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【シコイチ】軽率にママチャリで四国一周した話9


夜釣り

軍曹が湯を沸かし、コンビニで買ったカップ麺を順番に作って食べていると、港というのか堤防の端に車を止めて釣りをしていたおじさんが、物珍しそうにやってきました。

こんなところで何をやっているのかと尋ねるおじさんに、軍曹は四国一周のサイクリングをしていると応えました。その応えが気に入ったのか、おじさんは大爆笑しました。竿が何本かあるから、良かったら釣りをするか?と言われて、ぼくらはラーメンを持って車の辺りまで移動しました。

釣り竿は三本あって、ぼくとムカイくん以外がおじさんの手ほどきで釣りを始めました。他の三人は釣りの経験があるようでしたが、ぼくはまったく興味がありませんでした。ムカイくんも魚や餌に触るのが気持ち悪いと言っていました。

おじさんは車で来ているのに、クーラーボックスに缶ビールを何本も入れていて、軍曹と二人で飲みながら話しています。空はすっかり暗くなっていて、沖を行く船や対岸の恐らく淡路島の街の明かりが朧気に見えていました。

特にやることもなく、釣りをするクラスメイトの背中を眺めていると「二回も逃げるってワタナベくん凄いよね」と、隣に座っていたムカイくんが言いました。

「別に凄くはない、こんな馬鹿げた四国一周に納得してないからやめただけだ」と告げると、やめるって発想が凄いとムカイくんは言いました。「逃げて失敗したら軍曹に何されるか分からないやん?実際一回目にキミらボコボコにされてたし。それでも二回も逃げたってやっぱり凄い、ぼくには絶対にムリだ」と、彼は呟きました。

また逃げる?とムカイくんがぼくの方を見ました。たぶんもうムリだとぼくは応えました。理由を聞きたがる彼に、父親に四国一周しろと言われたこと、最後のチャンスは明日の徳島市内で、それを逃すと地理的に厳しいことを伝えました。明日どういうルートを通るにしろ、土地勘のない徳島での逃走は現実的ではないと分かっていました。

ぼくの言葉に「そっか」と応えると、ムカイくんは黙りました。

意外に釣果はあるもので、三人は名前も知らない魚を時々釣り上げていました。釣ったところで持って帰れる訳もなく、おじさんのクーラーボックスに入れたり、小さなものはリリースしています。ああ、これは食べれるぞ!とおじさんが誰かが釣った一匹をその場でさばいて刺身にしました。お世辞にも清潔とは言えない調理方法でしたが、手づかみで食べる刺身は、驚くほど美味かったのを覚えています。

退屈な上に眠くなったので、ぼくは最初に地面に横になりました。ここ数日忘れていた、汗臭いシャツや地面の小石の感触がありました。出発して何日経つんだろう?と頭の中で日数を数えたり、星を眺めながら釣りに興じるクラスメイトの声を聞いていると、いつの間にかぼくは眠っていました。

身体と前輪の不調

肌寒さで目覚めた時は、まだ夜明け前でした。気温が低いというよりも、風が強かったのです。おじさんの車はまだ突堤にありました。どうやら車中泊しているようです。堤防には一人だけ寝袋に入った軍曹と、死体みたいに転がった級友たちがいました。ぼくも含めて何の規則性も統一性もなく、そこら辺で横になっている感じでした。

逃げようかなと思いましたが、すぐに面倒臭いなと思いました。オヤジと衝突することよりも、今から自転車をこいで逃げる行為じたいが面倒だと感じたのです。

何かしらの事務所みたいな建物の横に自販機があったので、コーヒーでも飲むかとぼくは立ち上がりました。その瞬間、酷い筋肉痛を自覚し、思わず痛ぇと呟きました。胸の上部と肩と腕、今まで痛まなかった場所です。痛みの中で、自分のママチャリの前輪がおかしいことを思い出しました。

缶コーヒーを飲みながら堤防に座っていると、車からおじさんが出てきました。そのまま海に向かって小便をしています。ようやく明るくなり始めた空は相変わらず風が強く、海も昨日の凪とは違って波立っていました。おじさんは起きてるぼくを見つけて、こちらにやってきました。

君らの先生はホンマに面白い人やなと、おじさんは言いました。面白いというか頭おかしい人ですけどねという胸のうちの言葉は発さず、そうですかと愛想笑いをしました。おじさんと軍曹は、どうやら昨日は夜中まで飲んでいた様子でした。

今どき珍しい熱血先生や、君らは幸せやなと、おじさんは続けます。まぁ今どきいないタイプだとは思いますと、ぼくは苦笑気味に応えました。

おじさんは今から釣りをするとのこと。君もやるか?と言われましたが、ぼくは海を見ていますと応えました。正直、釣りには微塵も興味がなったのです。ぼくの反応をどう解釈したのか、海を見るかぁそれもええな、青春やなぁとおじさんは豪快に笑いました。

しばらくして、皆が起き始めました。車座になって昨日買ったおにぎりで朝食を済ませると、おじさんに礼を言ってぼくらは再びママチャリに跨がりました。

走り始めてすぐに、前輪の不調に気づきました。昨日までの気のせいかなといった感じとは違って、明らかにおかしい動きをしていました。ふらつく車体を制御しようとすると、筋肉痛を起こした場所が痛みました。

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