最新短編『息吹』『分人主義』を考えてみる。本当の自分を探す苦しさ。
2024年9月29日開催。
平野敬一郎さん自身も参加される、最新短編集「富士山」に掲載されている「息吹」読書会に参加させて頂きました。
平野さんは、自身とって好きな作家で、一番会いたかった作家さんの一人でした。
なぜ好きになったか・・・。
それは10数年前、何気なくNHKの番組を観ていた時。
その言葉が、耳に入って来ました。
「分人主義」??
分人主義の「分人」とは、対人関係や環境ごとに異なる人格を持つこと指す言葉で、従来の「個人」の概念とは異なり、分人主義では一つの「本当の自分」を認めるのではなく、複数の人格すべてを「本当の自分」と捉える考え方です。ペルソナの様に仮面を付け替える「外的側面」とは違う考え方です。
「本当の自分とは?」「自分探しの旅」という言葉に違和感を覚えつつも、上手く言語化出来なかった自分にとってこの違和感を言語化してくれた考え方でした。
そしてこの「分人」という考えで、心の病を考えてみると、色々と言語化出来る事が多くなります。
心が病んでいる状態とは、自身の心の中の分人のバランスが崩れてしまっている状態といえます。
親から過剰な束縛を受ける・DVなどを受けて苦しんでいる分人。
会社でパワハラ上司に叱られている分人。
学校で、いじめられて居場所がない分人。
恋人と上手くいっていない分人。
この病んでしまっている分人が大きくなりすぎ、囚われ、その分人が自身の全てだと錯覚してしまう。
もし病んでしまったら、その分人に固執するのではなく、自身の愛せる分人の割合を増やしていく。
どんな時に居心地がよいと感じますか?
友達といるとき?家族といる時?
別に人でなくとも、本を読んでいるとき?一人で走っているとき?
その時に存在す愛するる事が出来るる分人の割合を増やす。もしなければ、新たな分人を作れば良い。
そうやって心の分人のバランスを整えていき、元気になったら、傷つき・病んだ分人と向き合っても良いし、
その分人を捨て去ってしまっても、分人から逃げてしまっても良い。
作家の平野敬一郎さんが提唱されている概念で、番組を観て、脳の中に、稲妻が走り、脳の細胞が解きほぐされる感覚がありました。
2012年発行の「私とは何か? 個人から分人へ」分人主義のススメに纏められており、次の日すぐに書店に行きました。
もっとも自分の考えや人間観に影響を与えた一冊を上げるとしたら真っ先に浮かぶ一冊です。
以前、猫町倶楽部・代表のタツヤさんに、「良い本とはどういう本ですか?」と質問させて頂いた時に、
「色々な考え方があるかと思うけど、「読んだ後に違う自分になってしまう本かもね!」」と答えて頂きました。
まさに自分にとって「違う自分になってしまう本」の一冊になりました。
以来、自己理解・他社理解の土台になり、「自分を許し、他者を受け入れる」様に少しはなったのかもしれません。
「自分探しへの旅」を終わらせる事が出来ました。
以来、平野啓一郎さんの小説も読むようになり、大好きな作家さんの一人となりました。
ついつい、分人主義的な発想で、もの事を捉える様になってしまい。
今では、「歯を磨く様に」「外に服を着て出かける様に」この視点で考える様になってしまいました。
平野さんの作品でも、
「ある男」では、「愛する人が、もし自分の知らない別人だったら?自分の愛した人は誰だったのか?」
「本心」では、「愛する人のた他者性」「AIを他者の人格として受け入れられるか?」など。
分人主義で問われている、「私とは何か?」人の在り方についてひとつの大きなテーマとして書かれている様に感じています。
今回の最新短編集「富士山」の中の「息吹」でも。
た・ま・た・ま、ある選択をした自分。そして、ある選択をしなかった自分。その境界線が・・・。
人の人生は、無数の選択の連続。人は、たまたまという偶然や運命、様々な分岐点ひとつひとつの中で生きている。
運命への感受性を高める。
ある選択をした自分と、ある選択をしなかった自分。そのどちらの自分も自己の中では、存在しており、
影響を与え合っているのではと思わせてくれる小説でした。
読書会前のトークショーでは、『今後の分人主義的な文脈での書いてみたいテーマ。または気になるテーマなどはございますか?』との直接質問もさせて頂きました。
自身の中の第4期が終わったと感じており、新たなテーマを書いてみたいとも思っており、実験的な短編を書きながら、第5期の長編に向けての構想を練っていきたい。
「分人主義」についても、自身の人間観であり、これからの小説にも出てくるだろうとの事でした。
『個々人の中に、多面性の分人がある事が許容される社会。弱さが認められ、補い合える社会になれば』とお話されていました。
トークショーでは、他にも作品が生まれた裏話、自身の作品の遍歴や世相の捉え方など非常に興味深いお話を聞く事が出来ました。
また、その後の読書会では、各テーブルを回って頂き、私たち読者の質問などにもお答え頂きました。
あの平野さんと椅子とテーブルを並べて、お話出来るとは。
「そうだったのか!そんな事まで考えて書かれていたのか!」などの驚きも多く、作品がより多面的になり、
新しい一面を一緒に読んでいる感覚になりました。
平野さんの小説は、ストーリーとして凄く面白い上に、新たな人間理解の視座を考えさせてくれる作品だと思っております。
まずは、10月17日発売の短編集「富士山」も是非読んでみたいと思っております。