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【少年・青年小説 食シリーズ】「東京に食べるためにやってきた⑦~孤食のグルメ2~」

急激に太りだしてから、ますます一度に食べる量が増えた。

いまのユキオには、朝刊と夕刊のローテーションで連休が来る前日の、
仕事が終わった日の食事が最大のたのしみであった。

さらに太ることがわかっていながら…大量に食事をとったあとに寝るということ…それがやめられなかった。

その時の気分を文章にすれば、
あとは野となれ山となれ
であったろうか…

バンドをやっていたころの、
スリムな体系は様変わりして、
昔の知人に再会すれば…
「太ったな」という言葉を、
例外なく聞くことになる。

自己評価が低い、自分が嫌いなユキオには、
そのことがますます自分を嫌いにさせる。
そして、誰とも会わなくなる…
悪循環が続いた。

夕刊が終わり、2日のローテーション休日。
次は朝刊なので、2日半の休みだ。
朝刊、夕刊のローテーションだと…
からだは朝刊に合わせて夜型にかわってしまう。

昼間はずっと意識がもうろうとする。
夕刊は午前中から昼までの作業で…
午後2時前には終わってしまう。
その後の1時間の休憩は、ひさびさの昼の光を楽しめる時間でもある。

しかし、体はもう、光を拒否するようになっていて…
食事をすると眠さを克服することがむずかしくなる。

夕方6時までの作業は、朝刊の連載や、夕刊の連載などの校閲をする。
負担は朝刊のローテーションでの難しさや緊張感とは比べ物にならないくらい、精神的には楽だが…その分、なかなか力がはいりにくい、意欲が出にくい。

ユキオは社員ではなく、出張校閲に来てる手前、手抜きをしたりはしない。
しかし、夕刊の残りの時間帯のけだるさは…これはこれでしんどいものであった。

仕事があまり多くない場合は、デスクのはからいで、早ければ午後5時すぎには帰れる場合もあった。この日も、ユキオは早めに上がってよいといってもらった。

足早に新聞社を出る。
夕方の6時から朝刊のローテーションのひとたちが来る。
緊張感が違うので…できればその雰囲気が深まるよりも先に、
ユキオは帰りたかった。

外に出るとまだ明るい。
朝刊夕刊のローテーションは始めて2年近くになる。
慣れたようで慣れない。
この緊張感はたのしいこともあったが…
神経に大きな疲労をもたらしていた。


新聞校閲を始めたころは、
まだこういうタイミングの日には、
街にでかけて遊びに行ったりしていた。

しかし、いまは体重も増え、体調不良が続き、
長く寝ることで…精神的肉体的にやっとこなしているといってよかった。


30歳の半ばを過ぎて…ますます体調がよくない。
心療内科的な睡眠導入のための薬を時々飲んでいる。
しかし、どうも心地よくない。
習慣性があるという話も聞く。

同業者は同じような抗不安剤、抗うつ剤を、
割と気軽にのんでいることに驚くが、
いつの間にかユキオも抵抗感が弱くなっていることに
これでいいのか?という思いがあった。


電車で直にアパートに戻った。

体調がよくないので、そのまま寝た。
音楽も聴きたくないくらい…疲れ切っていた。
午後7時前にはうちについていて…3時間くらい眠ったろうか…

2日の連休で、普段なら外食をたのしんだりするのだが…
その気分にならない。歩きたくもない。自転車に乗る気も起きない。
今日はデリバリーでピザを取ろう。
いまうちには割引券があるのだ。

LサイズのピザがMサイズと同料金で、
しかもサイドメニューのポテトが無料。
ユキオはこのじだらくな宅配ピザを、
いつの間にか愛用するようになってしまった。

かつては、コストパフォーマンスの悪い宅配ピザを毛嫌いしていたが…
人と疎遠になることに比例して、宅配が好きになっていた。
新聞校閲がまあまあ稼ぎがいいということもあったが…

この宅配ピザ店は、著名なフライドチキンのチェーンと同じで、
大きなチキンレッグを売っていて、それが結構うまい。
ピザの外周にチーズを入れたり、ソーセージを入れたりできるものもある。
今回は外周にチーズを入れたものにした。

シーフードと加工肉系のハーフ&ハーフに外周チーズ、
チキンレッグにポテトのサービス。
かなりの金額だったが、Mサイズと同じだし、
いいとした。

ほんとうはカラマリと呼ばれるイカフライがのったものがお気に入りだったが…いまはなくなってしまった。

注文をした後、ユキオは台所に行き、
冷蔵庫に入れておいた冷やご飯をレンジであたためた。
2合くらいはある。
桃屋のやわらぎと酒悦の福神漬けとメンマを取り出し、
万年床わきに置いてある卓袱台…こたつ台に置いた。

冷やしてあるペリエの缶をあとであけるつもりだ。
醤油にかどやのごま油などを置き、ピザを待つ。

時間は夜の10時あたり。
誰からの連絡もない。
寂しいという気持ちは、近頃はわかない。
ひとりに慣れて、ピザを待つこの時間は、
今のユキオにとって至福の時間であった。

誰にも邪魔されない…至福の時間を…
ユキオは音楽をかけて味わう。
ローリングストーンズやジミヘン以外は、
ほとんどがブルースなどの黒人音楽のコレクションだった…

ピザが着く。
至福の食事開始。

ピザの箱を開ける。
残念だが…そこまでのワクワクは…わかない。
しかし、たのしい。
シーフードミックスに醤油をかける。
うまい。

あつあつというほどではない。
ここのピザでやけどはしたことがない。

加工肉のミックスを食べる。
たのしい。
おいしいが…そこまで特別おいしいわけでもない。
しかし、やはりたのしい。ひとりだけのたのしさだ。
Lサイズだから食べでがある。
しかし、具が少ないなあ…
サンドイッチのように挟んで醤油をかけて
白い飯のうえにのせる。
やわらぎやめんまなんかをのせて醤油をかける。

けっこううまい。
しかし、いつもはLサイズも一度に食べてしまい、
白い飯も一緒に食べてしまうくらいのユキオだったが…
今日はあまりおいしく感じない。

チキンレッグはおいしいので、
冷蔵庫に入れるか、冷凍して保存することにして、
残りのピザを箱に入れて冷蔵庫に入れようとした。
しかし、Lサイズなので入らない。

仕方ないので箱を半分で折り曲げて、ハサミで調整して
冷蔵庫にしまった。

デパスとデジレルをペリエの缶でのんで、
歯を磨いて風呂に入らずに寝た。
じだらくな解放感と、
自責の無意識のなにかで…
くらく湿ったイメージのなか、
小さな音で、自分で選曲したMDを流しながら、
リピートしながら寝た。

スキップジェイムズのあとに…
ローリングストーンズのスウェイが流れた…
悪魔の生活が…ユキオを煙のように覆っている…
そんなことを思いながら…寝た。