、私は結構ホラーが好きです。
怖い漫画はもちろん、小説や映画もホラー作品には結構目を通してまして、ですから自分には「怖いもの」への耐性があると思い込んでいました。
しかしある日、軽い気持ちで映画館へ観に行った映画が、予想外の怖さだったのです。
ポスターがカッコよかったのと、私の好きなロバート・ゼメキスが製作に関わっているという事で、ウキウキで観に行ったのですが、開始5分で観たことを後悔しました。
「あれっ、これ思ったより怖いぞ…これ最後まで耐えられるかな…?」と蒼白になりました。
その映画はたしか、「ゴーストシップ」というタイトルだったと思います。
この映画をご存じの方で、「それほど怖い映画だったかな」と思う方もいるかもしれませんが、その時の自分の精神状態やなにかが影響してか、妙に私の怖さの琴線に触れてしまったのです。
(以下、映画「ゴーストシップ」の内容について少し触れますが、なるべく重大なネタバレは避けます)
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そんなに怖けりゃ席を立てばいいのに、という話ですが、その時私は妙に意固地になって、そこに居座っていました。
(それに正直、映画代ももったいなかった)
しかし、必死で恐怖に耐えている私をあざ笑うように、謎の幽霊船では次々に怖い出来事が起こります。
(主人公たちも黙って座ってればいいのに、わざわざ動くから怖い目に遭うんだよじっとしてろよ!)
と私は内心で憤りました。
「ゴーストシップ」というタイトルのホラーなんだから、船の中で怖い事に遭遇することはわかりきっていたのに、なぜこれに耐えられると思ってしまったのか?
己の愚かしさを私は激しく呪いました。
しかし、物語の中盤まで来たあたりで、私はこの恐怖に打ち勝つ方法を見出したのです!
さながらサイヤ人のように、精神が限界まで追い詰められた事で、能力が覚醒したのでしょうか?
大袈裟に書いてますが、別段大した事ではありません。
その方法とは、
「起こった出来事に対して、想像するから怖くなるんだ。余計なバックボーンを想像したり、先の展開を想像するのをやめ、目の前にあるのものをただただ、『観察』するのだ」
ということです。
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たとえば主人公たちが血で汚れた古びたプールを発見したとします。
「うわぁ、ここでどんな悲惨な出来事が…?」と想像してしまいがちですが、これはNGです。
「ああ、ここに古い血で汚れたプールがあるな」
これです。ただ目に入ったものをそのまま観察する。余計な想像をするから、怖くなるのです。
食糧庫の缶詰がミミズに変わったりと、気持ち悪いシーンがあっても「うわぁ、どうしてこんな事が」などと考えてはいけない。
「缶詰にミミズが入っていたなぁ」でOKです。理由やメタファーなど深読みしてはいけない。
怖くなるだけだから。
こうして私はこの映画を最後まで観続ける事に成功しました。
(しかし、この鑑賞の仕方はホラー鑑賞者としては失格、映画を制作した方に対してマナー違反だったと反省しています。しかし恐怖から逃れるためにやむをえずした事だと思ってお許しいただきたい)
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なぜこんな話を延々書いたかといいますと、前回の記事で、「若い頃の自分は怖いもの知らずだったなぁ」としみじみ思いだしたからです。
まぁまぁ順調に漫画を描けたのは、最初の三作まで。
その後はどんどん産みの苦しみを味わう事となり、締め切りを過ぎる事も多くなっていきました(当時のジャンプ編集部の皆さま、ド新人が誠に申し訳ありません…!!)
今まで、無知故に突っ走れた事が、「下手に色々な事を知ってしまった」事で、怖くなってしまったのです。
「こんな事を描いてもきっと受けない」「ありきたりと思われる」
今まで言われたマイナスな言葉を反芻し、どんどん勝手に先回りして怖い想像をし、立ち止まってしまうのです。
うれしい言葉もたくさんいただいたのに、己の否定の声の方が大きく、気になってしまうのです。
また、「少しでも良いと思われるものを描きたい」という、ある種の見栄が大きくなりつつあったのも、良くなかったかもしれません。
無知で無欲だった自分を失った代償のように、描くことの苦しさの方が多くなってしまったのです。
おそらく、これは創作を仕事にしている者にとってはごくあたりまえの悩みで、むしろここがスタート地点だったのではないかと思います。
それなのに、こんな初歩の段階でつまづき、乗り越えられなかった。せっかくのチャンスを活かせなかった自分を、とても情けなく思います。
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ちなみに、ゴーストシップを観たのは、もう漫画を描くことから離れ、会社員をしていた頃の話です。
あの時習得した、「恐怖に打ち勝つ極意」を、今こそ使えないかと思っているのですが、なかなかどうして、生来の思考パターンはなかなか変えられずにいます。
いつだって、想像の方が現実の何倍も怖い。
きっと大丈夫、私はあのゴーストシップから生還できたんじゃないか。
そう自分に言い聞かせている今日このごろです。