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ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』

8月27日読了
ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』

【ネタバレを含む感想です】

 2024年の出版界最大の事件と言ってもいい『百年の孤独』の文庫化。20年以上前に単行本で読んでいたけど、この機会に再読。初読時の反省を活かして、今度は登場人物の相関図やエピソードをメモにまとめながら読んだ。これは絶対にやった方がいい。

 例によって細かい部分は完全に忘れていたため、ラストシーンには新鮮に衝撃を受けた。壮大な大長編小説でありながら、何世代にも及ぶサーガをまばたきの間にすべて畳み込んで回収してしまう手並みの鮮やかさはまさしく魔術。エリック・マコーマックの大好きな短編を読んだ時のあの切れ味を長編小説で成し遂げているのが信じられない。20世紀で最も偉大な小説にふさわしい。
 
 孤独の裏返しとして性愛にまつわるエピソードも頻出する中で、ホセ・アルカディオがピラル・テルネラと初めて交わるときに、母親の顔を思い浮かべるなど、エディプス・コンプレックス的な母性への執着が強く感じられるのが特色。
 そう考えると、「母」への歪んだ愛憎をテーマにし続けた寺山修司が、この小説を翻案した『さらば箱舟』を撮ったのも頷ける。

 とにかくかっこいい題名の意味について、あまり深く考えてこなかったけど、一族を覆い縛りつける「孤独」は、ひとりでいることの寂しさよりも、どこにも居場所のない「よるべなさ」や、なにをしても満たされることのない「やるせなさ」に近いものなのではないか。
 自分の生い立ちを知らされないままブエンディア家に疎外感を持ち続けたアルカディオが、一生を通じて「恐怖」に苛まれながらマコンドを権力で支配することで疎外感や恐怖から逃れようとしたエピソードに、孤独の意味が強く表れている気がする。

 もちろん、「孤独」が指しているものは単純なものではなく、さまざまな要素が絡んだそれぞれの心の闇なのだろう。たとえば、母子の関係であってもお互いの考えや思想が通じ合わず断絶が生まれることも、「孤独」なのかもしれない。アウレリャノ・ブエンディア大佐が苛烈な独裁者化していき、ホセ・ラケル・モンカダ将軍の処刑を思いとどまらせようとするウルスラや反乱軍兵士の母親たちが対立する場面に、お互いの孤独が垣間見えた。
 
 いま読み返してみると、アウレリャノ・ブエンディアがこんなにあからさまにチェ・ゲバラをモデルにしているのかと驚く。作者と同じ名を持つ友人へリナルド・マルケスが「あなたがほんとに愛してるのはアウレリャノだわ」と指摘される場面が非常に示唆的でゾクゾクする。
 ちなみに、へリナルド・マルケスの曾孫の「ガブリエル」の恋人となる薬局の娘の名はメルセデスで、これは作者の妻の名と同じ。

 長い物語でありながら、瞬間的な煌めきを放つ場面がいくつもあり、特に登場人物の死を描いた場面が、どれも信じられないくらい詩的で美しい。
 ホセ・アルカディオの血がブエンディア家まで流れていく場面や、ホセ・アルカディオ・ブエンディアの葬儀の日に小さな黄色い花が降り注ぎ、街を埋め尽くす場面など。

 ただ、中盤までは本当に面白く夢中になって読んでいたのだけど、マコンドにアメリカからもたらされた文明が侵食してくるあたりから、神話的だった世界が現実味を帯びだし、無邪気に楽しんでいられなくなっていく。なかでもホセ・アルカディオ・セグンドのストに端を発する虐殺の顛末は、こんにちの現代社会で起きている虐殺と何も変わっていなくて、虚無感に襲われる。ロシアのウクライナ侵攻が起きたタイミングで『進撃の巨人』のマーレ編を読んでしまった時の感覚に似ている。

 いずれにせよ、史上最も面白い小説であることは疑いようがない。読み終えた文庫本に貼られた付箋の量がその証拠。
 ウルスラが亡くなった後に発見された怪物の正体や、それが何を指しているのかなど、再読でも掴めなかったこと、読み落としていることは無数にあるのだろう。自分が生きている間にまた絶対に何度も読み返そう。そのために長生きする。

 


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