スキル「火吹き芸」がしょぼいと言われサーカスをクビになった俺が、冒険者パーティ兼サーカス団にスカウトされた件〜今度は冒険者としてもスキルを使います〜第1話 サーカス追放

「お前クビな」

「え?」

 俺はドーラ・バルバドル。17歳。

 何の脈絡もなく団長に告げられた言葉に自分の耳を疑い、反射的に聞き返してしまった。

 いきなり呼び出されたかと思えば、クビと言われたのだ。

 大事な話があると言われ、サーカスのテントの裏に呼ばれ、一言で済まされれば、クビでなくとも誰だってそうなるだろう。

「すいません。もう一度言ってもらえませんか?」

「ああ。お前がどこかへ行くまで何度だって言ってやる。お前はクビだって言ったんだ」

 どこかいらだたしげに、団長は言った。

 どうやら聞き間違いではなかったらしい。俺は今、団長からサーカスをクビと告げられたのだ。

 俺は団長の言葉が理解できず、理由を聞くことにした。

「どうしてですか? 俺のスキルを高く評価してくれたのはモーケ団長じゃないですか」

 俺は団長との距離を詰めた。

 しかし、団長は俺が近づくことすら嫌なのか、顔の不機嫌さが増し、俺を睨みつるような表情になった。

 そして、後ろに下がると、太った体で腕を組み、俺を見下すようにアゴを突き出した。

「ああ、そうだ。お前はワシがスカウトした。だがな、今では失敗だったと思っている」

「そんな……」

 俺は地面を見つめた。

 俺のスキル、火吹き芸は他の人が持たないようなレアスキルであると同時に、使い道のない外れスキルだった。

 火力でもリーチでも炎系魔法に劣った。

 詠唱がないため、出すスピードこそ速かったが、ほとんど誤差のようなものだった。

 そんな使い道のない俺に声をかけてくれたのが、今目の前にいる団長だった。

 俺は今でもあの時のことを鮮明に思い出せる。

「君が噂の火吹き芸の子かな?」

 団長は優しく俺に声をかけた。

「おじさん誰?」

「おじさんか。ははは。私はモーケ・ニーゼ。サーカスをやってるんだ」

 俺はサーカスをやっているという言葉だけで胸が高鳴るのを感じた。

「サーカス!? あの、人を笑顔にしてるサーカスをやってるの?」

「そうさ。興味あるかい?」

「あるよ! でも、俺は火吹き芸しかできないんだ。みんなお前には何もできないって言うんだ」

 俺は思わず下を向いた。

 きっと珍しさだけを聞きつけてきたのだろうと思ったからだ。

 そんな人は最初の一回しか驚かないことを、俺は経験から知っていた。

「そんなことないさ」

 それでも、団長からそんなことないと言われ、思わず顔を上げた。

「え?」

「君がもしよければ、サーカスに出てみないか?」

「いいの? 俺は本当に火吹き芸しかできないよ?」

「もちろんさ」

 俺はそうして団長の手を取り、サーカス団員としての日々を歩み始めた。

 だが、サーカス団員としての生活は輝かしいだけではなかった。過酷なことがほとんどだった。

 素人だった俺は何度も失敗し、とてもショーに参加できるような状態ではなかった。

 しかしそんな時に。

「大丈夫。誰だって最初はうまくいかないさ」

 そう声をかけてくれたのも団長だった。

 たびたび団長に背中を押してもらい、俺は少しずつ火吹き芸をショーで使えるレベルまで進化させた。

「見栄えもタイミングも最初の頃とは見違えてたな」

 団長からの言葉、そして、お客さんからの声援が俺の救いだった。

 日々のキツイ練習も、あの時の団長の言葉や、お客さんの声を思い出し、乗り越えてきた。

 それだけでなく、隣には仲間がいて、俺のことを励ましてくれた。

 なのに。

「どうしてですか」

 俺は納得できず、思わず大きな声を出してしまっていた。

 不快の色を強めた表情で、団長は俺から目線をそらした。

 そしてアゴを動かすと、俺が所属するサーカス団のリーダーを呼んだ。

 リーダーも俺を見る目は今までの期待に輝く目ではなく、ゴミを見るような厳しい目つきをしていた。

 サーカスのリーダーであるゴルド・ニーゼは団長のモーケ・ニーゼの息子だった。

「父さん。どうしたんだい?」

 明らかに表情を柔らかく変えて、リーダーは団長に首を向けた。

「ゴルド。コイツには自分がクビになる理由がわからないらしい。言ってやってくれないか」

「わかったよ」

 リーダーは一つ咳払いをすると、改めて俺に侮蔑するような目を向けた。

「ドーラ。お前のスキル『火吹き芸』ははっきり言ってレアだ」

「それなら」

 俺が期待を持って詰め寄ると、こっちに来るなとばかりに、リーダーは手を突き出した。

「ああ。レアだ。俺だってサーカスとして世界中を回ってきて、他に使えるやつを見たことがない。だが、レアと言うことが、ただそれだけで価値になり、サーカスとして使えるわけじゃないんだ」

 俺はリーダーの言っていることが理解できなかった。

「レアならお客さんを驚かせられる。それに、俺はお客さんを楽しませてきたじゃないか」

 俺の必死の抗弁にリーダーは首を横に振った。

「お前はわかってない。確かに、お前はお客さんを楽しませてきた。だが、お前だって薄々勘付いているんじゃないか? 一緒に演技する仲間たちが、見様見真似で同じことができるようになっていることに」

「それは……」

 リーダーの指摘は俺にも覚えがあった。

 サーカスの仲間たちが、道具を使ってではあるが、火吹き芸を再現している姿を見てきていた。

「でも、俺は道具がなくてもできるじゃないか」

「それにしたって、炎系魔法を使えるやつなら、ほとんど似たようなことをできるだろう」

「……」

 俺はリーダーに返す言葉もなかった。

 実際、炎系魔法の使い手は詠唱こそ必要だったが、口から出ているようにさえ見せられれば、それはもう火吹き芸と言っても差し支えない出来だった。

「いいか。お前がもてはやされたのは、スキルがレアだったからじゃない。演技がレアだったからだ。お前に向けられていた声援は、お前じゃなくてお前の火吹き芸に向けられていたんだ。代わりがいるなら、他のこともできるやつが生き残るのは当然だろ?」

「リーダー……」

「お前はクビになったんだ。俺はもうお前のリーダーじゃない。これでいい? 父さん」

「ああ。ご苦労」

 突き放すように言うと、リーダーは団長に頭を下げて練習へと戻って行った。

 俺は力なく地面を見た。

 自分のことがみじめで、悔しくて仕方がなかった。

「わかったか。お前の実力はその程度ということだ。今のサーカスには必要無くなったんだよ」

「もう、どうにもならないんですか?」

 それでも、俺はまだ希望を捨てることはできなかった。

「君ならできる」

 その言葉が欲しくて俺は顔を上げ、団長の目を見つめた。

 だが、俺が知っているこれまでの団長の姿が戻ってくることはなかった。

 団長の完全に冷え切った目が見つめているのは、人ではなく汚物のように感じられた。

「何度だって言う。お前はクビだ」

「雑用でもしますから」

「いらんいらん。それくらい間に合ってることはお前だってわかってるだろう。話はついたんだ。さっさと出て行ってくれないか」

 もう話は終わりだとばかりに、団長は手を振りながら俺に背中を向けた。

 顔すら見たくないということなのだろうか。

 俺はただ手を握り締めた。

「……ありがとうございました」

 俺は頭を下げた。

 目元が熱くなるが、必死に下唇を噛んで誤魔化した。

「ああ。二度と帰ってくるな」

 団長の言葉を聞いてから、俺は自分の荷物を回収しに向かった。

 役立たずだと思っていた自分を拾ってくれたサーカス。

 ずっと家族のように思っていたサーカス。

 そんな信頼しきっていた環境が全く別物に変わっていることを思い知らされた。

 皆、俺の話を知っているのか、誰も彼もが侮蔑の眼差しを向けてきているように感じた。

「なっ……」

 さっさと出て行こうと俺は自分の荷物を確認したが、驚きで思わず声を漏らしてしまった。

 周りからくすくすと笑い声すら聞こえてくる。

 俺の持ち物は無惨にも、ズタボロにされていた。サーカスで使っていた小道具や私物が全て使い物にならなくなっていた。

 焦って探るも、持ち金すらなくなっていた。

「あの、俺の持ち物ボロボロなんだけど」

 魔物使いの同僚のに聞くと、仲間の様子を確認してから半笑いで口を開いた。

「ああ、モンスターが誤ってぶつけてしまったの。悪かったわね。でも、中身に関しては事故だから仕方ないでしょ?」

「そう、だな……」

 絶対に嘘だと思った。近くの道具にはどれ傷ひとつついていなかった。明らかに俺の持ち物だけを狙った犯行だった。

 しかし、証拠はない。

 俺は仕方なく手ぶらでテントを出た。

 外に出て、改めてサーカステントを眺めた。最後の仕打ちは許せないが、それでも、長い時間を仲間達と共にした場所だ。

 名残惜しい。

 俺は思わず泣きそうになったのを隠すため、すぐに背中を向けた。

「待って!」

 サーカスのアイドル、アリサの声がした。

あらすじ

第2話


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