スキル「火吹き芸」がしょぼいと言われサーカスをクビになった俺が、冒険者パーティ兼サーカス団にスカウトされた件〜今度は冒険者としてもスキルを使います〜第19話 VSゴルド
毛が逆立つほどピリピリとした空気が俺の肌を撫でている。
俺とゴルドは街のど真ん中で向かい合っていた。
小細工をしないというのは本当だったらしく、お互いに道具を仕込めるような服装ではなく、また、手には何も持っていなかった。
ゴルドほどの実力者なら、むしろ何かある方が邪魔になるのだろう。
ゴルドは一人の男性を指差した。
「あなたに審判を頼みたい」
男性は驚いたように自分を指差した。
「わ、私ですか? しかし、早業を見抜くようなのは得意じゃないのですが」
おずおずとした様子で男性は、頭を手で押さえた。
「構わない。タイミングさえ測ってくれればいい。コインでも投げてくれれば、それで俺たちが勝手に始める。それでいいだろ? ドーラ」
「ああ」
「それなら」
男性は懐から硬貨を取り出し指の上に乗せた。
「い、行きます」
親指で弾かれたことで、道に高い音が響き、コインが宙を舞った。
耳をすませば、観客の息遣いや心臓の音までが、鮮明に聞こえてくる静かな状況。
少しして、コインが地面とぶつかる衝突音。
俺は勢いよく水を吹き出した。
「『ウォーターブレス』!」
反対側では、すでに詠唱を終えていたゴルドが、最高威力の水系魔法を俺に向けて放っていた。
だが、その顔は俺が吐き出した水への驚きでいっぱいのようだった。
最初こそ力は拮抗していた。だが、俺が一歩、また一歩とゆったりとした足取りでゴルドに歩み寄るたび。
「くっ」
「ぐあっ」
といった苦しそうな声が聞こえてくる。
やはりと言うべきか、ゴルドの水系魔法は強力だった。
同じ属性で対抗すれば、意表がつけると思ったが、それだけでは足りなかったらしい。
しかし、その先も考えてある。ギルドで騒いで体感したのは、俺は炎、水以外にもさまざまな属性のブレスを使えるということ。
例えば。
「グアアアア!」
叫び声を上げて、人が倒れた音がした。
俺はそこでブレスをやめた。
その時にはすでに、ゴルド攻撃による負荷がなくなっていた。
最後には街道一直線に、俺の放った水が地面に打ちつけられた。
「すげえええええ! 今の見たか? 途中で水のブレスに雷属性を混ぜてたぞ!」
「色々な属性を使えるとは聞いていたが、あんな使い方ができるなんて知らなかった!」
「あれだと、いくら組み合わせがあるんだ? 俺は全種類見ることはできるのか?」
「本物のドーラ君だわ! こっち見てー」
観客の声援に俺は手を振りかえし応えた。
なるほど、街中での些細な出来事も全てが芸でありパフォーマンスになる。
リルが気にしていた理由もわかるってもんか。
「やるじゃない。ピンチになったらワタシのサポートをこっそりかけようかとも思ったけど、そんな必要は全くなかったわね」
テンション高く肩を叩かれ、俺は頭をかいた。
「いやぁ、あはは。上手くいってよかったよ」
「何それ! 自信なかったってこと?」
「まあ。どうしようかは考えてたけど」
はにかみながら俺は答えた。
「そうなの? でも、勝てたなら問題ないわよ」
「ちょっと、何笑ってるのよ? あんなのなしよ。不正不正! 途中で技を変えるなんてルール違反よ」
俺に食ってかかってきたユラーが、ずかずかと足を踏み鳴らし近寄ってくる。
「待ってくれ。攻撃を変えてはいけないなんて言ってなかっただろ」
「そんなの察しなさいよ」
俺の抗議も耳に入れず、ユラーはそのままの勢いでこっちに来る。
観客に囲まれ、今は逃げられそうもない。
しかし、今は得意のモンスター使いもできそうにないが。
「行きなさい。スライム! パンサー!」
「マジかよ」
「ちょっと。あんたの方が不正じゃない!」
ユラーは突然、モンスター封印のツボから、二体のモンスターを呼び出してきた。
ユラーの掛け声により、スライムとパンサーが同時に俺に飛びかかってくる。
「『ファイアブレス』!」
思わず、全力の火を吐いてしまう
「ハハッ! 忘れたの? あなたの火は仲間を攻撃できないんでしょう? それに、アタシのモンスターはあなたの炎にも慣れてる。関係ないわ」
忘れていた。
いくらクビにされたとは言え仲間だった。そのうえ、指示されているだけで、モンスターたちに罪はない。
俺はそこで火を吹くのをやめた。今のユラーに対してならまだしも、スライムやパンサーに攻撃するつもりにはなれない。
だが、スライムもパンサーも動きを止めており、俺に向かって来てはいなかった。
「さあ。スライム! パンサー! 行くのよ! ドーラに向かうの!」
ユラーが言うと、俺に向かってくるスライムにパンサー。
俺は大の字になって目をつぶった。
「ちょっと、ドーラ。なんで抵抗しないの? 来ちゃうよ?」
「今の俺に彼らに対する有効打はない」
「有効打はないってそんな。じゃあ、ワタシのサポートとかは?」
俺は口角をつり上げ無理やり笑って見せた。
「もう、間に合わないだろ?」
俺は黙って受け入れることにした。
案の定、モンスターたちは勢いよくぶつかってきた。俺はそのままされるがままに地面に倒れ込む。
だが、痛くない。いや、正確には痛いのだが、なんだろう。思ってた痛みと違う。
かと思うと、スライムもパンサーも甘えるように、舐めてきているというか。
いや、スライムは服が溶けるから舐めないでほしいんだけど。
「ちょっと。何してるのよ!」
「ドーラはボクたちの仲間だよ! それに、いつも火吹き芸で体からゴミを取ってくれてたんだ」
「そうだ。ドーラは体についたノミだけをキレイに焼き尽くしてくれるいいやつだ。ご主人の命令でもドーラに攻撃はできない」
「何よ。なんなのよ」
あれ、なぜか、スライムとパンサーの言葉がわかる。
これが、冒険者カードに書かれていた魔物使いの特性ってことか?
「あなたたちが言うことを聞かないならいいわ。アタシにはとっておきがあるんだから。見てなさい」
ユラーはさらに懐からモンスター封印のツボを取り出した。
「ふふふ。この子はアタシのとっておき。芸なんて仕込んだことはないけれど、今はどうでもいいわ」
「待たないか」
フラフラになりながらゴルドがユラーを止めた。
「ご、ゴルド様?」
「今は観衆も見てる。ただでさえ今の行動は良くなかった。ここの街の人がドーラの行動にヤジを飛ばさなかったんだ。それを俺たちがとがめたら、俺たちが悪いということになる」
「で、でも」
「俺の魔法はそもそもドーラのブレスに威力で負けていた。最後のは決着を早めただけだ。火吹き芸だけとたかをくくって、ブレスを噂だと切り捨てた俺の完敗だ」
「そんな」
「ドーラ。俺の負けだ」
「え」
最後は俺を見ながらゴルドが言った。
「アリサの場所を教えよう。と言っても俺が知っているのは親父に使者を送られ、氷結の洞窟に追い込まれたということだけだ」
「え……氷結の洞窟……? 何よそれ。もっと詳しく教えなさいよ」
「それはできない」
「なんでよ!」
地団駄踏みながらマイルが言った。
俺としてはマイルの反応の方が気になるんだけど。
「何せ使者の口が硬くてな。俺じゃそこまでしか聞き出せなかった。どうするかはお前たちが決めろ」
「ご、ゴルド様。アタシたちは一体どうしたら?」
「帰ろう。いや、報告だけしてもう辞めるかな。俺程度の人間に才能なんてなかったんだよ」
「そんな。そんなことは」
「あるさ。さっきの見ただろ? いや、実際には今もか。あれだけの実力差を見せられたら、諦めもつくってもんさ」
「確かに、アタシでもスライムとパンサーにあそこまで甘えられたことはありません」
「だろ?」
いや、そんなこと言ってないでそろそろこのモンスターたちを回収してほしいのだが。
さすがに動けない。
「行くわよ。スライム。パンサー」
「それじゃ、ドーラ。またね」
「元気にしてろよ」
「おう」
やっとどいた。
「元気でな」
「何言ってるの?」
ユラーに疑いの目を向けられた。
え? スライムとパンサーの声聞こえてないの?
俺はユラーに首を振り、スライムとパンサーを見送った。
「さて、どうしようか」
「もちろん。アリサを追うに決まってるでしょ」
「だよな。じゃあ、サーカスに戻って」
「ううん。ワタシたちだけで行く?」
「ええ? どうして?」
「二人はどうせ昨日の騒ぎで役に立たないからよ。……それに、急がないと」
「そうなの?」
「そうよ。いつもいつもワタシに家事を任せて。ワタシは家政婦じゃないっての」
何やら色々とうっぷんが溜まっているらしい。
しかし、そんなふらふらになるほどだっただろうか?
わからないが、俺より長い付き合いのマイルが言うならそうなのだろう。
「じゃ、氷結の洞窟に行くか」
「その前に、その見た目はどうにかした方がいいと思う」
ぷいと目を背けられ、俺は自分の服装を見直した。
スライムに溶かされた服、パンサーに舐められた顔。
「うん。そうしようか」
このままでは洞窟で凍えてしまう。
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