青痣【アオアザ】
まーた青あざつくって、と姉ちゃんに言われたのは月曜の夜だった。
うるせー、関係ないじゃん、と応えると、
「そんな乱暴な言葉遣い、お母さんが聞いたら怒るよぉ」
と洗い物で濡れた手をこちらに向けてぱっぱと払った。
「実果子さ、あんたもう高学年なんだから、ちょっとは女らしくしたら?こないだうちに来たアイちゃん、あんたのこと弟だって思ってたよ」
いーじゃん、別に。クスクス笑いながら二階へ上がっていく姉ちゃんに聞こえるように、できるだけ大きい声で言う。髪短い方が楽だしさぁ、あざだって気になんないし。
女らしくなんて、バカみたい。クラスの女子は休み時間に鏡みてばっかりだし、体育じゃキャアキャア騒いでまともにボールにも触らない。おかげで5年1組は、今日のドッヂボール大会に負けた。あざだって、ボールをキャッチしそこなってこけた時にできたのだ。おい、大丈夫かよ、と心配してくれたのも、ヤマタクだけだった。
4年生の頃は。
リビングのカーペットに転がって思う。
4年生の頃は、よかったな。
女子だってこんな風じゃなかった。みんなでケイドロしたり、本気で戦ったりできたけど、今じゃ休み時間の度に連れ立って内緒話ばかり。ときどきトイレでこっそりお化粧道具を見せ合ってるのも知ってる。
男子だってそうだ。去年までは、誰が一番に校庭に着くか競争してたのに、5年生になってからなんだかヨソヨソしい。誰もはっきりとは言わないけど、わかる。私が女だから、やりづらいのだ。
あーあ。
目線を膝に移し、今日できたばかりの青い丸をみつめた。
火曜日の放課後、帰り道が一緒のナオちゃんを待っていると、体操服姿のヤマタクが走ってきた。
「あれ、佐々木、今帰り?」
「うん、ナオちゃん待ってんの。ヤマタクは、クラブ?」
うちの小学校じゃ5年生になると、放課後のクラブが選べる。別に決まってるわけじゃないけど、男子はだいたいみんなスポーツのクラブ、女子は料理か手芸のクラブに入る。ヤマタクは球技クラブだ。
愛想がよくて算数が苦手なヤマタクは、男子からも女子からも、先生からも好かれていた。
「うん、オレ教室に水筒忘れちゃって、取りに来たとこ。佐々木は今日クラブじゃねーの?」
「うん、手芸クラブは木曜だから」
本当は、私も球技クラブがよかった。でも、入れなかった。誰も入るなって言わなかったけど、わかる。私が女だから、みんな困るのだ。
ヤマタクは少し神妙な顔をした後、
「お前、手芸クラブだったんだ。もったいねーな、足、はえーのに」
と言って、私の脚をまじまじ見た。私が何も言えないでいると、ぱっと顔を上げ、猿みたいな大きい目を動かした。
「あ、でも手芸クラブだと怪我しねーもんな。うん、その方がいいよ」
ヤマタクは私より背が低い。
一人で納得したように頷くヤマタクのつむじをみていると、膝にある青い丸が急に恥ずかしくなって、あ、でも針とかで指刺したら怪我すんのか、とつぶやくヤマタクを尻目に、走って家まで帰った。
次の日、なんで先帰っちゃったの、とナオちゃんに怒られたけど、青あざのことは黙っておいた。
膝に貼った真新しい湿布が甘くにおった。