代官山が遠い

渋谷から一駅という好立地でありながら、とんでもなく遠くにあるように思える。半刻ほどで到着するにもかかわらず、代官山という名前はいつも私を地方の田舎娘に連れ戻す。

共に上京した友人に誘われ、代官山に降り立ち蔦屋書店へ向かう。梅雨の時期、あたりは少し靄がかかっており、そこをますますミステリアスなものにしていた。道すがら芸能人がプロデュースしたお店をいくつもみかけ、憂鬱な気持ちになる。嬉々として店に入り洋服や鞄や靴を熱心に選ぶ友人はまごうことなき”代官山に生息する人間”であり、私が代官山に溶け込めていないという事実を否応なく認識させた。そこにはもう、地元のあぜ道を自転車を押しながら帰った友人の姿はなかった。洗練された人たち、洗練された店、洗練された身のこなし、その全てがまぶしかった。

目的を果たした帰りに、通りの向かいのカフェに入り入口近い席に通される。クリームブリュレの上のカリカリしたところを壊していく快感に集中する中、みっちりブラッシングされたトイプードルを連れたジャージ姿のおじさんが店に入った。「すみません、じゃれちゃって」「いえいえ、かわいいですね」というような会話をした気がする。ジャージ姿なんて、代官山にも庶民的な人はいるんだなあとほっとした。

しかしよくよく考えてみれば、平日の昼間に代官山でジャージで犬を連れているということは、むしろ観光客ではなく代官山に”住んでいる”人であり、さらに平日の昼に”働かなくても”犬を手入れしながら飼って暮らしていける人だということに気付く。代官山ではジャージ姿のおじさんでさえ只者ではなかった。その事実に身を震わせながら帰り道、代官山はまだ遠い。

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