踏切前の音
予定より遅く目が覚めたところまではいつもの朝だった。時計の針を見て、慌てて支度をする。携帯に次々と届くメッセージに目を通す間もなく家を飛び出し、大学へ向かった。いつもと違うのは私がワンピースを着ていることと、その日が卒業式だということだけだった。
「遅いよ、みんな待ってたんだよ」
笑いながら肩を叩く学友たちにごめんごめんと謝りながら写真を撮る。次はあっちで、今度はこっちで。いつもの校舎前で皆が集まるのはその日が最後だというのに、ちっとも実感がわかなかった。
卒業式、謝恩会、飲み会とイベントは滞りなく進み、合間合間に懐かしい人たちとの再会を果たす。思い出話に花を咲かせ、「またね」と別れて次から次へと現れる知り合いと短い言葉を交わした。
皆と別れた飲み会帰り、最寄り駅からの道をふらふらと歩きながら四年前を思い出していた。
入学式は一人だったのに、たくさんの友達と卒業式に出るなんて、その時は信じられなかっただろう。一人で迎えた入学式後、誰もいない新居へとぼとぼと帰った。バッグに突っ込んでいたiPodからジュディマリが流れる。意味もなく口ずさんだ。
「またね」なんて、嘘だ。
「また」はもう来ない。空き教室で騒ぎながら昼食を食べたり、次の授業の教室を確認したりしないのに。生協のしめったサラダの味や、溜め込んだ出席カードの束ばかり思い出した。これからこの校舎前を通ったとしても、この中の誰ともすれ違ったり挨拶を交わしたりできないのだ。
一つの時代の終わりを感じながら、走る電車の音でふるえる歌声をかき消した。東京で迎える五回目の春が来ていた。
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