ジョブ型雇用は人を幸せにするか
今、世間では日本の雇用形態がメンバーシップ型からジョブ型へと転換しつつあるのではないかという議論が盛んです。日経COMEMOで、ジョブ型雇用で日本はどう変わるのかという視点で意見を募集していたので、思うところをまとめてみました。
Are You Happy? は幸せを探求するブログなので、ジョブ型雇用は人を幸せにするのかという観点から、いくつか論点をあげていきます。なお、私自身のポジションを明らかにしておくと、社会人になってほぼ30年間、主にジョブ型雇用のもとに働いてきました。しかしながら、就職時にはジョブ型雇用されたものの、途中からメンバーシップ型に移行したという経験も持っています。たった一人の経験だろ、ということは十分承知のうえで、一方で当事者の眼から見た意見にも意味があるのかなと信じて、書いてみます。
最大の違いは職務選択の主権が会社から本人に移ること
いきなり当たり前すぎてすみません。けれども、自分がやりたい仕事を選べるという点においては、確実にジョブ型雇用の方に軍配があがります。やりたいことをやっているときに、人はモチベーションもあがるし、そもそも楽しいに決まっていますよね。
その意味で、ジョブ型雇用の方が人間の幸福度を上げるのは間違いないと思います。けれども、そこにはいくつかの条件があります。
ジョブ型雇用が機能するための必要条件は職業選択の流動性
ジョブ型雇用だった場合、一番困るのはそのジョブに対して自分のスキルの内容なりレベルが合わなかった場合、あるいは必要とされるスキルが変化してしまった場合です。ある時点ではとてもマッチしていたのだけれど、経験や価値観の変化により合わなくなった、ということも十分考えられるでしょう。
そんなとき、ジョブ型であればその職務を遂行することが求められるので、社内で職務を変更する、もしくは転職をするということが必要になります。社内での職務公募制は、社内異動であってもある意味ジョブ型であり、運用にもよりますが、社員の意思が尊重される制度といえます。そして、社外の場合がいわゆる転職になります。日本の大企業の多くが中途採用を積極的に行ってこなかった、あるいは行っていても中途採用者はメインストリームにはなれない(分かりやすくいえば偉くなれない)という状況は、つい最近まで当たり前のことでした。なので、ここに十分な流動性がないと、ジョブ型雇用を選ぶことは大きなリスクになります。リスク=不幸では決してありませんが、そのリスクが大きすぎると今は幸せだろうと思う選択でも躊躇うのが人間というものです。
メンバーシップ型雇用が機能するための必要条件は社内配置転換できること、もしくは余剰人員を抱える余力があること
では、メンバーシップ型雇用は不幸なのかというと、私はそうでもないと思うのです。やりたい職務をできるとは限らないという点ではジョブ型に劣るかもしれませんが、会社とのつながりや、その名のとおりのメンバーシップによるコミュニティによって得られる幸福感というのは、実は大きいものなのです。メンバーシップ型というと、何やら古いものとか馴れ合いの弊害的な言い方をされることもありますが、そういう安定した関係の中で高いパフォーマンスやイノベーションが生まれるということも、Google社などの事例から近年指摘されてきています。
上記に書いたような、メンバーシップ型の弊害的なものをなくすためにも、いろいろな方策があるとは思うのですが、そもそもこの制度を維持することに究極的に必要な条件は、社内での配置換えを可能にできること、もしくは余剰人員を抱える余裕があるということに尽きると思います。後者の余剰人員を抱えるというところにいってしまうと、いわゆる「働かないおじさん(おばさんもいると思うが)」問題につながりますが、昨今ではそんな余裕がない会社が増えてきていますよね。そもそも社内失業状態で幸せかどうかについては、色々考え方があるとは思いますが、私だったら幸せではないかな、と思います。
前者の配置転換でいえば、ある意味大きな会社であれば、社内の別の職種に適職を見つけることができる可能性があります。また、何らかのリスキリングの仕組みがあれば、既存の職もしくは新しいニーズから設けられた職に就くことも可能かもしれません。これが実現していれば、実はジョブ型のいいとこどりという見方もできます。(本当に運用状況によります)
両者ともに必要なのはリスキリング機能
こうして書いてみると、ジョブ型にもメンバーシップ型にも、それぞれ職を主体的に選べるという幸せ、コミュニティの中で働くという幸せという、結構根源的な幸福の芽があることが分かります。よって、上記に挙げた最低限の条件が満たされないときに、幸せを妨げる可能性が出てくるわけです。
もう一つ重要なことは、このどちらの雇用形態の場合であっても必要なのは、リスキリング機能であるということです。職務に必要とされるスキルは常にアップデートされています。また、特に近年ではAIやロボティクスなどの導入によって、あるいはデジタル化の進展によって必要とされるスキルも変わってきています。そういう場合に、新しい技術を身に着けたりアップデートしたりするというしくみが社会として必要だということです。
それを社内にもっている場合は、メンバーシップ型雇用を強力にサポートします。また、社外にそのような仕組みが利用可能な形で存在することは、どちらの雇用形態をもサポートします。日本は、社会人になってからのリスキリングのしくみが他国に比べると弱いので、ここはかなり改善の余地があるといえましょう。
また、失業者等へのサポート機能といった社会福祉の充実の観点からも非常に重要です。このあたりは、公的機関と民間のノウハウをうまく組み合わせていくことが強く求められています。
結論:ジョブ型雇用もメンバーシップ雇用も使い方次第
結局お前の意見はないのか、という声が聞こえそうですが、私は本当にどちらにも良さがあるので、企業が会社の規模や事業の内容をもとに選んでいけばいいと思っています。ただし、その場合、上記で述べたような最低の必要条件を満たすことが前提です。
同様に雇用される側も、自分にとって気持ちよく仕事のできそうな職場を選んでいけばいいといいたいところですが、世の趨勢として完全なメンバーシップ型を志向するという選択の自由は狭まってきそうですね。
最後に、私の経験を述べて終わりにしたいと思います。私は、ジョブ型雇用でしか転職したことがないといいましたが、ジョブ型で雇用された会社が買収されてメンバーシップ型雇用になり、そのもとで10年近く働いたという経験があります。
その10年間は、自分のキャリア的には非常に微妙な期間でした。本来ジョブ型雇用だったので、買収時、私が手掛けていたプロジェクトは停止させられ、所属していたチームはなくなったことにより、これが外資の通例なら解雇となるところです。けれども、会社側が、私の経験の生かせそうな職務を見つけてくれて転職活動はすることなく異動しました。(外資とはいえ、日本に長く存在している会社なので、フィロソフィーとしてはメンバーシップ型雇用だったということになりますね)
ところが、その会社が再び買収されることになり、そのときには近接とはいえ希望しない職務への配置転換となりました。その後、グループ内での合併を契機にさらに全く希望しない職務への配置が決まり、結果的にはそれを契機に外部へ転職しました。微妙といったのは、自分のキャリア構築という観点からはいっそお金をもらってクビになって転職活動をした方がよかったかもしれないからです。
一方、会社が雇用を守ってくれたことで感じた気持ちや、その組織で働いていた人たちの会社への忠誠心の高さも覚えているし、それは会社にとって必ずしも悪いものではないよな、というのも肌身で感じています。私の側には、当時、妊娠・出産し子育てをするというタイミングだったことから動きにくかったという事情もありますが、そんな中で私のできることを活かそうとしてくれた会社への感謝の気持ちがあります。なので、最終的に転職するまではその会社のために職務を全うしました。(きちんと仕事するのは当たり前のことですが、会社全体のモラルが低下してしまう局面で私を支えてくれたのは、会社への恩義だったということです)
だからこそ、会社側には、安易にジョブ型の良さに飛びつくだけではなくてメンバーシップ型の良さにも目を向けてほしいな、あるいはジョブ型を志向するなら、そのマイナス面をできるだけ小さくする努力もしてほしいな、と心から思うわけです。
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