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【少年小説_音楽編】「地下鉄にのって①_初めて自分から聴きたいと思ったレコード」

「にいちゃ、これ誰ん曲?」

小さなレコードプレーヤーにのったシングルレコードの音。
ユキオは普段かけている兄の音楽とは、
少し感触が違うなと感じていた。

兄はプラモデルを組み立てている。
手が離せないようだったので、
一瞬目くばせしたあと…
あごでシングル盤のジャケットの場所を示した。

「こりゃあ…
たくろーが作曲した曲だ」
「猫?」
「猫はバンド名だ」

兄が手を止めて、レコードプレーヤーの前に来て、
説明を始めた。
こういうときは饒舌で…
たいてい詳細な説明をしてくれる。

「地下鉄にのってという曲だ。
ユキオは吉田拓郎は知ってるら?」
「うん」

兄はメカニックに強かった。
小学校の高学年で
テープレコーダーとラジオを買ってもらってからは
自分で台本を書いたドラマなんかを
ミュージックテープに吹き込んだりしていた。

ユキオもその録音に駆り出されて
時々太鼓だとかを叩いたり、
兄の脚本どおりのセリフをしゃべったりしたこともある。

兄は運動ができなかったが、
勉強は特別できた。
理系にも強く、
プラモデルはかなり高度なものを組み立てていた。

今回も名古屋城を組み立てている。
ただ、ユキオは細かい作業は好きではなく、
兄の作ったものをみてたのしんでいた。

いちばんのお気に入りは、
グループサウンズのプラモデルセット。
ドラムもあって、なんとスティックもブラシもあるのだ。

ユキオは小学校3年生。
兄は中学1年だった。

中学にあがった兄は最近音楽の趣味がかわって…
ユキオには大人の世界を感じさせるものが増えた。

それまではアニメや特撮の主題歌だとか、
ソノシートと呼ばれるものを中心に聴いていた。
いまは、ラジオ番組から歌謡曲だとかフォークソング、
ポップスのようなものよくエアチェックしているようだった。

ミュージックテープの曲名などを書く欄に…
自分で曲名や歌手などを書き入れている。
兄のすごいところは、作詞作曲者まで書いていることだった。
作詞:松本隆だとか
作曲:筒美京平だとかを書き込んでいた。
いったいどこで調べたのか知らないが…

「ユキオ。雪っていう曲知ってるか?」
「ううん」
「聴いてみるか」
「うん」

うんざりするほど長い、
レコード盤を替える工程。
ユキオはなんだか儀式のような、
この一連の動きが…
すごく大人の世界に近づくように感じて
興奮を禁じ得ないのだった。

「どうだ…」
「これが雪?」
「たくろーの作詞作曲だぞ」
「へー」

「旅の宿」や「結婚しようよ」だけでなく、
兄はアルバムも買っていた。
ユキオはなんだか、
取り残されたような気分でもあった。

「どうだ?
かっこいいだろ?
ついてゆきたいって…
雪と行くのだじゃれだぞ」

ちょっとは面白い感じがした。
吉田拓郎は「結婚しようよ」が好きだったが、
レコードを聴きたいとまでは、
ユキオは思わなかった。

しかし、この猫というバンドの曲は
惹かれるものがあった。
エレキギターというのがよかった。
「雪」よりも「地下鉄にのって」のほうが
明るくて好きだった。

それに歌詞の「新宿」「丸ノ内線」
「四谷」だとか…4年になる前の春休みに
家族旅行で東京に行く予定だったこともあって、
ユキオはあたまがくらくらする感じがした。

(東京って…どんな感じなんだろう?)
素直に憧れた。
同時になんだか怖い感じもする。
そんな大都会にやまが出身の自分には
想像がつかないような街を思うと…
ユキオはなんだか心臓や脳がいじくられるような、
なんだかわからない気持ちになるのだった。


「地下鉄にのって」は、
ユキオが「初めて意識的に自分から聴きたいと思ったレコード」であった。

吉田拓郎はよくわからないし…
好きという気持ちも湧いてこない。
しかし、猫のエレキギターやバンドの醸し出す雰囲気…
この楽曲のもつイメージ…


バンドというものに惹かれたのは、
幼稚園のころのスパイダース以来のことであった。

【②に続く】










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