世界で唯一の天職【配信者】と判明した僕は剣聖一家を追放される〜ジョブの固有スキルで視界を全世界に共有したら、世界中から探し求められてしまう〜第29話 ヴァンパイアに嫉妬
「無事に戻りました」
「えっと。お邪魔します……」
「…………」
今回は出迎えもなく姫様の部屋まで歩いて帰ってきた。
あまり賛同していなかったせいか、姫様は不満そうな顔で僕のことを見るだけ。
黙っていて何も言ってこない。
姫様の部屋にサーピィを連れてきたけども、こういうのって他の場所だったりするのだろうか。
「あの。セスティーナ?」
「……むー」
口を尖らせて何かを抗議してきている気はする。
少しかわいらしいけども、わからない。多分、また僕が何かしたのだろう。
心配かけたり、女の人に話しかけられたりと、なんだか僕の頼りなさを実感させられるけども、これが僕の実力。姫様が評価してくださっているのはジョブやスキル。
いやいや、そんなふうに思い上がるな。ダンジョンの様子を届けられるからだろう。
何と言えばいいのか困っていると、姫様は少しさみしそうに目線を下げた。
「……私もまだ、リストーマ様と手をつないだこともないのに。抱きかかえてもらうなんて……ぷいっ!」
「ああっ!」
なんだかそっぽまで向かれてしまった。
ここまでのこと? 何だ? 何をしてしまった?
骨? 骨か? 骨と戦った時?
確かに、手際は悪かった。姫様を怖がらせていた。
「セスティーナ。えっと、えっと……」
「リストーマさん。ひとまずわたしを降ろしてください」
「あ、そっか。もう大丈夫だよね」
サーピィを降ろして姫様に向き直る。
「ほら、そうしたらまずは挨拶です。帰ってきたんです。お姫様の手を取って報告してあげてください」
「い、いや、それは失礼というものじゃ。詳しくないけど……」
姫様が一瞬顔をかがやかせてこっちを見た気がしたけど、すぐに顔を伏せてしまった。
ほら、やっぱり嫌がっている。
わざわざ僕の手なんて触りたくないだろう。
汚れてもいいというのは姫様が優しいだけだ。
「僕からなんて恐れ多くてできないよ」
「いいですから! わたしを好きないようにしたんです。ちょっとはわたしの言うこと聞いてください」
「わ、わかった。わかったから」
背中を押されて姫様の方へ。
やれやれという表情のサーピィ。もっとおとなしい子かと思っていたけど、思ったよりも強情だったみたいだ。なんだろう人間関係に対しては強いヴァンパイアなのかな?
向き直ると、姫様はちらっと僕を見るだけで、落ち込んだようにうつむいている。
僕は覚悟を決めるため、一つ大きく深呼吸してから姫様の手を優しく取った。
「えっ……!」
顔を真っ赤にしながら姫様が顔を上げた。
ここで止まらない。
嫌がっている顔じゃない、怒っている顔じゃない、これまで僕の見てきたことのないような表情。
少し照れていることはわかるけど、それ以上はわからない。
ただ……。
僕は片膝をついて、手を胸に当てた。
「か、帰りました。セスティーナ」
「……え……え……」
先ほどまでの、不機嫌でしゃべらない姫様ではない。
なんだか言葉を探すように、空いてる方の手を口に当てて、めずらしく困ったように視線をさまよわせている。
じっと見つめる。黙って。僕はただ、姫様の言葉を待つ。
「はい! お帰りなさい! リストーマ様!」
どちらかと言えば……いや、今のは僕でもわかる。
満面の笑み。
どんな人の笑顔より、何よりも、今の姫様は魅力的だ。
僕は、こんな姫様だから、姫様のためにがんばれるんだ。
これで、よかったのかな?
「そちらが、ヴァンパイアの……」
「はい。サーピィと申します。名前はリストーマさんからいただきました」
スカートの裾を持ち上げて頭を下げる姿はまるでご令嬢のよう。
あまり整った生活圏には見えなかったけど、もしかしたら僕よりも育ちはいいのかもしれない。
「リストーマ様から、お名前を……」
「あ、あの! 名前がないと不便だろうからと。そうですよね! ペットのようなものです!」
「ペット……」
「さすがにペットとは違いますよ? サーピィは女の子ですし……。あれです。名前がないとセスティーナに紹介する時に苦労するだろうと思ったので、僕がつけました」
「そうなんですね!」
とりあえず仲良くできそう、かな?
もしかしたら、育ちからして、同じような境遇の部分もあるのかもしれないし。
「サーピィ様」
「は、はい!」
「どうやら問題を起こしそうにありませんし、ご協力したいと思います。リストーマ様の報告通りなら、困っているのでしたね?」
「はい……。我々は力が弱く。代々伝わっている隠蔽の魔法により、姿を隠して生活しなければ生き残れないほど脆弱でした。食べ物も、こっそりと吸うしかなく、そのせいか、なかなかいい血を得られず困ってまして……」
「見た目からしてよくわかります……。でも、血、ですか?」
「はい。できれば、健康な男の方の血がいいなぁと」
そこでサーピィは僕の方を見る。
「血は必要。伝承と同じ部分もあるのですね」
姫様までもが僕を見た。
「そう、みたいです。僕の血くらいなら、吸い尽くさないなら別にいいけど」
「待ってください!」
飛びつこうとしたサーピィを止めるように、姫様は声を上げた。
そして、首筋を差し出すように首元を出した。
「セスティーナ!?」
「お姫様!?」
「私の血でよければ私の血を吸ってください。残りは少し考えます」
僕とサーピィが驚くのは同時。
それも当たり前の理由だ。
僕がいながら姫様は自分の血を差し出すというのだ。
「セスティーナ。僕が」
「いいえ。それは困ります」
「しかし僕は」
「大丈夫です。さあ。若い女性の血でもいいのでしょう? 伝承通りならそのはずです」
「そ、そうですけど……。い、いただきます!」
何かを覚悟したようにサーピィは姫様の首筋に噛みついた。
フラフラしていたサーピィがみるみる体力が戻ってくるよう。
相変わらず肌は白いが、パサパサだった髪はツヤのある薄い紫色の髪になり、目の色もくすんでいたものが、光を取り戻したようにはっきりとした血のような赤い色へと戻った。
「どうやら、ひとまずの栄養は確保できたようですね」
「こんな。こんなにしっかり血を吸えたのは、生まれて初めて。あれ、あれ?」
ポタポタと姫様の肩に水滴が垂れた。
「おかしいな。なんで。どうして」
姫様は何も言わずサーピィのことを抱きしめた。
ポロポロと泣き出すサーピィを僕たちは落ち着くまで見守っていた。
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