可愛いは最強
セミの鳴き声と比例するように学生たちの声も浮き足立っていく。
そんな声も姿も入ってこないほどに、うな垂れる僕。
「どうした?」
さすがに心配した友人が声をかけてくれた。
無言で携帯を見せる。
「この度は弊社の新卒採用選考にご応募いただき誠にありがとうございます。厳正なる選考の結果、誠に残念ではありますが今回は採用を見送らせて頂くこととなりました……ああ、大丈夫だって、まだ夏だし」
「お前はいいよな、もう内定もらってるもんな」
「そうだけど、まだこれからだろ」
「もう何社も落ちてるのに? これから受かる気がしない。もう僕を必要としてる会社なんてないんじゃないか。そもそもこの世の中に僕は必要ないんじゃないか!」
「落ち着けって!」
「あっ!」
「何?」
「バイト! 今日バイトだった、じゃあ!」
「……大変だな、あいつ」
やや飽きれ顔の友人。
走ってバイト先まで来たせいか、余計に疲れてだるい。
ため息をつきながらガチャガチャの補充をしていると、出てきたカプセルトイに一喜一憂している女子高生二人組の声が耳に入ってきた。
「もうこれ、三つ目なんだけど」
手にはパンケーキのミニチュアチャーム。
「いいじゃん、可愛いし!」
いいなあ、悩みとか何にもないんだろうなあ。なんて思いながらぼんやりと女子高生たちを見ていたら、向こうの方からバン!っと強く叩く音がした。
周囲の視線が一気に集まる。
「あーもう、またこれ! なんでだ、なんで双葉ちゃんが出ないんだ!」
怒り狂ったおじさんと目が合う。
頼むからこっちに来ないでくれ! そんな願い虚しく、おじさんは一目散にこっちへ来た。
最悪だ。
「それ、双葉ちゃん入ってるか?」
「えっ?」
「あのガチャ中身少ないから、そろそろ補充するんだろ?」
「えっと……あっ、今日はそちらの補充の予定はないんです」
僕は咄嗟に嘘を付いた。
「なんでだよ! 減ってるだろ? そろそろ入れないとまずいだろ」
「そうなんですけど……」
おじさんの足元にある大量の空のカプセルに目が行く。
僕は袋の中身までは知らない。これでもし補充してまた双葉ちゃんとやらが出なかったとしたら……と考えたら恐ろしくなった。
「何だよ?」
「いや、あの……また別の日に補充しますんで」
「ああ? 別の日っていつだよ? その袋の中身見せてみろ? その中に双葉ちゃん入ってるだろ?」
僕の持っている袋を奪おうとする、おじさん。
「あ、いや、ちょっと」
袋を奪われそうになった瞬間、さっきの女子高生がおじさんに蹴りを入れた。
かわす、おじさん。
驚く、僕。
「何すんだ、クソガキ!」
「最低! ガチャガチャの楽しみ方、全然分かってない! それじゃあ、普通に店で買うのと同じだよ。ガチャガチャの意味ないじゃん。何が出るか分からないから面白いんじゃん」
「そんなことは知ってるよ。こっちはなあ、これだけ回してるんだよ」
大量の空のカプセルが目に入り、引き気味の女子高生。
「……マジ?」
「な、おかしいだろ、こんだけ回して出ないってどういうことだよ? いかさまやってんのか、ああ?」
ヒートアップしたおじさんが僕の胸倉を掴んできた。もはや止めようがない。
「もしもし、警察ですか?」
「おい、ちょっとお前」
女子高生の携帯を奪おうとするおじさん。
その瞬間におじさんに足を掛ける、もう一人の女子高生。
おじさんが転ぶ。
「ちっ、なんなんだよ、お前ら」
なんとか立ち上がり、逃げるように去っていくおじさん。
携帯の画面には「117」の番号。
ハイタッチをする女子高生たち。
「あのー、すみません、本当にありがとうございます」
僕は頭を下げた。
「いいって、いいって。あのおっさんやりすぎなんだよ」
「お強いんですね……」
「まあね」
「ねえ、そんなことよりさっきのガチャガチャやってみない?」
女子高生がいたずらに言った。
一人、夜道を歩く僕の手には双葉ちゃんのフィギュアとパンケーキのミニチュアチャーム。
僕の携帯が鳴る。
「おそろーい」のメッセージと女子高生たちのバッグに付けられたパンケーキのミニチュアチャームの写真。
朝、僕はキッチンに立つ。
フライパンでパンケーキを焼く。
焼けたパンケーキにアイスとフルーツをトッピングした。
女子高生いわく、可愛いは最強らしい。
可愛いにたくさん出会うと自分も最強になれるらしい。
パンケーキも可愛いの一つらしいのだが、僕にはパンケーキの可愛さは分からない。が、こうして作ってみるとなんだか愛おしくなってきた。
折角だからと写真を撮る。
折角だからとLINEで送ってみた。
「いただきます」
口いっぱいに頬張る。
「んー、美味しい」
笑顔のスタンプが返ってきた。