[英國行事]中世の馬上槍試合「ジャウスティング」を見学してきた
風薫る五月。メーデーをすぎ、五月の第一月曜日のBank holiday(祝日)までのこの週末は、少しずつあたたかくなって、まさにイギリスのゴールデンウィークともいえそうなどこかうきうきとした空気に包まれています。実は5月は第4月曜もBank holidayなので祝日が多い月なんですね。イギリスに来てはじめてなのではないかというくらいの晴天に恵まれたこの日、オックスフォード近郊にある広大なお屋敷、ブレナム宮殿で行われた馬上槍試合「ジャウスティング」を見て来ました。
「ジャウスティング」とは
joustと書いて「ジョスト」と表記されていることもありますが、より正確には「ジャウスト」と発音されます。馬に乗った騎士が長い槍(ランス)を持って一騎打ちする、中世に始まった馬上槍試合のひとつで、騎士といえばジャウスティング、ジャウスティングといえば騎士、というくらいの象徴的な儀式。本番の戦いの前の予行演習的な側面もあったとか。その後、スポーツとして16世紀にがイギリスやドイツをはじめとした貴族たちに広まりました。甲冑に身を包んだ騎士たちの華麗な馬さばき、そして目の前で長い長い槍を戦わせる迫力が見どころです。
広大な敷地を誇るブレナム宮殿
今回の会場は、オックスフォードの市街中心地からバスで40〜50分、車なら20分ほどのところにあるブレナム宮殿。コッツウォルズをめぐるバスツアーなどでも立ち寄られる世界遺産の宮殿で、第二次世界大戦期にイギリス首相をつとめたウィンストン・チャーチルをはじめ、モールバラ公爵家が所有するイギリス最大のカントリー・ハウス。世界遺産にもなっています。
バスで向かう場合はS7(ロンドンからのバスが着くGloucester Green)かS3(こちらはMagdalen Street発)に乗って、南北に細長く広がったオックスフォード中心地を北上して鉄道駅Oxford Parkwayを過ぎ、キドリントン(Kidlington)という小さな町を抜け、ベンツやフォルクスワーゲン、フォードなどのカーディーラー、オックスフォード空港(小さい空港です)を超え、ウッドストックという街に入ってすぐのところにあります。バスでも宮殿の目の前まで行ってくれるものの、車かバスでくる人がほとんどのようでした。
実際に足を運んでみて驚いたのはその敷地の広さ。宮殿自体はそこまで大きいわけではないのですが、見渡す限りの庭園、というか森……? どこまでが敷地内なのかまったくわからないくらい、ちょっとした街がまるまる1個ぶんは入るほどの果てしない広さ。ハイキング好きな人なら何度でも楽しめそうです。
芝生のうえで……まるで「フェス」
事前に購入したチケットのQRコードを見せて宮殿に入ると、まずは12時からのジャウスティングを見るために、矢印に沿って幾何学模様に整えられたformal gardenを抜けて、だだっ広い芝地に向かいます。
サッカー場が何個ぶん、というよりもはやゴルフ場で数えたほうがいいくらい広い空間におしゃれなキッチンカーや、出し物のテントが並んでいます。イギリスに着いてから基本的に毎日何回かは雨がしとしと降っていた4月を経て、この日はいちばんのお天気。信じられないくらい青空が広がっていて、太陽もまぶしい。ダウンジャケットを脱いで半袖になって、芝生のうえでくつろぐ家族連れ。この感じ、すごくフェスっぽい。念のため冬のウールのコートで来ましたが、帽子が必要だったな。
ロープで区切られた会場。逆光を避けて向こう側に回ると、ちょうど背景に宮殿が見えます。事前に動画で予習してきたので、日本から持って来た100均のピクニックシートをここぞとばかりに広げます(ほかのみなさんのおしゃれな布とかキャンプチェアーも素敵だったな)。飲み物は持参したので買いませんでしたが、テントで試飲したミード(ビールやワインよりも歴史がある、はちみつ酒)が甘くておいしかったです。イギリスらしいエルダーフラワーやルバーブのフレイバー付きのものも。
馬上槍試合のスタート
さて、いよいよジャウスティングのはじまりです。なんとなく昔っぽい曲がスピーカーから流れ(バロック音楽だったような……時代考証……)、黒い馬に乗ったひとりの男性が登場。「わたしはチョーサー、この馬はアフロディーテ」との自己紹介にはちょっと苦笑してしまいましたが、この司会の方がとにかく盛り上げる、盛り上げる。会場には子どもたちもたくさんいるので(おもちゃの剣と盾を持っている子には、騎士のアコレード……肩を剣でポン、ポンって叩いて称号を授与する儀式をやってあげたり)、飽きないようにユーモアをまじえつつ、ときにプロレスの実況のように、ときに会場とコール&レスポンスし、ときに観客から手渡されたスマホでインスタライブをはじめながら、楽しい時間を演出してくれました。
今回の騎士は4人。黒(赤)・紫チームと、黄・緑チームの二手にわかれて戦います。甲冑に身を包み、ものものしく登場した4人が素顔を見せると、司会のお兄さんがそれぞれの騎士たちをユーモアをまじえて紹介していきます。誰を応援するか拍手で決めてね、というので、わたしは女性の騎士さま(courtess「女伯爵」と紹介されていました)を応援することに。黄色がユーモア担当など、キャラ作りもしっかりされていました。
まずは槍を持って的に当てたり、火のついた輪っかを槍に通したり、豚の臓物に火を放ったり、はっと息を呑むような曲芸(これは騎士ではない人が担当)など、バラエティ豊かな演目がつづきます。途中、伝統にのっとって戦いに臨む騎士たちに贈り物をしようというコーナーでは、借り物競走のように客席からいろんなものを受け取って身につけたり、食べたり。それを司会の人がモノボケのようにいじっていきます。なぜか提供された『スターウォーズ』のチューバッカのぬいぐるみを持っているのに激しくツッコんでは「まさにmay the force be with you…はっ、今日5月4日(May the fourth)じゃない? いまおれうまいこと言ったよね??」と思わず素が出ていたところは大人組にウケてました。
そしてクライマックスは、長い長い槍を持った騎士どうしが向かいあってぶつかるジャウスティング。盾に命中する、槍が折れる、相手が倒れる、落馬する、でそれぞれポイントを稼いでいきます。白熱の試合の結果は……まさかのドロー。「つづきは15時30分の公演で!」とのこと。今日は2公演制なんですね。合計1時間ちょっと、大人も子どもも盛り上がる出し物でした。
さまざまなイベントが行われる場所
その後、宮殿内に戻ってカフェでお昼ご飯を食べたあと、展示も楽しみました。主な見ものはこの柱の案内からわかるとおり、チャーチル首相の生涯に関するものと、馬小屋(stable)に関するもの。豪華絢爛な装飾品や絵画などがたくさんあるわけではありませんが、古い日用品好きなのでどちらも楽しかったです。特別展もやっていて、この日は"Icons of British Fashion"として、宮殿のお部屋それぞれにヴィヴィアン・ウェストウッド、ステラ・マッカートニー、ルル・ギネス、バブワーなどイギリスを代表するファッションブランドのお洋服や小物が展示されていました。こうしてイベント会場にすることで、いろんなお客さんを呼び込むわけですね。芝生の整備だけでも、気の遠くなるような予算がかかっていそうです。
ほかにも薔薇の季節にはガーデンショー、クリスマスにはクリスマスマーケットとさまざまな催しがあるようなので、また訪れたいと思っています。ブルーベルの森もあると聞いたのですが、ちょっと日差しにやられて今回は諦めました(オックスフォード市街中心地でもいろいろなところで咲いていますしね)。入り口近くのThe Orangeryというレストラン(この日は夕方まで予約でいっぱいでした)でアフタヌーンティーするのも素敵かも。
宮殿・公園・庭園のチケットは大人38£(約7300円)となかなかのお値段なんですが、1回買えばそのまま年間パスポートになる。だから地元の人たちは何度でも来ることができるのです。子ども用のアスレチック設備やミニ鉄道なども走っていて、観光地でありながら地域の人にとっての憩いの場所にもなっている。そんな宮殿でした。
今日のひとこと
入り口近くにあったお土産屋さん。食べるもの、飲むもの、着るもの中心にオリジナルグッズや地元の特産品を使った品物(コッツウォルズ・ラベンダーのポプリ、ジン、ウィスキー、紅茶、などなど)が大変充実していたなかで、イギリスの香水ペンハリガンのブースが。どうしてかなと思って近づいてみて、あっと思い出したのは、ここの代表的な香水その名も「ブレナム・ブーケ」。まさにこの宮殿の持ち主マルボロ公爵のために作られた香りだったんですね。120年前からある香り。レモン、ラベンダー、ブラックペッパー、松。あの一面の緑を見たあとに森林浴をするような、それでいてすっと背筋が伸びるような香りは、なるほどなという気持ちになりました。