あの頃の漫画制作よもやま話
作品の思い出話ばかり語ってきましたが、漫画制作に関する記憶もちょっと手繰ってみようと思います。
なにしろ30年前の話ですので、今の時代にはかえってものめずらしい事柄もあるかもしれません。
ジャンプ専用原稿用紙の思い出
たしか、私が投稿した「ホップ☆ステップ賞」では、受賞者に「ジャンプ専用原稿用紙」が届く、という特典があったと記憶しています。
実を言うと、佳作受賞の連絡よりも先に「原稿用紙を送りたいので送り先を教えてください」という電話を、編集部から頂いていました。
ですから、「これは何らか賞を取ったのだな」ということだけは、発表より先に知っていたのです。
(でもどんな賞かまではわかりませんでしたから、もうドキドキで結果発表の載っているジャンプを開いた記憶があります)
件の原稿用紙ですが、クリーム色っぽいやや厚めの立派な紙で、薄い青緑色で基本枠や断ち切り線、そして左下に燦然と輝く「ジャンプ」の文字が。(これらの線は印刷には出ないので自分で定規で測って描かなくて済むのです)
本当に感動モノでした。なんだか使うのがもったいないです、と言うと担当さんが「無くなったら送ってあげるよ」と言ってくださいました。
…ですが、この原稿用紙、実を言うと、ちょっと困った特徴があることが、後にわかりました。ライン部分が筆ペンのインクを弾いてしまって、黒が乗らないのです。
「あの線、インクを弾きませんか…?」と担当さんに聞いたら、「そうなんです、他の先生にも良く言われるんですよ」とのこと。
「そういうものなのか」と納得し、線を塗りつぶす時は油性のペンを使って対応しました。
(後にこの原稿用紙はモデルチェンジし、この点も改良されていた…ような記憶があります)
編集部での打ち合わせの思い出
これは私の作品の打ち合わせではなく、応接コーナーで担当さんを待っていたら、隣のブースでとある連載漫画作品の打ち合わせの様子が、偶然聞こえてきた時の話です。
もしかしたら守秘義務のようなものに抵触するかもしれないので、作品名などは伏せさせて頂きますが、人気漫画の原作者の方と作画担当の先生、そして編集者の三名が、パーテーション越しに「あのキャラ」や「あの技」の名前を出しながら熱く作品を練り上げている様が聞こえてくるのです。「私は今とんでもなく幸運な場に居合わせている!!」とドキドキしました。
先生達は、本当に真剣に、「どうしたら作品がより面白くなるか」を、議論されていました。バトルシーンの回の打ち合わせだったのですが、キャラの立ち位置、このキャラがこう倒れたとして、こう援護すると、もっと熱いんじゃないか、のようなアイディアを出し合って、作品をどんどん練り上げていくのです。
こんな風に熱意を持って、動かしてもらえるキャラ達は幸せだなぁと、心から思いました。
その作品は、今も皆に愛され、たくさんの人の心を熱くしています。そんな作品の制作の場の、ほんの一部でも、垣間見られた事は本当に僥倖でした。
スクリーントーンの思い出
今でこそデジタル作画が可能になりスクリーントーンの処理も簡単になりましたが、当時は手動でトーンを貼ったり削ったりしていました。
トーンは高価ですし、手間もかかるので、そこで時短できるのは本当に良い事だと思います。いい時代になりましたね。
「COMCOP」の締め切りが迫っていた時、私は「カンヅメ」をするために東京に飛行機で向かったのですが、なにしろギリギリまで机に向かっていたので、支度をする時間があまりなかったのです。
「とにかく漫画を描くのに必要なもの!!」と私は手当たり次第に仕事道具をボストンバッグに詰め込み、空港行きのバスに飛び乗りました。
そして、空港の手荷物検査に引っかかりました。
原因は「カッターナイフ」でした。スクリーントーンを切り取る為に使うものです。
私はデザインナイフのようなスマートなものではなく、普通の紙工作で使うカッターを使用していました。
「しまった」と思いましたが、「でも原稿とかを見せたら、仕事道具だと納得してもらえるだろう」と、どこかで楽観していました。
しかし私のバッグから、その後出るわ出るわ、三本ものカッターナイフが出現したのです。
重ねてヤバい事に、そのうちの一本は、工具用のゴッツいやつでした。「まずい、危険人物だと思われてしまうんじゃないか?」と私は青くなりました。
慌てて荷造りした時に、「カッター忘れないようにしないと!」と、目につく度にカッターナイフをバッグに放り込んでいたらしいのです。工具用のやつも、すでにカッターを入れた事を忘れて「カッター見つからない!!これでもいいや!!」と持ってきた記憶もうっすらあります。
しかし、空港の職員さんは淡々と紙袋にそれらの刃物を仕舞い、貨物の方に回すことで処理をしてくださったので、事なきを得ました。よかった。本当にすみません。
ちなみにバッグの中には、腕時計が見つからなかったので咄嗟に壁から外して持ってきた大きな壁時計も入っていましたが、それは何も言われませんでした。
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スクリーントーンで思い出しました。
当時、東京で仕事をする時は、「洋ちゃん」という方に、漫画を手伝ってもらっていました。背景やスクリーントーンの処理、モブの作画もこなしてくれるとても頼もしい助っ人でした。
もう夜明け近い神保町の街を、仕事明けに洋ちゃんと、集英社から宿に向かって歩いていた時の事です。
私は空を指さし、「あの空、グラデーショントーンみたいだね」と、徹夜続きのボンヤリした頭で言ったのです。
そしたら洋ちゃんは空にポツリと浮かんでる月を指して、
「あそこにケズリがありますよ」
と言いました。
二人で笑いました。私の青春の思い出です。