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【少年・青年・中年・老年小説集】「モノベさん外伝…〈最近知り合ったおとこ②〉」

午後の3時を過ぎたころ…知らないうちに不忍池近くの飲み屋街を歩いていた。
そのときに…
【アメイジングジャーニー~すてきな旅行】
という看板が目に飛び込んできた。


マスターは伝説の元モッズバンドの
天才ソングライターの尾藤アサヒさんだったのだ…

ユキオは興奮に自分を抑えきれず
なぜか素早い動きで
マスターの正面のカウンター席に座っていた。


「いらっしゃい。あいにく、ランチはもう時間がすぎちゃったんで…
ドリンクとデザートしかないんだけど…いいですか?」

ユキオはうっかり、一時期は追っかけをしていた伝説のロックスターを
ガン見してしまっていた。

「ああ…なんかすいません。あるもんで結構です…」
あわてていて、大きな声を出していた。

「ドリンクメニュー、そこにありますから…
何にします?」

赤面していることがわかっていた。
汗が噴き出している。
しかし、ユキオはこういうときでも
メニューは穴のあくほど見る習慣があった。

「…」
たぶん3分くらい沈黙していたと思う。
急に待たせていることに気づいたユキオは、
少しどもりながら発声した。

「あああの…
このオレンジジュースは何を使ってるんですか?」

「え?」
「ぷはははっ。おいおい、
まったく同じセリフをいう人がやってきちゃったよ」

隣の席に座っていた常連とおぼしき、
同世代と思われるお客さんが大笑いしていた。

マスターのアサヒさんも笑っていた。
ユキオは、よくわからなかったが…
二人のフレンドリーな雰囲気に緊張が少しとけた。

「オレンジジュースはドンシモンのマンダリンオレンジだよ。
最近来るようになった常連の人がね、初めて来たときにあなたと同じようにどこのメーカーなのか聞いてきたのよ」

「そうでしたか…。オレンジジュースください」
「ドンシモンをしっているの?」
「ええ。昔、ヤマヤ経由で取り寄せてました」

「マスターさあ、ユキオくんそっくりだね…このひと」
「え? その方、ユキオさんっていうんですか?」
「うん。今日あたりくるんじゃないかな? この店の常連だよ」

マスターがカウンターの奥から出てきて…マンダリンオレンジを目の前においてくれた。

「ああ、名前名乗ってなかったね。おれは【かっちゃん】って呼ばれてるのよ。よかったら、かっちゃんって呼んでくれる? おたくは何さん?」

「ぼく、ユキオです」
「え? 同じ名前なのか? まさか苗字はコグレさんじゃないよね?」
かっちゃんが、マスターと顔を見合わせている。

「いえ、ぼくはモノベです。コグレさんってかたはなんて呼ばれているんですか?」

アサヒマスターが引き取って答えてくれた。
「ユキオくんって呼んでるよ。ボクがそう呼びだしたんだけどね」

「モノベさんはなんて呼ばれてるの?」
「ユキオくんです…」
「ははは…おもしろ~い」
二人ともたのしそうに笑った。

かっちゃんが何やらマスターに耳うちしている。
マスターもうなずきながら、
なにか会話していた。

こういう初対面からフレンドリーな雰囲気には
あまりなじみがないユキオは、
落ち着かないまま、マンダリンオレンジを一気飲みした。

店内にはテーブル席が3つ。
8~10人ほどかけられるだろうか。
カウンターは6席。
かなりコンパクトな店だ。

しかし、狭い感じもなく、調度品もセンスがあった。
お客さんは、かっちゃんにユキオに若い男女4人組がいた。

オレンジジュースを飲み干したあと、
少し落ち着きを取り戻したユキオは、
いまかかっている曲が、
The Actionの「Brain」だということに気づいた。

どうやら、4人組の男女からのリクエストだったようだ。
なかなか趣味がいい…20代から30代によく聴いた曲だった。
還暦を過ぎたユキオだったが…
いまでも60年代の音が心地よく感じる。

尾藤アサヒさんの店…
知らなかったが…彼らしい、程のいい趣味のいい空間に
数十年の時間を引き戻されるような気分であった。

「ユキオくん…あっと…どう呼べば区別つくんかな?」
「あと…モノベくんってもいわれてます」
「ぷ。いいね。じゃあ、モノベくんでいい?」
「ええ、もし、ユキオくんって方が来たら、
ボクはユキオくんって呼んでもいいですかね?」

調子に乗ってユキオはいつもはいわないように
抑えている自分の地の性格をつい出し始めていた。

「ははは。いいよ。ボクからユキオくんにいっておくよ。
気が合いそうだね、きみたちは」
アサヒマスターが料理を持ってきてくれた。

「これはさあ、ユキオくんが初めてうちに来たときに
食べたランチのメニューなんだけど…
ぜんぶ同じ食材じゃないけどさ…
かっちゃんが『同じようなもの食べてもらったら』っていうからさ…
どう? おなかはすいてない?」

「神保町のキッチン南海で大盛りでイカフライ生姜焼きを食べましたが、
そのくらいの量なら、平気です。いただきます。
おいくらですか?」
「ユキオくんにも同じこといったんだけどさ…
1000円出せる? よかったら、食べ飲み放題で1000円でどう?」

「ちゃんと払いますよ。ご心配なく。タコライスですか?」

ユキオは割りばしをもらって、一気に食べ進んだ。
二人の笑い声がした…しかし、
食べ始めたら、ユキオは集中して食べるたちだった。

「あれ? こんな高級なチーズつかっていいんですか?」
「何かわかる?」
「チーズの産地ですか?」
「うん」
「とりあえず、ちりめん山椒は木村九商店の味に似てますね。
チーズはスペインの一時期はやった…
マンチェゴにイディアサバルとかの
羊の味のチーズに似てますね」

「あらら…この二人は兄弟かなんかなのかね?」
「モノベくんさあ、お米のブランドはわかる?」
「つや姫っぽい感じですが…コシヒカリみたいなの…
ひょっとしてまぜてます?」

「なんでそんなことまでわかんの?」
「いや、たまたま好きなお米なんで…当たりですか?」

「すごいね。ぜひ、ユキオくんに会わせてみたいね」


「ねえ、ちなみにこの曲は知ってんの?」
「いまかかってる曲ですか?」

「うん。そっちの4人の常連のからのリクエストだけどさ」
「The CreationのHow does it feel to feelですかね…」

「え、クリエイションを知ってんの?」
「昔、クロサワ楽器の店員のおにいさんから、クリエイションの編集したテープもらったりしたことがあるんで」

「ちなみに、その前のリクエスト曲は知ってた?」
「The CreationのHow does it feel to feelの前はメイキングタイム。
その前は…The ActionのBrainですかね? そういえば入ってきたときに、
Thunderclap NewmanのSomething In The Airがかかってましたね。
The Actionの後期の感じとちょっと似てるんですね。ビートルズの影響ありありな感じで…どっちも」

ユキオの全問正解に…テープ席の若者のひとりが、
ユキオに向かってサムズアップをしてきた。
知識ひけらかしの感じがまるでなく、好感が持てた。

「正解だよ。びっくりだな。
失礼かもだけどさ…外見で
ぜんぜん、そんな曲聴いてた人には見えなかったから…」

「…モノベくんはこの店の連中とも話合いそうだね。
また来てよ、ボクも毎週土日には来てるからさ」

かっちゃんが同好の士をみつけたあきらかな楽しげな表情をしていたことが、ユキオには望外のうれしさがあった。

「あ、噂をすればだよ~」
マスターがうれしそうにカウンター奥から出てきて
ひとりのお客さんを迎え入れた。

身長も体重もほぼ同じような、
還暦過ぎの年齢の割には…
かなり若い感じの男性が入ってきた。


モノベユキオとコグレユキオの…
「長い友との始まり」であった…








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