洗髪と通勤
平日の私の思考の半分を占めているのは、どうやったら髪を洗わなくて済むか、ということだ。
髪を洗う日は出来るだけ定時に帰る。
洗うのに大体20分、タオルで拭いて、霧吹きで髪用の化粧水と美容液を地肌と髪全体に吹きかけるのに10分。
次にコームで髪をとかして、洗面所で膝立ちになって、そこから30分弱、髪を乾かす。
夏はドライヤーの熱で汗だくになるから、永遠に乾かない。髪を洗う意味がないんじゃないかと思えてくる。
乾かし終えたら、洗面所に散らばった大量の髪と排水口を掃除する。
体や顔を洗う時間を含めると、こうして、髪を洗う日の入浴には1時間から1時間半くらいかかる。
髪の長い友人たちと、何度か洗髪について話したことがある。
長い黒髪の友人は、髪を洗うのが好きで、必ず洗わないことには自分が不潔な感じがして耐えられず、寝られないほどだ、といった。
腰まである茶髪の友人は、本当は毎日朝晩2回洗いたいし、できる日はそうするけど、1日1回で我慢している、といった。
すごいと思った。えらいと思った。どうしてそんなことができるのだろう。と。
家に帰ってきて、床に倒れ込んで、髪を洗わなきゃいけない日なのに、どうしても体が動かなくて、そのまま何時間もだらだら過ごすこともある。
髪を洗うのがいやすぎて「髪 洗う イヤだ」と検索すると、ヤフー知恵袋で、「髪を洗うのがしんどいです。どうすればいいですか?」と聞いている人が何人もいる。
「髪を切ったらどうですか?」的な答えが書いてあるけど、そういうことじゃないんだよ!と思う。
ベリーショートは別として、髪を多少短くしたところで乾かすのにかかる時間は大して変わらない。癖が強く出るので朝も晩もドライヤーを使うことになるから、ロングの方が結局楽だ。
「それなら乾かさなければいいじゃないですか」と答えている人もいるが、そうもいかない。私の髪はなぜか自然に乾燥することがないので、次に髪を洗う日まで乾かない。その間濡れた髪のまま過ごすのがしんどい。
だから、大変だけど1日おきに髪を洗って乾かす。
そして乾かしながら、通勤が辛いと柱を蹴った父を思い出す。
私にとっての洗髪は、父にとっての通勤だったと思うから。
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私が小学生の頃、父は5年間、片道1時間の車通勤をしていた。
ほとんど怒ることのない父が、ある日帰ってきて柱を蹴った。
痛風もちの足を思い切り柱に打ち付けて、もう通勤はイヤだと言った。
普段怒ってばかりの母はそれを見ても何も言わなかった。
しばらくして、父は職場のすぐ近くにアパートを借りた。和室が2部屋で、月1万円。父は、平日はアパートから仕事に通って、土日だけ帰る、と言った。
父がアパートを借りた初日、機嫌の良い声で電話がかかってきた。
通勤のない生活は天国だ。なんでもっと早くアパートを借りなかったんだろう。
これから毎日電話する。
母、私、弟と話して、父は電話を切った。
それから毎日、電話はかかって来た。
でも、父の声は日に日に元気がなくなっていった。
そして3週間も経たないうちに、父は言った。
やっぱり家に帰る。アパートに泊まるのは時々にする。と。
そして父は、また家から通勤するようになった。朝は朝5時ごろに出て、帰りは夜9時ごろだった。母は毎日、巨大な弁当を作って持たせた。
アパートは借りたままで、本当にたまに、疲れた時に泊まっているようだった。アパートの家賃がもったいない、とは誰も言わなかった。
東京で暮らすと、片道1時間かけて通勤するのなんて短い方で、2時間、時には3時間もかけて通勤している人が居て驚く。
父が通勤に耐えられないと言っていたのを、不思議に思うほどだ。
かくいう私も、通勤時間は最小限に抑えたい人間だ。
田舎での車通勤は苦にならなかったけど、上京して初めてレンタカーを借りた時に盛大にこすって以来、車で通勤することは考えられない。
電車での通勤も絶対に避けたい。
たまに朝の時間に電車に乗るたびに、乗っている人たちを本当にえらいと思う。
すごいと思う。どうしてこんなことが毎日できるんだろう?と純粋に思う。
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大学時代、あまり話したことのない友人が、私に、
毎日お化粧してるけど、それって大変じゃないの?と聞いた。
埼玉から毎日通勤しているその子の方が何倍も大変だと思う、と答えたことを思い出す。
そう思うと、他の誰かにとっての化粧は私にとっての洗髪のようなものなのかもしれない。
私は通勤がしんどいから、職場の近いところに引っ越してしまうし、髪は1日おきにしか洗わない。
だけど、化粧は自分にとって必要なことだと思っているから、毎日やる。
何が言いたいかというと、日常の小さなことでも、ある程度苦にならずにできることと、そうでないことがあるのかも知れないと思った。
長い黒髪の友人は、通勤が辛いと転職していたけど、メイクやスキンケアは大好きだったし、
留学時代のルームメイトはシャワー嫌いで数日シャワーを浴びないのはざらだったが、毎日必ず自炊していた。
あとは、嫌なことでも、自分にとってどうしても必要になったら頑張ってやるんだろうなと思う。
父は通勤は大嫌いだったけど、家族に会えないのはそれよりもっと嫌だったのだろう。
私も洗髪が大嫌いだけど、大事な予定がある時は1日おきのルールを破って、仕方なく洗う。
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だけどあんたね、顔だけ綺麗にしようとしても、髪が汚かったら意味ないやん、と母は私にいう。
もっともだと思うし、毎日髪が洗えるようになりたいのは、私だって同じだ。
きっとそれは、フルタイムでの仕事をやめた時に可能になるかもしれない。いや、でも無職の時も毎日髪を洗っていなかったし、この人生では、難しいのかもしれない。