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『あったかい虚空』(吉村のぞみ)を読む
吉村のぞみさん(おもちさん)の『あったかい虚空』を読みました。
私家版でも、そうでなくても、あたらしく歌集が出たとき、まずタイトルが目に入ります。
これまでその瞬間を何度も経験してきましたが、おもちさんの初の私家版が『あったかい虚空』と知ったとき、なんともいえないうれしさと喜びがやってきました。
何度も読んできたおもちさんの作品だからこその、このタイトルのしっくり感。というか、食べもののおもちそのものも「あったかい虚空」なのかもしれない……と食い意地へ移行する前に、感想を書きたいと思います。
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おもちさんといえば職業詠、のイメージ。新人賞の予選通過者にはかならずお名前を見ている気がする。そこで読む歌には、直接やわらかに手渡される作者の目線や心情がある。
仕事と、その仕事に従事する者としての自分をいったん心のなかに落とし込んで、受けとめてから、丁寧に言葉につむいでいくような印象を受ける。
謙虚だとわたしを褒めるひとがいて縁の下からもう出られない
もしかして詩人だろうか課長から出された指示に自然な飛躍
きっと主体はやさしい人なのだろうと思う。
一首目。縁の下の力持ちとして一度受け入れられてしまうと、もう周囲にはそのイメージがついてしまう。たぶん、ちょっと頼まれた仕事を断れずにやってしまう性格なのだろう。
二首目。上の人はよくわからない指示を飛ばしてくることがある。それを「詩人だろうか」と捉えるところに、主体のユーモアが垣間見える。
理不尽なことも受容しながら、ときに割り切り、歌に昇華し、日々の仕事に向き合う主体が浮かび上がってくる。
職業詠だけではなく、家族詠、生活詠もとても魅力的。特に「母」の登場する歌では、家族ならではの絶妙な距離感、繋がりが現れる。
流し場のたわしの位置を直されて母の美学に少したじろぐ
第9回福岡女学院短歌コンクールの最優秀賞の歌。わたしはこれを見て、自分も応募してみようと思い立ったのだった。
長い間一緒に過ごしていても、相手の行動に驚くことは意外とある。ここでは「少し」が絶妙だと思う。完全に距離をとってしまう、ではなくて、自分の母ならまあこういうこともあるか、と納得もしているような。
弟もわたしも抜けて犬だけがふっくらとする母の隣で
実家にはもう「母」と「犬」しかいないのだろう。昔と同じような量の餌を与えつづけているのかもしれない。母も犬も老いていく。「ふっくらとする」にあたたかい眼差しを感じる。
仕事や生活だけでなく、恋愛詠も収録されているのがとても新鮮で嬉しい。
私から告げた別れがあまりにも受け入れられる春のファミレス
貿易のようにあなたの手を取って夏の夜風がいちばん好きだ
一首目「あまりにも受け入れられる」のあっけなさ、「春のファミレス」のまだ肌寒さと暖かさが共存しているあの独特の気候、まるでその場にいるかのように景が浮かぶ。
二首目「貿易のように」が好きだ。「あなた」の手に触れるという行為、心を通わせることそのものが、国と国とが繋がる瞬間にたとえられる。ふたりの間を抜けていく夏の夜風がとても気持ちいい。
最後に。
おもちさんの歌の最大の魅力は、背伸びしない等身大の〈わたし〉を、すっと差し出してくれる素直さだ。
無理な句またがりや字余りなどはほとんどなく、安心感のある定型感覚が、その歌を自然と立ち上がらせているように思える。
現実の生活に根差した歌から見えてくる、飾らない〈わたし〉とその生活に、なんともいえないあたたかさを覚える。
ほどほどの似合うわたしだ大根を送りバントのように構えて
ちょっといいタオルをあげてめっちゃいいティッシュをもらうクリスマス会
日常のささやかな一瞬が、おもちさんの手によって歌になると、そのささやかさが唯一のものとして眼前に現れる。
第二刷も出されているようですので、まだの方はぜひ。クリーム色の表紙と、のほほんとしたイラストがとてもかわいらしい歌集です。
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