放課後まほらbo第十五話 「ポジティブ」の効果
【第十五話】
放課後まほらboでは、「あそびは、最高の学び!」の構造化をすすめ、遊びを科学することで、こどものより良い成長を促す「肯定的探究」の効果について考えています。
■ポジティブ心理と社会
第十四話の「危険な遊び」の実行は、ネガティブでは難しい。怪我をするのではないか、事故に遭うのではないか、喧嘩をするのではないか、虐められるのではないか、こんな目で子どもの遊びをみている大人にとっては、子どもの力を伸ばす「危険な遊び」を取り扱うのは難しかもしれません。特に親の気持ちになると「ヒヤヒヤ」するのは当然です。これを解決するのは簡単です。それは第三者に任せることです。では任せられる第三者は、どのように子どもたちと接するのがいいのでしょうか。ペンシルベニア大学マーティン・セリグマン教授は自身の学習性無力感の理論から発展して、ポジティブ心理学創設者の一人とされています。セリグマンは「幸福の鍵は、ネガティブさよりもポジティブさに関心を向けることにある」と考えています。彼はそれまでの研究を、「病気を治す」ことから「より良く生きる」という目標に変えることで多くの人々の人生が豊かになると考え、ポジティブ心理学の目標は「人生をもっとも価値あるものにすること」であると提唱し、そのためのモデルを提示したのです。
2015年文部科学省教育課程企画特別部会論点整理では「新しい指導要領が目指す姿」としてこのように表現されています。「一人ひとりが幸福な人生を自ら創りだしていくためには、情意面や態度面について、自己の感情や行動を統制する能力や、よりよい生活や人間関係を自主的に生成する態度等を育むことが重要」であることや、「一人ひとりが社会に参画し、役に立っているというやりがいの実感と、生産性の向上による社会の活力等を、いかに実現していくか」など、教育に求められる社会課題として表現されているのです。まさにセリグマンのいう「幸福の追求」は、私たちの社会でも必要とされていることなのです。
それでは、私たちは幸福を追求するために必要なポジティブな態度で、子どもと接しているでしょうか。実際は、より良い子どもへの接し方を具体的に教えて欲しいという、保護者や指導員がとても多いのが実情です。子どもの「やる気」や「チカラ」を引き出す声の掛け方の大切さはわかるがどうしたらいいのか知りたい、ということなのだと思います。
■北風と太陽「褒めると叱る」とは
子どもの力を伸ばす「危険な遊び」と幸福を求める「ポジティブ心理学」が、どのようにつながるかというと、まずこのポジティブな面にフォーカスするという態度こそが、子どもの遊びを豊かにするのに重要だと考えているからです。子どもたちだけで密かに遊んでいる時は別にして特に「危険な遊び」には、側にいるおとなの制限がつきます。例えば、東京学芸大学放課後児童クラブの「遊び」ではよく木登りをしました。敷地内にある「池と小川のプレーパーク」には、登りやすい低木、綱渡りからツリーデッキを設置してある広葉樹、枝ぶりのいい季節には果実が鈴なりのミカンの木、ビルの3階に届くのっぽの針葉樹などがあり、挑戦したいと思う子どもたちは、その発達段階に合わせていつでも木登りすることができます。子どもをよく観察していると、自分の身体能力と目標を照らして出来る事を考えながら、低木から順番に挑戦のレベルをあげ、ついには20メートルもある針葉樹に登っていくその手順がわかります。そこには遊びの中で、年長者や友だちがやっている様子を見ながら「自分にもできるかな」という自身への問い掛けと「格好いいなぁ!」「凄いなぁ!」という仲間へのリスペクトがあります。おとなの役割りは、「出来るかな?」と問われた時に、「やってみれば?」と励ましたり、「みといてあげるからやってみる?」と安心させたり、「どうやって登るの?」と聞かれた時に技術的な助言をしたりすることです。ポジティブとは「褒める」だけではダメなのです。必要なのは、具体的に評価する事で、クライミングと同じ3点確保の技術と、登る時には下りを考えながら、よく見、よく聴き、よく考え、よく行う、原則を確認し危険を回避するという「やり方」を伝えることなのです。「〇〇してはいけません」という注意より、勇気を出して行動したり、よく考えて判断したり、工夫や努力をしたことなど「認知的な努力」をたくさん褒めます。5年間を振り返ってもほとんどない「叱る」場合は、友達の安全を脅かすような行為、原則を忘れて行動しようとした時に限ります。
何か挑戦しようとするときや、大事なこと大きな目標に向かう時は、ネガティブコントロールより、「〇〇します!」と肯定的な声掛けの方が、元気とエネルギーがでるのだと思います。コートを脱がせるために北風で冷たく攻めるより、太陽で温かくし励ます方が、自分で変化することを促すことにつながるのです。
しかし、日本では多くの場合、子どもたちへのメッセージがネガティブコントロール中心になっているのではないかと気になります。ゲームやスマホなどの利用時間が増えたことに対して、2018年アメリカの小児科学会は「子どもに遊びを処方するよう、全ての小児科医に奨励する」と警鐘を鳴らしましたが、2004年日本小児科医会の出した5つの提言はこうです。
1、 2歳までのテレビ・ビデオ視聴は控えましょう。
2、 授乳中・食事中のテレビ・ビデオ視聴はやめましょう。
3、 全てのメディアへ接触する総時間を制限することが重要です。1日2時間までを目安と考えます。テレビゲームは1日30分までを目安と考えます。
4、 子どもの部屋には、テレビ、ビデオ、パーソナルコンピューターは置かないようにしましょう。
5、 保護者と子どもでメディアを上手に利用するルールをつくりましょう。
5つの提言のうち4つに、制限の文言が並んでいます。自らの行動変容を求めるためには、メッセージも変わらなければならないでしょう。このコロナ禍で、日本の厚生労働省にあたるスウェーデンの公衆衛生局が出したメッセージが印象的でした。2020年という年に子どもたちに私たち大人が課した厳しい現実が、問い直されなければならないと思います。どのような眼差しが私たちの社会に必要なのか、新しい日常の中で、より良く生きるために必要な対話の力を、もう一度考える機会をコロナは与えてくれたのだと思います。
■ポジティブの効果
ポジティブと聞くと、「テンション高めで、思慮浅め。」と感じる人が多いように思いますが、それは「ポジティブなんだから失敗より、成功したことだけを見る」「ウジウジ考えるより、元気ハツラツで行動する」ことの方が良いとされるのがポジティブなのだ、というところからくるのかもしれません。ポジティブとは失敗に目をつぶり、成功したことだけを見るということではありません。失敗から何を学ぶかということや、批判的に考える事も含めポジティブな態度を維持することが大切なのです。
「子どものやる気」をテーマにしたオンライントークでも、多く寄せられた声が「実際にどのような声がけが良いのか知りたい」とか「心理学の理論はわかるが具体的な行動を教えて欲しい」というものでした。私の答えは、ポジティブな考え方と態度をとる努力をすることです。考えが変われば、行動が変わり、行動が変われば、結果は変わる例の習慣です。子どもに変わって欲しいと願うなら、自分自身が変わることです。他者を変えることは出来ませんが、自分は変わることができます。それがポジティブの効果の一つでもあります。例えば先に紹介した5つの提言はこんな風に変わります。
1、2歳までの子どもは、テレビ・ビデオのスイッチを消し、公園で自然を楽しみましょう。
2、テレビ・ビデオのスイッチを消し、普段の会話を楽しみながら授乳・食事をしましょう
3、友だちと会ったり、自然の中で遊んだりすることが大切です。1日2時間を目安に屋外で遊びます。テレビゲームは自分で1日30分までと決めて楽しみます。
4、テレビ、ビデオ、パーソナルコンピューターは、みんなの部屋に置きましょう。
5、保護者と子どもでメディアを上手に利用するルールをつくりましょう。
「わかっちゃいるけど、やめられない」という人の本性は、動機付けの重要さを教えてくれます。やりたいと思うことをするのが人だとしたら、行動変容を促そうとするメッセージは「やりたい」と思えた方がいいでしょう。つまり「するな」より「やろう」が前提になるのがいいのです。嫌いな事より、好きなことを、苦手なことよりも得意なことを、人は気持ちよく出来るのですから、強みに着目をします。弱みを見る時は、裏返して強みにするための方法をイメージするようにします。それは、5つの提言を少し変化させたように。強みに着目し、自分のなりたい姿、理想の状態を思い描きます。その目標に向かうための道筋を具体的に設計し、いまから出来る小さなことを宣言することで、ポジティブな考え方や態度は行動に変わり、結果が出ます。
これは「肯定的探究マネジメント」として、企業や社会的活動でも使われ始めているマネジメントの手法ですが、この10年間、6才の子どもから保育園や学校の先生たちとの研修まで、随分と効果がありました。
次回は、子どもの力を伸ばす「危険な遊びの実践例」について考えたいと思います。
では。
(みやけ もとゆき/もっちゃん)