強い自我があった
暴力はなく、過ぎたる干渉と保護・教育など過剰な事を幸せだと思いなさいという時代もあったと思うけど、もうそれは情緒的な暴力。
情緒を無視されているのはネグレクトと呼ぶのか。最近知った言葉、情緒的ネグレクト。
何年か前に機会があって観てもらった算命学。
初めて知って気になって検索してみたら、私は異常干支 辛巳。
強運だったり記憶力があったりは納得できるけど、豊かな環境で育たなかったら異常性が出て苦労しやすいって。
紙一重。
わかる。
小さい時からあと一歩で自分の意識が戻ってこれなくなるなって感覚はあった。一生懸命働いてくれた父に感謝だな。
前にも書いた幼い時から自我がこっそり強かったので、ヒステリーを浴びている環境で友人とも家族とも多く話す事はなかったから、うちに籠っていくばかりで。私は今でもびっしり自分と話しているので、頭の中はびっしりうるさい。一人でいても、静かな時を過ごしてる訳ではない感じ。
最近思うのが、子供の頃に熱望した向こう側が私の現在だなと。
本当にそう思えている。
自由に過ごせる環境でもあり、ただ自分が勝手に縛られていたりするけれど。
楽に楽しくは出来るわけで。
自分の何かスイッチを入れたらもっと楽にはなれるはずという、もうそれでいいんだよと分かってはいる40代で。
ここまでこれるともあまり思っていなかった、自分の未来の親との関係に明るいイメージなんて何もなく。そつなくこなすばかりで。
子育てをして、現在子供ハタチ。
2700gがすくすく育ったように私も育ったのだろうな。
親としてとかじゃなく。
子供らしく生きれなかったところのやり直しだと感じる事は多々あり。
手探りで自分で考えての育児。自分の子供時代も一緒に作り上げたような錯覚もあり、それが治療のようでもあり。
しっかり笑い楽しく過ごし、石や虫探しながら長く外で遊び、おしゃべりをし、色んな経験をし。
楽になる作業なのか、ただの過程なのか。
でもまぁ、明るい方向に進んできたなと思えている。