西成アガペー
「ピッチャー第1球、ふりかぶって、舐めた-!ぺろぺろ!」ってバカな寝言で目覚めた朝は、屋外から不快な音がした。何だろうと訝りながら寝室からリビングに出ると、バケツをひっくり返したような雨。
天気予報は晴れだった筈でしょう?と思うが、それよりも全ての部屋の窓を全開にしていたことを思い出して、慌てて閉めてまわる。いつも風雨が吹き込んでくる方向とは別の窓の下が水浸し。風向きが違うらしい。高層ビルを眺める窓は大丈夫だけれど、奈良の山が見える方向は室内がすでに若干水没気味。舌打ちを一つして真っ暗な窓の外に目をやったら、恐ろしいほど明るい太陽が昇ってくるところだった。
位置も形状も何かおかしい太陽を凝視すると、それは爆発だった。攻撃なのか事故なのか。奈良にミサイル撃ち込む将軍サマもいないから事故かしらと思うけれど、あの規模の爆発ならここも被害を受ける。死ぬのは良いけれど砕け散った窓ガラスを全身に浴びるのは嫌だなと風呂場に逃げた。ああ、カメラ持って来ないと思った時、高層ビル群の上でも爆発がいくつも起こって、やっぱり攻撃なのかと思ったところで目が覚めた。
夢から覚めてまた夢を見ていたと気づく朝はすごくしんどい。多重夢でも悪夢が連続する時は「多重災夢」って呼んでる。ぼくってば相変わらず巧いこと言うよね。
そんな朝の出来事を反芻しながら西成三角公園のベンチで一服していると救急車が来た。救急車は公園に向かって「ただいまこの付近で救急通報がありました。通報された方、もしくは目撃された方は近くの救急隊員までお知らせください」ってアナウンスを繰り返す。機械音だからプリセットだろうけど、初めて聞いた。
公園の中から何人かの男が「こっちやー!」と声を上げる。見るとステージ上で寝ている男がいた。寝てるだけだと思ったら行き倒れらしい。行き倒れと寝てるのと区別なんかできるのか?プロにはできるのか。この場合のプロってのは西成の住民だけど。救急隊員は仕事だから仕方ないって感じで男に駆け寄るが、綺麗なストレッチャーに載せるのを躊躇している雰囲気だった。
それでもぼろぼろの男は担架に載せられ運ばれる。目の前を通る時に顔が見えたけれど思ったより若い。40代から50代。もしかしたらもっと若いのかもしれない。男は運ばれる自分を恥じてるように見えた。少なくともぼくには安堵の表情には見えなかった。単に具合が悪かっただけかもしれないけれど。彼の持ち物は小さなリュックと剥き身のアコースティックギターのみ。どちらも救急隊員が無造作に運んでいた。
残照を受けて光るストリングスは、交換したばかりっぽくて意外だった。座るぼくの数メートル先を通り過ぎる時に気になって目を細めたら、見間違いでなければマーチンのギターだった。嘘やろ?と思ったけど、近寄って確認することはできなかった。
iPadからはかなたその「天使のagape」がエンドレスで流れている。元々好きな曲だったけれど、春に発売されたアルバム「Unknown DIVA」バージョンは更に素晴らしい。声のエフェクトを極力廃しているから生声みたいなのが良いのだ。アガペーかと思いつつ、救急車を見送った。あれはアガペーの発露なのか。いやたぶんぼくらの税金だ。