京王堀之内駅の喫煙所
「ちょっと、付き合ってくれない?」
最後だから、と私の大荷物の片方を持ったその人は、ロータリー横の喫煙所を指さした。駅の目の前にある喫煙所は、工事中の白いパネルで囲われていた。
先客がいたのか、喫煙所には薄い煙が漂っている。黄色い箱を開けて煙草を吸う一連の動きを見ていた私の視線に気づき、こちらを見てはにかんだ。4年近く一緒にいて、初めて見る複雑な表情だった。
2週間、離れていただけなのに。
充満していた煙草のにおいで気分が悪くなった自分に驚く。一緒に暮らしていたときは、毎日煙を吸っていても平気だったのに。2週間離れていただけで、そのにおいが異物のように感じられた。
髪、ツヤツヤになったね。とその人が言う。
シャンプーとリンス、友達の使ってるから。と答える。
そっか、と言って煙を吐いた。
もうお互い少しずつ知らない人になっていた。
駅の改札で荷物を渡してくれたとき、喫煙所でこちらを見たのと同じ顔をしていた。
最後じゃないから、とその人は涙をためていた。
幸せになって、と私は意地を張った。
どうしたらもっと上手にさよならができたのだろう?
終わらせる勇気がなかった、25歳と24歳の私たち。
もう嗅ぐことのないアメスピの煙が目に染みる。