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杉谷拳士が引退する時に、私たちはどんな花道を作れるのだろう

杉谷拳士選手が、FA権を行使せずファイターズに残留を決めた時からそんなことを考えている。
現役で活躍する選手に対して引退する時のことを考えるのは失礼かもしれない。ただ、ある選手の引退セレモニーを見て「これを超える引退セレモニーができるのだろうか」と思ってしまった。

名バイプレイヤーの引退

その選手とは、現ヤクルトスワローズ広報の三輪正義氏。派手な活躍をした選手でも大記録を作った選手でもない。NPB在籍期間は10年間。ユーティリティープレイヤーとして内外野の守備をこなし、バント職人としても知られるがどちらかといえば地味な選手。ただベンチでは積極的に声を出し、みんなのいじられ役としてチームメイトにもファンにも親しまれた。サヨナラタイムリーを打ってもみんなに無視され、「俺!」とアピールして笑いが起きる。そんな選手だった。
その三輪氏の引退セレモニー。
まず当日、神宮は雨だった。引退試合が雨。普通であればファンはしょんぼりするだろう。しかしヤクルトファンは喜んだ。神様が雨を降らせたと。
試合が雨で中止やコールドゲームになってしまった時、選手が出てきてシートの敷かれたダイヤモンドでびしょ濡れになりながらヘッドスライディングしてファンサービスすることがある。ヤクルトではそれが三輪選手の仕事だった。
大粒の雨の中での引退挨拶。みんなの期待を背負った三輪選手は挨拶の後「行ってきます!」と言って雨の中のヘッスラを敢行した。チームメイトもファンも奥様すらも笑顔だった。びしょ濡れになった三輪選手も笑顔だった。素晴らしい引退セレモニーだった。

杉谷拳士という存在

だから。だからこそ杉谷選手だ。
杉谷選手の活躍ぶりはファイターズファン以外にもよく知られるところで、石橋貴明さんがYouTubeで「今週の杉谷」として毎週取り上げて登場曲を作ったり、他球団のウグイス嬢にもいじられたりと話題に事欠かない。オフシーズンもテレビにイベントに引っ張りだこで、オフシーズンこそが彼のシーズンだとも言われている。「野球の上手い芸人」で野球が副業だとも言われている。

しかしファイターズファンなら知っている。彼がどんなに重要な選手なのかを。
左右両打ちのユーティリティプレーヤー。長打も打てるしバントも上手い。レギュラーになかなか定着できないが、「何かあった時のための」スーパーサブというポジションには定着している。もし試合中にアクシデントが発生して野手の交代が必要になった時、それが内外野どのポジションでも「今日は杉谷がいるから大丈夫」と思える。
スタメンで出ている試合でも、代打で出た選手のポジションの関係で試合中にポジション変更していることも少なくない。さっきまでセカンドを守っていた杉谷選手がいつの間にかレフトにいるというのは「杉谷あるある」だ。

そして杉谷選手を語る上で外せないのがデッドボール。受けるデッドボールの数の割に大きなケガがほとんどない。避けるのが上手く、当たり方がものすごく上手い。ユニフォームをかする、スパイクの裏に当てるなどのダメージのほとんどないデッドボールだって何度もある(当たったのに認めてもらえない時もある)。
普通であればデッドボールで球場は不穏な空気に包まれるが、杉谷選手のデッドボールに限っては笑い声が聞こえる。痛そうなデッドボールでも、彼は元気よく立ち上がって、元気よくファーストに向かう。球場では笑い声の後に温かい歓声と拍手が聞こえる。デッドボール1つで球場全体、敵チームのファンすら笑顔に変えることができるのは、12球団全体を見渡しても杉谷選手しかいない。

類まれなる野球のセンスと、みんなを笑顔にできる笑いのセンス。神様は彼にどれだけの才能を与え、そして彼はその才能を生かすためにどれだけの努力をしてきたのか。
そんな彼が、そう遠くない未来に引退を決めた時、私たちには何ができるのだろう。

私たちができること

昨年、田中賢介氏の引退セレモニーでは、終盤のグラウンドウォークで無数のピンク色の紙テープが投げ込まれた。外野スタンド近くのグラウンドが桜色の花道となった。
これはあるファンが「彼のカラー(ファイターズは選手ごとに色が決まっている)であるピンクの紙テープを引退セレモニーで投げ入れませんか」とTwitterで呼びかけたことがきっかけだった。そのツイートに賛同するファンがどんどん増え「この店にはピンクの紙テープがあった」という在庫情報から、「紙テープは芯を抜いて巻き直して」という情報までどんどん拡散していき、その結果があの素晴らしい光景だったのだ。

三輪氏の笑顔に包まれた引退セレモニーと田中賢介氏の引退セレモニーで見せたファンの結束力。これを足して2で割らない引退セレモニーが彼にはふさわしい。
いつも私たちを楽しませてくれる彼のために。いつも私たちに元気をくれる彼のために。

その時のために、何ができるのか。
その答えを見つけるまで、まだもう少し杉谷拳士には現役でいてもらわなければならない。


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※この文章は「文春野球フレッシュオールスター2020」に応募し、「惜しい!あと一歩で賞」をいただいたものにほんのちょっぴり加筆修正したものです。
真面目に書いたものと、他人が読んだらちょっと気持ち悪いかもしれないけど私の心情を書き連ねたもの、2本出して、真面目な方が採用されました。もう一本もいつか(公開できる軽さにして)出したいです。

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