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西武・若林楽人は誰にも止められない 〜兄が語る弟の過去と現在地〜

「野球を始めたきっかけを『兄の影響』って言ってくれてるんですけど、違うんですよ。本人は覚えてないみたいですけど3歳の頃……」
流れるようなハサミ捌きを見ながら、話に耳を傾ける。
美容師さんと話す、というより美容師さんの話を聞くのが楽しみで、この美容室に1年ほど前から通っている。

札幌市営地下鉄大通駅の一番出口から徒歩3分のビルの一室にある美容室「Quarte(カルテ)」
スタイリストで店長の若林さんとアシスタント3人の計4人で営業するこぢんまりとしたお店だが、札幌市外どころか北海道外からわざわざ来店するお客さんも珍しくないという。
それもそのはず、店長さんはライオンズ若林楽人選手のお兄さんなのだ。札幌ドームへの遠征のついでに、このお店で髪を切るライオンズファンがいるのも「楽人のおかげです」と笑う。

男らしく厳つい風貌のイケメン楽人選手に対して、若林さんは細くてクールなイケメン。似ていないわけではないのだけど、兄弟だとあらかじめ言われてなければ、2人を結びつけることはできないくらい雰囲気が違う。店内には楽人選手の写真やサインをはじめライオンズグッズなどはなく、知らずに通っている人も多いのかもしれない。
それもあってか、若林さんは自分からは楽人選手のことを喋らないけど、こちらから話を振ると色々と話してくれる(なのでこの店を訪れるライオンズファンは、最初からファンであることをカミングアウトするといいと思う)。

やんちゃで負けず嫌いでかわいらしい幼少期の話から、ライオンズ時代の中島宏之選手のファンだった小学生の頃の話、高校時代、大学時代、そしてドラフトの日のことなど兄の視点から見た弟の話を、髪を切る間にたくさん聞かせてもらった。
そんな話の中でいつも若林さんは素直に弟を褒める。謙遜や自虐はなく、ストレートな言葉でストレートに褒める。自慢の弟で大好きな弟だということが言葉の端々から伝わる。
ただそれは弟だけに限ったことではなく、お兄さんや妹さんたちに対しても(若林さんは男男男女女の5人きょうだいの次男で、楽人選手は真ん中の三男)たくさんの微笑ましいエピソードを聞いているので、本当に仲の良いきょうだいで仲の良い家族なんだと思う。

ライオンズ要素ゼロの店内


私がここに通い始めた時には既に楽人選手は左膝前十字靭帯損傷の怪我を負い、リハビリ生活に入っていた。その頃に
「膝だから心配ですよね。前のように走れるようになるといいですね」
と言うと、若林さんは穏やかな笑顔で語った。
「大学時代は足は速いけどめちゃくちゃ盗塁していたわけじゃなく、どちらかというと長距離バッターでした。でも西武はそういうバッターが多くて今のままでは出られないと考えて、足を活かすことにしたんでしょうね。短い間でしたけど、出塁したら常に盗塁狙って、1試合に何度も走ってという僕の見たことない新しい楽人を見させてもらいました。
もし、前のように走れなくなったとしても、また違う楽人が見られると思うから、それは楽しみですよ。」

2021年、ルーキーイヤーの2ヶ月で20盗塁という成績は強烈に「若林楽人」を印象づけた。開幕してから2ヶ月しかいなかったにも関わらず8月まで盗塁数トップを守り、最終成績でもリーグ6位だった。
ファンとしては当然、その「若林楽人」が戻ってくることを期待し、膝の怪我が治っても元のように走れるのかと不安に思っていた。
でもそれは西武に入ってから作り上げた「若林楽人」であり、怪我のあとは元に戻ることを目標にするのではなく「新しい若林楽人を作る」というベクトルで進んでいたのかもしれない。

待ち時間には雑誌ではなく若林さんセレクトの
写真集、図鑑、絵本、小説などが供される

そして2022年、ファームで復帰した楽人選手は足よりも長打でアピールを続けていた。
「去年とは全然打ち方が違いますよね。でもどちらかというと、今の楽人の方が僕の知ってる本来の楽人って感じです」

4月5月とファームで好成績を出していたものの、なかなか一軍に呼ばれなかった時にも若林さんは笑顔だった。
「以前、辻監督が楽人のことを『いたら使っちゃう』って言ってましたけど、楽人は試合に出たら誰が止めても聞かずに走っちゃう性格なので、監督や周囲の方々は楽人の足が万全な状態になるまでじっくり待っていてくれているんだと思います。家族としては楽人を大事にしてもらってる気がして本当にありがたいです。」
「ファンの方々もリハビリ中からずっと応援してくれて、今も待っていてくれて……。楽人は幸せですね。」

2022年5月31日に一年ぶりの一軍復帰を果たした楽人選手は、復帰試合で今季初安打を放ち好走塁を見せ、2試合目で今季初盗塁を決めた。その後も若林さんのいう通り誰にも止められない全力プレーで打って走って守っている。
「去年は6月に埼玉に試合見に行く予定だったのに5月にケガしちゃって……。今年こそ本拠地で活躍する楽人を見たいんですよ」
大好きな弟の活躍をベルーナドームで見た若林さんがどんなことを語ってくれるのか。その話を聞くのが今から楽しみだ。

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