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分類すること

SEKAI NO OWARI のHabitが流行ったのは去年だったか。

本当そうだよなー、と思う。
分類したがるしされたがる。

分類したいのは、その方が理解しやすくなるから。分かりやすいから。
分類されたがるのは、自分はこうであっていいんだ、と安心できるから。自分だけじゃないと思えるから。

16personalitiesもなんだかんだで気になってしまう。稀な性格タイプです、とか書かれるとなんならちょっと嬉しい。ちゃんと分類された安心感と同時に特別感も得られるお得っぷり。

分類はもちろん物事を整理して筋道立てて考える上で大切だ。
だけど、人間関係でそれを単純化してしまうと、いろんな大事なことが抜け落ちるとおもう。思考をサボっているというか。
一つ一つの物事の感じ方を、16通りに分類できるわけがない。確かに傾向はあるのかもしれないけど、傾向を信じすぎて個に対する判断を間違えたら元も子もない。個の手がかりとして傾向があるだけなのに。

あなたはこのタイプだからこういう空間苦手だよね。こう言われると気になるよね。

分類されて安心していたはずなのに、当てはまらないことを言われるとちょっと嫌な気持ちになる。勝手だなー。
でも占いや心理テストも所詮その程度か。好きなところだけ抜き出す。

結局、自分もしてるしされたがってる面も否定できないから、これも二者択一にせず包括すると、時と場合によって自分が考えて判断していく労力は使っていきたい、ということです。

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