「首長竜の瞬殺」常松結 2021/11/14
VS.首長竜
・日記を書きます。疲れたので短めでいいですか?
・右手と左手でじゃんけんをして、右手が勝ったら短めにしますね。
・ホイ!
・グーとパーで右手の勝ちです。じゃあ仕方ないですね。
・昨日、会社(魔法少女)に赴きました。受付のところでリケちゃんが待っていて、私の顔を見ると「行きましょう!」と元気に言ってくれました。当然みたいな笑顔。
・多分、これから私が嫌なことを言われるのを分かってたんだろうな。だからわざわざ待っていて、横で味方になってくれようとしたんだろうな。
・そういうことを考えながらエレベーターに乗って、私は決めた。
・まずはラインのことを謝った。リケちゃんは「いえ全然!」と手を振った後に、「でも、嫌われてなくて良かったです」と肩をすくめた。私はさらに申し訳なくなって、謝罪を重ねた。何故かリケちゃんの方も謝ってきて、謝罪合戦になってしまった。
・そして「組もう」と言った。あなたとバディを組んで、魔法少女を続けたい。そう伝えた。
・リケちゃんはぴょんぴょん跳ねて喜んだ。エレベーターが揺れていた。
・正直、メリケンサックとロケランの相性は悪い。どちらも基本は近接攻撃だし、いざ撃ち込むとなると敵の近くにいるメリケンサックは邪魔になってしまう。
・でも、いい。この子を逃したら絶対後悔する。そう思った。
・上司の元に着いて、何か言われる前に「この子と組みます」と伝えた。すると上司は用意していた言葉を呑み込んで、「じゃあこれから出れるか」と訊いてきた。頷いて、私は久々に武器保管庫へ足を運んだ。ロケランの重さが懐かしい。そして会社の車で現場まで運んでもらった。
・車の後部座席で並んでいるとき、リケちゃんがしっとりとしたテンションで話しかけてきた。
・前のバディについてだった。考えみれば当然なのだが、新人でもないのにバディ候補になれるということは、彼女もバディを何らかの形で失っているのだ。
・敵に敗れて目の前で消えてしまったらしい。バディの名前を一応聞いたけれど、やはり分からない。その名前はもう、リケちゃんのなかでしか生きられない。
・その悲しみや孤独があるから、私の抱えているものを少しでも癒せると思ったそうだ。気持ちに区切りをつけて、前のバディを忘れるには、一体どうしたら良いのか。次へ進むために自分はどう考えたのか。
・そういったことを聞いていて、私はそこまで孤独じゃないのかも、と思った。
・戦闘について特筆すべきことはない。
・日比谷公園に着いたとき、非可住立方体は大噴水を中心にだいぶ膨らんでおり、何台もの黒い車や警備員なんかが周囲を取り囲んでいた。誰もが緊迫した表情を浮かべて、そわそわとどうにもならないことを囁きあっていた。
・ロケランを左肩にかついで、リケちゃんと並び、立方体の白い壁へと歩いていく。周囲の人間は私の姿を見ると、一安心したように胸をなで下ろしていた。「待ってましたっ!」とか野次を飛ばされて恥ずかしかった。
・立方体の内側では、計6人の魔法少女が敗北して地面に転がっていた。死屍累々の先にいたのは、5メートルくらいの首長竜。陸地に上がってその巨体を晒していた。首をのっそりと動かして、こちらを見てくる。リケちゃんが横で悲鳴を漏らした。
・私はすぐにロケランを撃ち込んだ。
・爆音を鳴らして飛んでいった弾を、首長竜はぱくりと食べてしまった。そして嚥下する。飲み込まれていく弾の動きに合わせて、長い首が波のようにうねる。てらてらと鱗が光っていた。そのまま消化でもするつもりか。
・私はロケランから『リモコン』を取り出すと、首長竜の腹に向けてピッとボタンを押した。
・ややあって、ぼん! とくぐもった破裂音が響く。首長竜の腹が痙攣する。そして口から血を吹き出しながら、長い首は脱力し、地面へ大蛇のように横たわった。
・『リモコン』での遠隔爆破。これはもちろん、スライムの失敗から生み出した戦法だ。
・晃がいなくとも勝つために。
・帰り道、マツキヨでデオコを買った。容器ごと買った。
・そしたらシャンプーじゃなくてボディークレンズの方を間違えて買ってしまった。色で気がつけ~?
・いくら魔法少女として強くても、生活が下手なままではダメダメだなぁと思う。
・これからバリバリ働くつもりだ。会社(IT)も会社(魔法少女)も。身体の調子を早く取り戻したいし、リケちゃんとの連携も実践していきたい。
・全然短めじゃなかったね。右手を裏切ってしまった。
・今日は寝ます。読んでくれてありがとう。