私、ヲタク先生。【13】
私、このままじゃ駄目になる。
学校の先生という夢が壊れた後、そして就活も上手く行かなかったとき、私はあることを思い出しました。
「私には、まだ文がある!」
文、というのは物語のこと。
幼い頃から物語を書いてきた。
学校の授業で物語を書いた時、とても褒めてもらえた。だから、文を書こうと思った。
学生時代の時は苦手な教科のときは、ノートをとるふりをしながら物語を書いていた。
子どもの書く文だから、めちゃくちゃなのは分かっている。でも、物語を書いているうちはいろんなことをわすれられた。
物語を書いて、そして本にしてもらったときはとてもうれしかった。
よし、これを同人誌即売会で頒布しよう。
サークルチケットをもらって、一息ついた時、親に言われた。
「先生は、マンガを描いちゃだめなのよ」
教頭先生が言っていた、先生はヲタクじゃいけない、という考え方と一緒なんだと思う。
本当に、やりたいこととは真逆な世界なんだなぁ、と思った。
子どもたちに夢を持つことの素晴らしさ、やりがいを持つことのうれしさ、社会に貢献することの誇らしさを教え込むんでしょう。
その素晴らしさって、こんなものじゃ駄目なの?
部活とか、勉強とか、そんなキラキラしたものでしか子ども達に見せちゃだめなの?
子ども達が皆、そんなのがしたいって本当に思っているの?
私は、ずっと教室の隅っこで物語を書いていた。心を許せる友達と見せ合ったり、時には友達のリクエストに答えたりもした。
これじゃだめなの?
強引にイベントに参加して、私は楽しさを感じた。
私の本を読んでくれる人がいた、
あらすじを読んでくれる人がいた、
「がんばってね」と声をかけてくれた人がいた、
それが私にとって、どれだけ嬉しかったか。
この世界を取り上げられたら、
私の世界は一体どうなってしまうんだろう。
そんな事を思った。私の世界は創作の世界と、ほんの少しの現実でできている。
それを現実的ではない、という人はいるけれどこうやって生きてきた。他の生き方なんて知らない。
夢を見すぎ、と言われるかもしれない。
でも、私は物語の中でいくつもの社会現象や問題、これから起きるかもしれない災害や犯罪まで書き上げてきた。リアリティを出すために、専門書や専門家の書いた理論書を読んだ。
これでも、まだ不満というなら調べたことをまとめてレポートにしたっていい。それもまた、書くことなのだから。
私は物語を編み上げてきた。編み上げたもので生きてきた。それを捨てろと言うなら、私はもう一度考えなきゃいけなくなる。
私をいつでも励まし、奮い立たせてきたキャラクター達を見捨てなければいけない先生の世界は、本当に私の生きる場所なのだろうかと。