飯田橋の「いつもの。」

「いつもの。」
誰もが一度は憧れたことのあるセリフではないだろうか。古びた喫茶店で、あるいは定食屋で、「いつもの。」という掛け声と共に出てくる何か。私の中のその人はスポーツ新聞を片手に持ち、席にどっかり着くやいなや脚を豪快に組んで煙草を吸い始めることが多い。もちろん、これはあくまでイメージだ。そして私もその「いつもの。」に憧れる人間の一人だ。

「いつもの。」
放り投げるように言葉をかけ、席にどっかりと座り、スポーツ新聞を広げ脚を組む自分を空想する。

一方、店員の立場で「いつもの。」を考えてみる。新人バイトの場合、そのような客は恐怖だ。

えっ、今、なんて言った?いつもの、って何?常連さんかな?先輩に伝えなきゃ、でも、ああっ、あの人もう二階席行っちゃった。先輩になんて説明したらいいんだろう。ええと、クリッとした目をしたお客様がいつもの、をご注文です?

純粋に不憫だった。新人バイトは何も悪くないのに。

飯田橋でアルバイトを始めて一年あまりになる。1時間休憩のほとんど毎回、うどん屋でかけ(小)を食べ、その後チェーンのコーヒーショップでブレンドを飲む。

そろそろ、言ってもいいかな。
「いつもの。」のタイミングを図りながら、飯田橋の私はスポーツ新聞すら買えない。

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